記憶鮮明 11

〜はじめの一言〜
ここまで焼き直しです。

BGM:FUNKY MONKEY BABYS GO!GO!ライダー
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呆気にとられた総司が雅が小部屋に消えるのを見ていると、襖の向こうでも悲鳴が上がった。

「み、雅様っ?!」
「さあさあ。私におまかせなさい?」

いや、とかでも、とかセイの慌てた声がしたが、雅が小部屋に入りざまに襖を閉めたので入ってくるなということらしく、躊躇してしまう。ここで雅の座興に水を差すのは憚られる気がする。

「か、神谷さん?」

それでも心配になった総司が襖越しに呼びかけると、襖の向こうからセイが弱々しく返事を返す。

「沖田せんせぇ……」

答えるものの、助けてくれとも何とも言われないために動きようがなくて、総司はじりじりとして待った。
しばらくして、雅が自分の着物を直しながら出てくると、後ろを振り返った。

「さあ、見せて差し上げて?清三郎」

雅に呼ばれて渋々、襖の奥からセイが出てきた。俯きがちに現れたセイの姿に、総司が驚いた。

「神っ……谷さん?」

恥ずかしそうに現れたセイは見事に女子姿で、どこから見ても武家の娘だった。自慢げな雅が総司の顔を見ると、はっと現実に戻って来た総司が困惑した顔になる。

「どう?素敵でしょう?」
「素敵と言われても、雅様。うちの神谷は武士ですが」
「あら、気に入らない?そういうお顔には見えないけれども」

ころころと笑う雅に薄らと赤くなった総司は、口元を覆ってセイから視線を外した。恥ずかしくて上目づかいに総司を見たセイは、総司に視線をそらされてさらに焦ってしまう。
まさかこんな姿をして、と怒られることはないだろうが、よくよく総司の前では女装する羽目になるものだ。

いつぞや、総司の見合いの様子を覗きに行った時のように、どこから見ても武家の娘にしか見えない。それに、髪を自ら結ってくれた雅にも 驚いた。普通、慣れているものでなければ髪結いにやってもらうのが当たり前で、それをセイの頭を髢を足して事もなげに結いあげてしまったのだから驚いてし まう。

「さ。若夫婦を連れて芝居見物に出てきた…祖母かしら?母かしら?」
「さぁ……」

厳密には答えかねる話に、総司が曖昧に頷いた。女性相手に失礼なことは言えない。

この姿では脇差さえ持つことができないために、セイは雅から与えられた懐剣を帯に差しこんだ。
わくわくを抑えきれずに、すでに巾着を手にした雅を待たせえるわけには行かない。
セイは急いで懐紙や手拭など、懐に入れる物を小さめの風呂敷に包みこんで手にする。

「よさそうね。さあ、いきましょうか」

立ち上がったセイの着物を軽く直して、雅がさっさと先に立った。
本来、警護である総司が先に立つべきところだが、雅の後にセイが続き、総司が一番最後に離れを出た。

裏手へと続く木戸の前で待っていた斎藤は現れた三人の姿に目を剥いたが、一番後ろから歩いてきた
総司が軽く手を上げたのをみて、言いたいことをかろうじて喉の奥へと押し込めた。
堪えた斎藤を褒めてやってもいいかもしれない。

苦笑いを浮かべた総司は、斎藤の驚きも理解していたが、ここで手間取るわけにはいかなかった。

「あらまあ。貴方もよく似合ってるわ」
「恐縮です」

奥歯の辺りを噛み締めた斎藤は、木戸を開けて先に立った。
斎藤が裏手から表の通りへと続く細い小道を案内するように
進み始める。

「ふふ。楽しみねぇ。何を見せてくださるのかしら?」
「は。葵上ではいかがでしょうか」
「まあまあ。お能ね」

驚くべきことに、雅は歩き方も変えている。確かに着ている着物によって
違っては来るものだが、ここまで芸達者な方とは斎藤達も思いもよらなかった。
これならば、周りを欺くことも容易だろう。

不慣れなセイを巧みに誘導して、雅の一歩後ろを歩かせながら、総司は目の前のセイの姿より
これほどの人物である雅の事情の方が気になりだした。

雅は元々武家の出で、公家のとある名家へと嫁いでいた。子を授かり、その子は栄華の道を
辿ってはいたが、それだけに今回のようなお家騒動を引き起こした。
それぞれの子の嫁いだ先や、生まれた孫の立場によって雅の立場は危うくなってしまったのだ。

確執へと発展したお家騒動は、最も影響力の大きい雅を亡き者にするべく、
どちらの家も暗躍しはじめていた。

斎藤達が出た後に、黒谷へ出向いていた近藤は直接、容保から雅の
話を聞かされた。

「近藤さんよ。どうなんだ?」
「うむ。会津公の話では両家の話し合いの場がもたれるところまでは進んだらしい」

局長室で土方と向かい合った近藤の前には、届いた調べ書きが広がっている。山崎を使って、
両家の内情を調べていた。
一応、容保の仲裁によって、話し合いの場がもたれることになったらしいが、
その仲裁にしてもどこまで行ってもこのごたごたが表に出ることはないのだ。

調べ書きの一つを取り上げた土方が、ため息をついた。

「ったく、表向きは良家って言ってるこいつらの方がよっぽどやることは汚ねぇな」

手にした調べ書きには、不逞者を雇って雅の後を追わせているということと、裏の家業の者達を
使ってすでに松月までは探り出していると書いている。

「向こうに知らせておいた方がいいんじゃないか?」
「そうだな。山崎から知らせてもらうか」

近藤の目の前から調べ書きをしまい始めた土方に、近藤がぽつりと言った。

「すまんな。歳」
「なんだよ、急に」

微かに笑みを浮かべた近藤が、膝の上においた手を握りしめた。

「こんな仕事ばかりで申し訳ないと思ってな」
「けっ」

次々と文や書付をしまいながら土方は笑った。
何を言う、と思う。幕府や朝廷のお偉方からこういった雑事の依頼が舞い込むようになったことは
確かに不快ではある。だが、それだけ彼らに否応なく自分たちの存在を認めさせることに成功
しているということだ。

「俺はちっとも構わねぇよ?あんたは大将だ。こんなつまらねぇごたごたに先頭切って
出張る必要はねぇよ。どっしり構えてて、いざって時にでてきてくれりゃあいいんだ」
「お前はいつもそうだなぁ」

土方の言い様に近藤が笑いだした。 いつもながら土方の考え方はぶれることがない。

「お前は俺を甘やかしすぎる」
「違ぇよ。あんたはこうでもしないと神谷並みにあっちにもこっちにも首を突っ込んで、
つまんねぇ仕事ばっかり引き受けてくるからな」

にやりと笑うときっちりと文を片付けて、山崎への指示をするために土方は自室へと引き上げた。

 

– 続き –