再会~喜怒哀「楽」 1

〜はじめのつぶやき〜
ネタバレになるのでイメージ図は2話を読むとわかります。

BGM:Superfly 輝く月のように
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

 

「神谷さん。お聞きになって?」

うっかりほどけてしまった髪を編みなおしていたセイは、同級の鞠子に話しかけられて、髪をを結うリボンを落としてしまった。
ブーツの足元にくたりと落ちたリボンを拾い上げた鞠子が、編み上げたセイの髪を器用に結ってくれる。

「相変わらずきれいな髪ね」
「そんなことない。まっすぐすぎて、いつも三つ編みがほどけてしまうから大変なのに」
「それは仕方ないでしょ。女学校のきまりですもの」

二つに分けたおさげの三つ編みは女学校の中でも特に厳しい身だしなみの一つであった。
制服の襟あては白のみ、スカート丈はひざ下のブーツの高さまでと決められている。とん、とスカートを払って互いに身だしなみを確かめると、教科書を胸に抱いて、教室を移る。

「それで?なんだっけ」
「ああもう。素っ気ないのね。今日から新任の先生がいらっしゃるんですって」
「……男の先生でしょう?数学と、理科の授業を受け持つって聞いた」

女学生にしては少固く聞こえるセイの話し方は、この学校の中でも少し目立つ方だ。
まだまだ女子の教育は、よき母、よき妻となることに重点を置かれていて、教養という面では遅れに遅れている。その中で高等教育を受けるのは、それなりの家でければできないからだ。

セイが仲良くしている鞠子も、呉服問屋のご令嬢である。

「先生方もざわめいていらっしゃったわよ。漢文の古賀先生はよそ行きの可愛らしい服を着ていらっしゃってるし、家政科の波川女史もいつもより化粧が濃いの」
「出会いないもんね。ここも男性は校長先生と、学年主任、あとは……用務の」

「「中島おじいちゃん!」」

二人の声がそろうと、ふふふ、とそろって笑い出した。ほかの私立の女学校よりも、ここはもう少し門戸が広い。良家の子女だけでなく、商家の娘など学びたいという女子を広く受け入れる方ではある。

それでも、良妻賢母という大前提は変わりがない。そのため、教師たちも圧倒的に女性が多いのだ。

「しばらくは賑やかそう……」

肩を竦めたセイは、窓の外に咲いている桜に目を移した。

 

 

 

「ふう……」

桜の花が満開といっても、小高い丘の上まで着慣れないシャツにネクタイ姿で上がってくれば心地いいというのを通り越して汗をかく。
どうしてもなれないネクタイを緩めようと、ついつい手が行ってしまう。

「んんっ!……ええと、初めまして。……なんだったかな……」

緊張してぶつぶつと挨拶の言葉を繰り返していたら、続きが出てこなくなって、ポケットに入れておいた挨拶を書いた紙を探し手を伸ばす。ズボンのポケットからくしゃくしゃになりかけたメモを取り出したところを風がさらった。

初日だけに、午後からでよいといわれてきたがどうにも落ち着かなかった。ひらっと飛んで行ってしまったメモを慌てて追いかける。
だが、ここまで坂を上がってきたために、一拍遅れて駆けあがった。

「あ!」

風に振り回されて、満開の桜の木の上に舞い上がったと思ったら、せっかく駆け上がってきた道へと飛ばされていく。

「あ」

小さな声がして、目の前を三つ編みのおさげが走り抜けた。

「えっ?」

ぱしっと紙を小さな手が掴んだ。

「よかったぁ……」

勢い余ってくしゃっと握りしめてしまったが、急いでそれを開いて、手で皺をのばす。

「はい。どうぞ」
「あ……ありがとうございます」
「いえ。ここ、丘の上なので、いつも風が舞うんです」

セイが指差すと、さぁっと見晴らしのいい風景が広がっている。息を切らせて上がってきた道を初めて振り返ると、広がる緑の先に市街地が広がっていた。

「本当ですね。いい風だ」
「はい。時には強い風の時もあるんですけど……」

並んで桜の花びらが散る中を振り返っていた二人は、我に返るとニコリとセイが微笑みかけた。

「新しくいらっしゃった先生ですね。ご案内しましょうか」
「助かります。あなたは生徒さん?」
「はい。神谷セイと言います」

ああ、と頷くと、私は、と名乗りかけて悪戯な風が舞った。

「ひゃっ!」

横着して桜の木の真下を通り抜けようとしたセイのおさげが花開いた木の枝に絡まる。ああ、もう!と絡まった髪の毛を解こうとして、桜の花を傷つけたくなかったセイは、自分の髪の毛の方をぶちっとちぎりかけた。

「待ってください。そんなことをしたら髪が……」
「でも、桜の方が大事ですから。せっかくこんなに頑張って咲いてるのに」
「桜の方が大事って……。あなたは桜の精ですか?」

くすくすと笑いながらセイの髪を解くのを手伝う。その間も、セイの頭に桜の花びらが降ってくる。

「……先生は、笑い上戸ですかっ」

くすくす笑い続けられれば居心地が悪くなってきて、ぶすっとむくれたセイに向かって、軽く頭を下げた。

「すみません。はい。外れましたよ。まっすぐできれいな髪ですね」
「……ありがとうございます」

ああ、また結びなおさなきゃ、と俯いたセイに解いたリボンを差し出す。

「今日から、こちらで教えることになった沖田宗次郎と言います。よろしく。神谷さん」
「よろしくお願いいたします。沖田先生」

止まっていた時間がゆっくりと流れ始める。

 

– 続く –