記憶鮮明 10

〜はじめの一言〜
うへへ。ねだってきましたよ!!

BGM:FUNKY MONKEY BABYS GO!GO!ライダー
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「敵でしょうか」
「さあ……。ただ警戒は必要ということですね」

そう言った総司は指先で砂に触れた後、立ち上がった。今、セイにまで警戒させる必要はない。
総司はセイを促して、離れの入口へと戻った。

「神谷さん。そろそろ雅様がお目覚めになる頃ですよ」
「そうでした!」

急いでセイが自分達の離れへと戻ると、斎藤が起き出して布団を仕舞っていた。

「おはようございます。斎藤先生」
「ああ。おはよう」

急いで濡れた手拭を物干しの端にかけたセイは、新しい手拭や懐紙を懐に収めた。斉藤を振り返って、声をかける。

「じゃあ、そろそろ雅様がお目覚めなので行ってまいります」
「わかった」

セイが隣の離れへと朝の挨拶に出向いた後で、総司が着替えのために戻って来る。斉藤は顔を洗った後の手拭をセイの隣にかけて、夜着の帯を解いた。

「おはようございます。斎藤さん」
「異常はなかったか?」
「どうやら早速、様子見が現れたようですよ」
「何?」

斉藤と同じように、長着を脱いで手早く着替えを終えた総司は、セイが見つけた白砂の足跡について話した。

「現れるには早すぎる気もしますけど」
「昨日の夕べではな。どうやら身内にも敵がまぎれているらしい」
「気をつけた方がよさそうですね」

二人は頷くと互いに隙のないように支度を始めた。

 

 

起き出した雅は手水と着替え、朝餉を済ませると早速セイ達を観劇に行こうと誘った。

「もう時間がもったいないわ。さあ、行動するなら致しましょう?」
「承知いたしました。ただし、表からではなく裏から出ますので、宿の者へと声をかけてきますね」

斎藤と総司は部屋で朝餉を取り、セイが朝餉を取る間交代していた総司に雅はさらりと言った。

「そうそう。貴方達のお支度があったのよね。店の方から昨夜頼んでおいたものを受け取ってきてくださいね」

にっこりと微笑んだ雅の笑顔は人のよさげな可愛らしい笑顔に見えるが、一日で総司には性質の悪い笑みに思えた。
白髪ではあるが、豊かな髪をきれいに結いあげた雅は、可愛らしい老女から一変して人を従えることに慣れた人物に見える。

「……もしや、またですか?」

どうせ役を演じるならその役になりきれという雅の言葉は非常に最もではあるが、いかんせん凝りすぎだともいえた。たかが数日の事にそこまで真剣に装わなくても 良いだろうと思うが、どうやら許してはもらえそうにない。

どこまでも軽薄なように見えて僅かも隙を見せない老獪な雅に総司達が叶うわけがなかった。

セイが戻るのを待って総司は雅が頼んだものを受け取るために母屋へと向かった。斎藤はその間に、ぐるりと離れの周囲を一回りしているらしい。
飛び石を渡って、廊下へ上がる総司の目の前に主人が現れた。ちょうど朝の挨拶にと離れへ向かうところだったらしい。

「おはようさんどす」
「ちょうどよかった。ご主人、これから少し芝居見物に出かけます」
「そうですか。ほなこちら、御隠居から頼まれてたものですわ」

ひょいっと渡された三つの風呂敷に、総司がこれかぁとため息をつく。
三人分ともなれば意外とカサのある包を預かると、総司は一度、自分たちの離れへと戻った。それぞれに紙きれが
挟んであり、指示が書かれている。

『若旦那』
『二代目』
『連れ』

「連れ……?」

離れで三つを並べた総司は、昨日の続きならば若旦那が斎藤で、二代目が自分だろう、
と辺りをつけた。

となれば、必然的に、もう一つはセイの物になる。だが、それに書かれている紙きれが
連れとはどういうことだろう。

腕を組んで唸っている総司の背後から斎藤が戻ってきた。考え込む総司の背後から
覗きこんだ斎藤は目の前に並んだ風呂敷を見て首を傾げた。

「なんだ?それは」
「ああ、斎藤さん。おかえりなさい。どうやら昨日の続きがしたいみたいなんですけど……」
「けど?」
「これがたぶん斎藤さんのです」

背後に立つ斎藤に若旦那の風呂敷を押し付けた。微妙に嫌そうな顔をした斎藤に、これが私、と総司が二代目
と書かれた風呂敷を手前に引き寄せる。確かに、それは総司のものだろうと斎藤も頷くと残るはあとひとつになる。

「残りは神谷のものだろう?持っていってやらんのか?」

どちらで着替えるにしても、控えの間はある。ええ、まあと曖昧に頷いた総司は、まず先に、
自分の分の風呂敷を解いて、着替えを済ませた。それからセイの分を持って立ちあがる。
今日の芝居見物は、総司が雅の傍にセイとともについて、斎藤は案内役に徹する事に
なっていた。

「じゃあ、斎藤さん」
「外で待つ」

裏へ回る木戸にいると斎藤が答えて、総司が頷きを返した。そして隣の離れへと向かう。

こほん、と軽い咳払いにセイが中から現れた。
部屋の中に入ると一礼した総司に、すっかり支度を済ませた雅が嬉しそうな顔を向けた。
自らは、すっかり武家の老女にと姿を変えている。

「本当に、私の見立てはなかなかだと思わない?清三郎」
「はい。雅様のお着物もとてもよくお似合いです」

髪型も武家の年配のものへと変えた雅はどこから見ても、総司と並べば祖母と孫か、
遅くにできた末子を溺愛する母のようだ。
総司の姿に満足気に頷いた雅と共に、自分が何に着替えさせられるか知らないセイは
総司の姿をうっとりと眺める。

日頃の着物に羽織姿とほとんど変わらなくはあるが、やはりどこか違う。髪を撫でつけて
仕立ての良い着物に身を包んだ総司は、どこから見ても中程度以上の武家の若者に
見えた。

はっと、我に返ったセイは自分の分として総司から風呂敷を受け取って、失礼します、
と雅に断りを入れてから小部屋へ入った。
襖を閉めてまず風呂敷を広げたセイは中からでてきたものに驚いた。

「えっ、これぇ?!」

隣室の叫び声に総司が腰を浮かしたが、雅が楽しそうにくすくすと笑っているのをみて、
動きを止めた。
他の事ではそのままにはしていられないが、たかが着替えである。

「一体、うちの神谷にどんな格好をさせたんですが?」
「あらまあ。怒っていらっしゃる?普通の姿ですよ。清三郎にはよく似合いそうだと思ったの」

しばらく時間がたった後、襖が少しばかり開いた。セイが僅かに顔だけを覗かせて困った顔をしている。

「あのう、雅様。この姿では頭が……」
「ええ、ええ。わかっていましてよ。さあ、着替えは済んだかしら?」
「はあ……」

総司が立ちあがりかけたところを押しとどめて、雅はすくっと立ちあがると傍においていた小ぶりな箱を持って襖の向こうへと入って行った。

 

– 続き –