再会~喜怒哀「楽」 4

〜はじめのつぶやき〜

BGM:Superfly 輝く月のように
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腹を立てたセイが宗次郎を部屋に連れて行くと、日野と藤堂が顔を見合わせて笑う。

「セイちゃん、きっとあれですよ。言っておいてくれたらちゃんと支度したのに!って」
「そうそう!怒ってるように見えて、あれで面倒見がいいんだよねぇ」

いつも、仕事で忙しい父の世話だけでなく、父が受け入れてくる医生の面倒もほとんどセイが見ているようなものだ。

「だからって、あれじゃ娘じゃなくて息子が二人になってしまうじゃないか」
「そんなことはありませんよ。女学校に入ってから、あの恰好を見ると、女学生さんだなって思いますからね」

それまでは、小さいながらも一生懸命気を張って、診療所を走り回っている姿ばかりだったのだ。

「……さてな。医者になりたいだなんて、早く諦めてくれればいいが」

父としては心配で仕方がないのだろう。娘に大変な思いをさせたくないというのは親心として当然である。
それも十分に分かっている日野と、藤堂は大丈夫だと、頷き合った。時計をみて、日野が立ち上がる。

「それじゃあ、私はそろそろ。唯が待ってますから」
「お疲れ様でしたー」

日野は、診療所の近くに家を借りていて、唯という妻がいる。藤堂がふざけた言い方ではあったが、きちんと玄関まで日野を見送りにいく。毎日だからいいのだというのに、これも藤堂がここに来てから欠かさずに繰り返していることの一つである。

ふと、日野を送った後、藤堂は上から差し込んでくる灯りに階段を見上げた。

 

 

「すみません。お休みになるまでには、揃えておきますから」
「いいえ。気にしないでください。男ですから、屋根があるだけでも十分ですよ」

使っていなかった二階の一間を開けて、閉め切っていた窓もあけはなって空気を入れ替える。二階の部屋の中では狭い方になってしまうが仕方ないと、部屋の隅に置いてある机の上からほこりよけの風呂敷をどけた。

見た目は、優しげな宗次郎が思いのほか男っぽいことをいうので少し意外な気がしてちらりと顔を向けた。

「意外ですか?」
「……はい。少し」
「もう、随分前のことですよ。医者を辞めてからはね。この髪も、しばらくはずっと長くしていたのでこれが慣れないんですよね」

確かに切ったばかりだと見える髪を気にして首の後ろに手を回す姿がひどく照れくさそうな顔に見えた。

「神谷さんこそ、おさげじゃなくて、ポニーテール、似合ってますね」
「ありがとうございます。本当はずっとこっちなんです。家にいるときはおさげなんて」

頭の後ろで結った髪に手を添えたセイの頭にぽん、と宗次郎の手が置かれた。

「どっちもかわいいですよ」
「?!……そんなことありません!」

ぷいっと背をむけて部屋を飛び出していったセイに、はて、と宗次郎が首を傾げる。元々、深く考えない性質なので、ふっと小さく笑うと、荷物を部屋の真ん中に置いた。

部屋を飛び出したセイは、たった今撫でられたばかりの頭に手をやる。
確かに、ここには医生から藤堂まで、青年たちが一緒に暮らしてはいるが、皆、小さなころから小さいおかみさん状態のセイをからかったり、怖がったりすることはあっても、可愛いといったことは一度もなかった。

「……かわいいなんて……」

―― 初めて言われた

胸の奥で、とくん、とくん、と小さな囁きが聞こえるのをセイは不思議な気持ちで感じていた。

 

夕食は大急ぎで作ったとはいえ、一応形ばかりではあったが、宗次郎の歓迎の宴になった。にぎやかな食卓を囲んだ後も、藤堂と医生たちは居間で盛り上がり、その間にセイは宗次郎のために、布団やら敷布やらをひっぱり出していた。

すでに宗次郎の部屋になったところに勝手に入るのは気が引けたので、階段を上がったところにある、小机の傍にセイは一通りのものを積み上げておいた。

笑いながら藤堂と一緒に階段を上がってきたところで小さな紙に書かれたものを目にした宗次郎は、藤堂を振り返った。

「優しい娘さんですね。神谷さんは」

その呼び名にはは、と藤堂が笑う。藤堂たちにとってはセイの父の方が『神谷先生』なのだが、宗次郎にとっては『玄馬先生』と『神谷さん』なのだ。

「そっか。沖田君にはセイちゃんは生徒だもんねぇ」
「ええ。緊張していた私を教員室までつれていってくれたんですよ」

その光景は見なくてもわかる気がして、藤堂が吹き出した。
面倒見がいいというか、おせっかいというか、優しい、気立てのいい娘なのだ。

「そういや、セイちゃんをみて、桜がどうこう言ってなかった?」
「ああ。こういう、挨拶の文句を書いた紙をちょうど校舎の前で風に飛ばされてしまったんです。それを、神谷さんがひろってくれて」
「うわぁ……。沖田君、それ、ちょっとカッコ悪い先生……」

かぁっと赤くなった宗次郎は、仕方ないんですよ、とぶつぶつ言い訳をする。

「だって、女学校なんて、そもそも私の身近じゃありませんでしたし、しかもあの丘の上ですよ?」
「まあねぇ」

そういいながら藤堂は宗次郎の部屋をあけて部屋に荷物を運びこむのを手伝う。
部屋の明かりをつけて、どさっと荷物を置くと小さな部屋の中がいっぱいになる。

ふと、宗次郎は昼間の光景を思い出した。

「拾ってくれて……。校舎に戻るときに桜の木の枝におさげが引っかかってしまって。ためらいなく自分の髪を切ろうとするからこっちが慌てましたよ」

せっかくきれいに咲いている桜だから、とひとかけらも迷わなかった。
それまで、白黒の世界だった宗次郎の目の前にぱぁっと色が広がった気がした。桜色とまっすぐな黒髪と、空の色と。

「沖田君、教師に向いてるかもね」

自分なら、そこで感動できなかったかも、という自戒を込めて藤堂がそういうと、宗次郎の肩をぽんと叩いて出て行った。

おやすみなさい、と言いながら、誰かにお休みということも久しぶりだ。くすぐったいようなどこか懐かしいような気分で、総司は荷物の片づけを先送りにすると、布団を広げた。

寝間着に着替えて、ほうっと緊張していた体を横にすると、あっという間に夢の中へと落ちて行った。

 

– 続く –