刀の目利き
〜はじめの一言〜
拍手お礼文より。脱線先生。
BGM:
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隊内でも一、二を争う刀の目利きである斉藤が刀について珍しく語っていた。
「やはり、よい刀には拵えや鞘も相応の物を揃えてしかるべきだな」
「なるほど。拵えだけでもこりたいとは思うんですけどねぇ」
自分の刀を前に置いてしみじみと呟いたセイに、斉藤が手を伸ばした。
店に出せばそれなりの金をとられるということもあり、セイはなるべく柄糸の直しや下げ緒などは自分で手入れをするようにしている。
「ふむ。お前のは、和泉守直々の手によるものだが、銘も切らずお前用にあつらえたものだ。それ故、市場にでてもそう高値はつかないかもしれん」
刀は収取家にとっては、一振りごとに違うものであり、特に特殊な事情を持って作られたものほど価値は高いものではある。だが、セイの場合は、まず刀が軽いのだ。そして緋が二筋入っており、男が扱うにしては強度が難しくなる。
打ちあった場合は下手をすれば折ってしまいかねないのだ。
そういう特殊な刀のために、なかなか目利きの者や収集家でなければ、手を出しにくい品である。
「だが、氏素性は当然、よいものだ。時には己で手をかけずに相応の刀屋に預けてみるのもまたよいものだぞ。やはり、職人の手にかかると握りや使い勝手も違ってくるものだ」
「そんなに違いますか?確かに、滑りやすい糸やいつの間にか豆ができやすい糸とかはありますけど」
セイが結んだ下げ緒を解き、笹波打といわれる、矢羽根様の文様が浮き出るような打ちに変えていく。
「それはもちろんあるだろう。使い手の手癖や好みも考えて、握りやすく、また結びやすく、勝手のいいように作り上げてこそだからな。よい刀も拵えが悪くてはいかんし、鞘や鍔、ほかの拵えも刀同様に手入れを行い、よくしてこそ刀は生きてくるのだ」
話しながらもきれいに打ちあがった下げ緒を見て、感嘆の眼差しを向ける。ほとんど自分で手をかけることはしないが、そこはやはり刀好きである。見事なものだ。
最後に結び終えた斉藤が、セイに向かって文様が見えるように差し出した。
「すごい。きれいです。それにこう掴みやすいし結びやすいかも」
「うむ」
セイの表情を見て満足そうな顔で頷いた斉藤の顔がさっと変わった。背後から不愉快な気配が近づいてくるのを感じたからだ。
「さすが斉藤さん」
「沖田先生」
―― この場面で、誰もアンタの登場など願ってないぞ
むっつりと総司の登場を無視しようとした斉藤には構いもせずに、斉藤とセイの間に総司が座りこんだ。
「斉藤さんは隊内でも目利き守と言われるくらいの人だけありますねぇ」
「本当に。見てください。こんな風にきれいにしてくださいました」
嬉しそうにセイが自分の鞘の部分を示すと、重々しく総司が頷いた。
斉藤にとっては内心、どうだ、お前にはできまい、という心持でうっすら小鼻がぴくっと動く。おもむろに刀をセイに返した総司は、すっと立ち上がると、セイに手を差し出した。
「?」
何かと思いながらも反射的にその手に掴まったセイは一緒になって立ち上がる。
「先生?」
「じゃあ、斉藤さん。どうも」
難しい顔をした総司に引きずられるようにしてセイが廊下に出る。ぐいぐいと引っ張る総司について、大階段の方へと向かいながらセイが問いかけた。
「先生!沖田先生、どうされたんですか?どこにいくんですか?」
無言ですたすたと歩いていく総司に引きずられて、セイは結局屯所をでる。それでも黙ったまま先を歩く総司に困ったものの、とにかく後をついて歩いて行った。
結局、茶屋の座敷に上がった総司は部屋に入ると、ようやくセイの手を放した。ずっと掴んでいたために、うっすら汗ばんだ手をもう片方の手でさすりながらセイが総司の顔を見上げた。
「……先生?」
「神谷さん」
「はい」
恐ろしく真剣な顔の総司に何事かとセイが真顔で答えた。総司がセイの両肩に手を置いて一歩近づく。
「斉藤さんが言ってましたよね。刀は鞘や鍔を手入れしてこそ生きてくる」
「はい。おっしゃってましたが……?」
「どんなよい刀も同じように手入れをしないと駄目なんですよ」
きょとん、としたセイに向かってじりじりと総司が迫る。息がかかりそうなほど近づいた総司にセイがひきつった顔で及び腰になる。
「神谷さん!」
「……ハイ」
「刀と鞘の手入れをしましょう!!」
―――― だんっ
どすどすと足音も高く階下に降りてきたセイが部屋に上がってすぐ出ていく姿に店の者が飛び出してきた。
「お客はん」
「ああ。連れは部屋で休んでますから絶対に起こさないでくださいね!寝相が悪いので、暴れるかもしれませんが絶対に開けちゃいけませんから!」
「は、はあ……」
あまりのセイの剣幕に驚いた店の者がとりあえず頷くと、ばさっとセイは暖簾を跳ね上げて店から出て行った。
「もがーーーーーっ(神谷さーーーん)」
部屋の中にはぐるぐる巻きにされた総司が転がされてもがいていた。
– 終わり –