記憶鮮明 12

〜はじめの一言〜
お待たせしましたー。

BGM:FUNKY MONKEY BABYS GO!GO!ライダー
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

「誰かいるか」

どうやら薄々斎藤は事情を知っていたらしいが、その行いも斎藤らしいと、土方は肩をすくめただけで指示を書いた文を用意した。

土方からの文を幾人もの手を経て受け取った山崎の姿は斎藤達のいる能舞台の小屋の近くにあった。さらりと一読すると、敵方に松月が知ら れたこと、不逞者や裏の家業を雇って敵方が動き出している事が書かれている。 当然、それに対する手配りの支度も書かれており、すでに山崎が先手を 打っていることも含まれて いた。

「はぁ。もうそんなん知ってますがな。副長、心配しすぎですわ」

いつもここまで細かい指示を出すことのない土方の行動に山崎が苦笑いを浮かべる。
その理由もわかりきったことだ。きっちりこの特命をこなすことによって、面倒なお家騒動に巻き込まれた大将の株を上げるための土方の行動は想像に難くない。

―― まあ、しゃあないな

片棒を担ぐのはやぶさかではない。
細かく文を裂いて、一まとめにすると懐にしまう。すでに中に入った斎藤達の代わりに、小屋の周囲へと意識を向けた。

芝居小屋の周囲は、当然のごとく雑多な場所に立っているだけに賑やかで様々な立場の者達が集まってくる。
今日の雅達のように公家や武家のお忍びの一行がいたかと思えば、町人もいるわけで不審な者を見張るのは容易いことではない。

お忍びの武家の者らしく雅達は桟敷に席を取った。舞台側に雅とセイが、その後ろに総司が座る。さらに桟敷の外には斉藤が立っていた。

「その姿で清三郎はないわね。セイでいいかしら?」
「は、はい」

思いがけず本当の名前で呼ばれることになったセイは、どぎまぎしてしまう。女子姿でセイと呼ばれると素の自分を呼ばれているようで恥ずかしくて仕方がないのだ。

恥じらう姿を微笑ましく眺めていた雅が総司の膝を扇で軽く叩く。

「貴方は私の不肖の孫というところね。夫婦になったばかりの若夫婦ということにしましょう」
「承知しました。しかし、祖母上。不肖の孫に嫁など分不相応では」
「まあまあ、総司さん。そんなことはありませんよ」

ノリの良さと反応の早さだけは総司も負けてはいない。二人の順応の早さについていけないセイはなんとか話に加わらなくては、と口を開いた。

「祖母上様は葵上をご存知ですか?私は源氏の方は読んでいなくて話はなんとなくしか知らないのですが」

セイ以上に、芝居や物語などに全く縁のなかった総司は、薄らと話の概要だけを知っているにすぎない。
葵上は源氏物語の葵上を元にした能舞台である。

「そうね。簡単に説明しましょうか」

相応のたしなみとして幾度か見たこともある雅が、不案内な総司とセイのために話し始めた。

「これはね。六条御息所という方が光る君に打ち捨てられて、それでも想いを断ち切れなかったために嫉妬に駆られて鬼になってしまうの。 物の怪になって正妻である葵上を襲うのだけれど、本当に恨んでいたのは六条御息所から離れてしまった光る君、そして光る君から忘れていかれる自分自身では なかったのかと私は思いますよ」

すっきりとまとめたわかりやすい説明に、セイは頷いた。悲恋の物語というには、切ない話にまっすぐに舞台を見ていたセイが呟いた。

「それでも、たとえひと時の間でも光る君に愛されたのなら本望だと思うのですけど」
「そうね。でも、人は強欲なものですよ。一度でも愛されればもっと愛してほしいと、と思うのですよ。まして、自分以外の女を愛している姿を目にしたら平静でいられる女子は少ないでしょうね」

舞台を見ながらそんな話をしていたセイは、つい自分に置き換えて考えてしまった。

もし自分だったら、総司が想いを寄せる相手が現れたとき、どう思うだろうか。

自分が一度でも愛されること、想いが通じ合うことなどないことはわかっているが、それでも目の前で誰かを愛する総司を見て平静でいられるかどうか、わからない。

穏やかに微笑んだ雅は舞台の上の巫女にとりついた霊の姿に目を向けた。苦しみ、もがき、生霊となってまで光る君を愛した女と、不器用さゆえに素直になれなかった女。

「どちらの女性も私は切ないと思いますよ。もっと恋を楽しめば良かったのです。人生を楽しめば良かったのですよ。たった一度きりの誰のものでもない人生ですからね。貴女も同じですよ。セイ」

二人のやり取りを聞いていた総司が、茶菓子の水饅頭を二人に差し出した。

「お二人の話は興味深いですね。男の立場から言えば、初めから心にただ一人と想い定めた相手と心を通わせていたら、追い求めるように他の女性になど見向きもしなかったかもしれませんよ」
「沖……。あの、源氏物語の源氏君ですよ?ご存じないんですか?」
「あ、ばれちゃいましたか。なんとなくどこかで聞いた気はしますがほとんどわかりません」

沖田先生と呼びそうになって、結局、なんと呼びかけてよいのかわからなくなったセイは、えへっと笑って舌を出した総司に軽く睨みつけた。
セイも長い話だけになかなかすべてを読むことはできないが、葵上はかなり前の方である。元は読んでいなくても話は知っていた。

「まあ、それでは総司さんは藤壺の君と初めから心を通わせていたら光る君はよその女子には目もくれなかったというのね?でも、相手も自分を想っていてくれても決して寄り添うことのできない立場だったらどうします?」

この手の話には加われそうにないと思っていた総司が、珍しくもまじめな顔で話題に加わったことに雅は目を輝かせた。
茶に手を伸ばしながら、総司はうーん、と唸る。

「藤壺の君がその源氏の想う相手なんですか?その相手も源氏を想っているけど寄り添えないということですか」

消して寄り添うことのできない立場。
たとえば、それが自分だったら。

そう考えた総司の脳裏に、セイの姿が浮かんだ。男として隊にいて、女子として自分とは決して寄り添うことのない……。

ありえない考えに自分で動揺して、総司は頭を振った。

「ありえません。私なら……」

―― 私なら例え一度の事でも

振り払っても頭に浮かんでしまった想いが消せなくて、総司は目を瞬いた。視線の先で、驚きと、悲しそうな顔で自分を見ているセイの視線とぶつかる。ゆっくりと視線を逸らした総司が雅に向けて答えた。

「私なら、相手の幸せだけを望みます。自分はどうなるかもわからない身の上で構わない。ただ、相手が幸せになってくれればそれでいいんです」
「意味深だこと。まあ、今の総司さんにはセイがいますものね」

ほほ、と扇を開いて口元を隠した雅に、ふっと総司が笑った。
現実ではありえないことだが、今は芝居の上で、自分とセイは若夫婦なのだ。ならば役になりきればいい。
総司は膝の上に置かれていたセイの手を握って自分の膝の上に引き寄せた。

「そうですよ。私にはこの人しか目にはいりませんからね。ねえ?セイ」

お芝居だと、どれほど言い聞かせても本当の名前で呼ばれては心の鎧が脱げてしまう。

―― この人しか目にははいりませんから

総司の言葉に上気する頬を隠すようにセイは着物の袂で顔を覆った。

 

– 続き –