手を繋ごう 後編

〜はじめのひとこと〜
なんだか、オチらしいオチはないんですけど、ほんとにある日のせいちゃんと先生を書いてみました。

BGM:Fan
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にっこりと頷いたセイは、土方の目の前から資料の山を除けると、土方が手にしていた資料もパッと取り上げてしまった。

「あっ、手前っ」
「ちゃんと休憩は休憩にしてください!時間の切り替えも肝心ですよ」

ぴしゃりとそういうと、セイは土方の目の前に茶と懐紙に乗せた菓子を差し出した。それから総司の目の前にも茶と茶菓子を差し出すと、二人がそれぞれに手を伸ばすのを見てにこっと嬉しそうに微笑んだ。

膝の上に置かれたセイの手はあかぎれとひびでボロボロになっていたが、土方も総司もそれをちらりと見ただけで何も言わなかった。二人の菓子がなくなって、お茶のお代わりを入れたところで、セイは先ほど蔵から持ってきた資料を差し出した。

「それから副長がお探しなのはこちらではないでしょうか」
「ん?」

手を伸ばした土方がぱらぱらとめくると、確かに目当ての事が書かれていた。しかも一冊は先ほど総司が見て、書いていないと戻したばかりのもので、それに気づいた土方は苦虫を噛み潰すと総司の頭にガツンと拳骨を落とした。

「いったぁ!!土方さん、ひどい!」
「うるせぇ!ついさっき、お前、これを見て何もないっていったじゃねぇか!!」
「そうでしたっけぇ?にしたって、殴ることないじゃないですか~」

月代がないとはいえ、真上から容赦なく落ちてきた拳に涙目になった総司が手で頭を押さえる。
土方と総司がじたばたと長い時間をかけて探していたものをちらりと見ただけですぐに探し出してきたセイの腕を認めないわけにはいかない。

「神谷。後で少し出てきていいぞ」
「はい?」

いきなり表に出てきていいぞと言われても何が何だかわからない。
きょとんとしたセイに、気まずそうに土方が咳払いした。

「あれだ。羽二重餅を買ってきてくれ」
「あ、そういうことですか。承知しました」

頷いたセイは、頷いてすぐに部屋を出て行った。支度をして出かけるつもりだったのだ。口をへの字にした土方が懐から小粒を握りしめると懐紙にくるむ。
それを黙って見ていた総司にぬっと差し出した。

「……お前も行って来い」
「はぁい」

頷いた総司は土方から受け取った懐紙を懐に入れると、すっと立ち上がる。ありふれたいつものことに特に何も言うこともなく総司は副長室を後にした。

隊部屋に戻ると羽織に袖を通してセイが外出の支度をしているところだった。

「神谷さん。私も一緒に行くようにと言われましたから、お供しますよ」
「えぇ?だって、茶菓子を買いに行くだけなのにわざわざ、沖田先生が行かれることはないですよ。この寒いのに」
「いいからいいから」

怪訝な顔をしたセイは、行李から塗り薬を取り出すと、ひび割れた手に薬を塗り込んだ。この後、温かい部屋で擦りこんでは、手を暖めるというのを繰り返せばだいぶましになるのだが、そんなことをしている暇はない。

セイが薬をしまうのを待って、総司は一緒に屯所を出た。足元の悪さを気にして、下駄を履いた二人は雪の解け残った道をざくざくと音を立ててゆっくり歩いていく。

「寒いですねぇ」
「本当ですねぇ」

思わず口をついてそんな言葉が出てくる。寒いといくら言ってもどうしようもないのだが、思わず口を突いて出てしまう。

「神谷さん、足も最近、ひび割れしてるでしょう」
「う……。だって、いくら足袋を履いても巡察に出たときに、濡れてしまうと……」

気まずそうにセイがぶつぶつと言い訳をするが、条件は皆一緒である。ただ、彼らと何が違うと言えば、セイが普段からちょこまかとあちこち、雑用に動き回ることと、それからゆっくり湯につかることが少ないということだろう。
どうせすぐに足袋をとりかえないからだとか、言われると思っていたが、くすっと笑っただけで総司は何も言わなかった。

馴染の店で羽二重餅を手に入れるとついでだからと言って一休みすることにした。

「土方さんからくすねてきましたからね。大丈夫ですよ」
「やった。じゃあ、遠慮なく」

嬉しそうに笑うとセイと総司はそれぞれ、羽二重餅だけでなく茶を味わった。茶代を支払うと、菓子の包みを総司が取り上げた。

「私が持ちましょう」
「すみません」

総司はセイに自分がしていた襟巻をくるりとまくと、二人は表に出た。ひりひりと肌を刺すような寒さにきゅっとセイは手を握りこんだ。その手を総司がひょいっと掴むと拳ごと手の中に納める。

「さ、寒いですから早く帰りましょう」
「はいっ」

えへへ、と嬉しそうに笑ったセイは、温かくなった手を感じながら歩き出した。屯所に戻ったセイは、賄に包みを預けにいくと、小者に呼ばれた。真っ赤な頬で、呼ばれた先についていくセイの後を総司もついて行った。

「神谷さん。ちょっとこっちへ」

賄の端の土間になぜか足盥と手桶が置いてある。そこに小者達が熱い湯と蜜柑の皮を山の様に持ってきた。それぞれに放り込むと熱い湯を注いだ。

「さ、神谷さん、足と手をこれに入れてください!」
「え?え?」
「よかったじゃないですか」

セイの後ろから覗き込んだ総司が頷いた。小者が笑いながら土方の指示なのだと言った。

「副長から神谷さんが帰ったらって言われたんですよ。ほら、こうして蜜柑の皮をよーく揉んで入れると、ひびやあかぎれにいいそうですよ」
「あ……。すみません。面倒かけて」

頭を下げて足袋を脱いだセイの足は、かかとから外側にかけてかさぶたになっている。手も、関節のあたりがほとんどが裂けた跡がある。少し熱いくらいの湯に手足を付けると、びりびりと傷に染みた。

「くぅぅぅ」

思わず声を上げたセイに爆笑が起こった。しばらくして、荒れた皮膚が柔らかくなったところで湯から手を上げたセイを総司が丁寧に拭いてやった。

「あとは私ですね」

綺麗に拭いたセイの手に懐から出した軟膏を塗り込んだ。大きな手でまんべんなく塗り倒すと丹念に揉みこんでやる。ぼーっとしたセイがされるがままになっているのを、小者達も微笑ましく眺めていた。今更、総司とセイのこんな姿を揶揄するものなどいない。

足にまで軟膏を塗ろうとした総司は足を引き上げたセイをひょいっと引っ張ると絶叫が上がる。

「ぎゃああ、先生!!それは!!自分でしますから!!」
「駄目ですよ。ちゃんといつも神谷さんが塗らないからですねぇ……」
「いやいやいや!!絶対ダメです~」

大騒ぎしながら軟膏を付けたセイは、結局総司に押さえ込まれて足にも軟膏を塗りたくられた。足袋まで履かされたセイはその夜、手足の暖かさにふと目を覚ました。

引寄せられた布団は総司のものと密着していて、冷えた足は総司の足に暖められていて、総司の手がセイの手を握っていた。ぱちぱちと目を瞬いたセイは、ぎゅっと総司の手を握って、再び目を閉じた。

 

 

– 終わり –