記憶鮮明 13

〜はじめの一言〜
本名で呼ばれてそんな扱いされたらくらくらきちゃいますよねー

BGM:SMAP not alone
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桟敷の中の会話に耳を傾けていた斉藤は、苦虫を噛み潰した顔で表にいた。桟敷に近寄るものがいないように外にいたわけだが、中のやり取りを聞いていると無性に腹が立つ。
セイの想いは、周りにいる誰もが察するほどに総司一筋だというのに、あの野暮天はそれを知ってか知らずか呑気なことを口にしていた。

芝居とわかっていてもそれを言われたセイの気持ちを思うと、背後から石でもぶつけてやりたくなってくる。

そんな斉藤の気配を感じたのか、後ろを振り返った総司が斉藤に合図を送る。そろそろ昼餉のために移動をする刻限ということだ。
斎藤は渋々とその場を離れる。気を取り直して、手にしていた風呂敷から羽織を取り出すと着物を整えて羽織り、足袋を履けば一変して大店の若旦那風になった。

芝居小屋を出ると、小道にさりげなく立っている山崎へと視線を投げてから斎藤は歩みを変えて、予定の店へと向かう。

「ごめんくださいよ」
「ようこそいらっしゃいまし」
「ちょと小腹が空いたものだから軽く何か食べさせておくれ」
「はいはい、どうぞ」

店の者の案内で斎藤は料理屋の一間へ通された。一見は断るような店ではあるが、斎藤の風体と慣れた態度にどこぞの若旦那と誤解されたらしい。すばやく女中へ心付けを渡すと、いい部屋へと通してもらう。

「すまないがね。私は扇屋だが、もうしばらくしたらご贔屓の見城家のご隠居様と若夫婦がおいでになるから、そうしたらお通ししておくれ」
「まあ、こんなに頂いて。畏まりました」

一分銀を女中の手に握らせた斎藤はすっかり遊び慣れた若旦那風になっている。
幕間のところで芝居小屋を出た一行は、ゆったりと進んで斎藤がいる料理屋へと向かった。

「すみません。扇屋の若旦那が先に来ていると思うんですが?」

総司が温和な笑顔で店の者に声をかけると、すぐに斎藤のいる部屋へと案内された。ここはお互いの役割に沿って、演じ切らなくてはならない。いかにも武家のご隠居と若夫婦を装って部屋へと通された。

「これはようこそおこしやした」
「こちらこそ。扇屋さんの若旦那」

上座に雅と共に総司が並び、セイがその横にセイが座った。女中がすぐに座を整えて、膳を運んでくる。

「ゆっくり頂くからしばらくはこなくていいから」

斎藤がそう言うと、心得たと茶と酒の支度まで整えて女中は下がって行った。女中が部屋から離れて行くのを確認してから総司と斎藤は立ち上がって隣室の確認や隠し部屋がないかを確かめる。
事前に下見はしてあるが、それでも念のために一通り、見て歩く。

「雅様、お疲れではありませんか?」

その間にセイが雅に酒を勧めた。イケる口らしい雅が当然のように盃を手にする。

「疲れるほどの事はしておりませんよ。セイや総司さんの方が気疲れしたのではなくて?」
「そんなことはありません。滅多にお舞台なんて見る機会がありませんから」

楽しかったと言うセイに斎藤と総司が苦笑いを浮かべる。素直なセイの言い様に雅が微笑んだ。

―― 特命に楽しいも何もないでしょうに

顔を見合わせた総司と斉藤を余所に、雅とセイは話を続ける。

「お芝居もたまにはよいものでしょう?いいことですよ。どんな時でも人生を楽しむことは必要なことですからね」

雅が昼を食べている間、総司と斎藤はひそひそと会話をして、交互に出たり入ったりを繰り返す。山崎の手の者と連絡を取り合った二人は土方からの伝言を伝え聞いて頷いた。
部屋の前の廊下でひっそりと語り合う。

「斎藤さん。事態はあんまりいい方向へ進んでいないようですね」
「ああ。局長のところに仲裁話が持ち込まれたのであれば後はそれを待つしかないな」
「どのくらいかかると思います?」
「日を限ってるはずだからここ数日というところだろう」

当然いつまでも時間を掛けているわけにはいかない。元々、明日の午後には話し合いが決まるはずだった。

「この後は呉服屋か。一度交代するか?」

斎藤の申し出に、一瞬迷った後、総司は首を振った。
ここで姿を変えた方がいいことはいいだろうが、総司と斎藤だけが入れ替わってもかえって違和感が出る。

「今日はこのままでいいでしょう。どうせ明日は斎藤さんですよ?」
「……そうか」

斎藤にとっては先程の桟敷でのやりとりが気に入らなかったのもあるが、仕事は仕事だ。
障子を開いて部屋に戻ると、ほとんど昼を終えた雅がセイに食事を取るように言っていたところだった。

「さあさ、とっても美味しいお料理でしたよ。本当なら冷めないうちに頂いて欲しいところだけど、うちの嫁は遠慮深いから。さ、総司さんも扇屋の若旦那も召し上がって?」

――  せっかく、こんなお膳を前にして残したらおかしいですよ?

確かに、膳を前にして他の3つが手をつけられていなければ、料理屋の者からも不審に思われかねない。セイが総司と斎藤の顔を交互に見ると、二人が揃って頷いたので、ほっとしたセイは斎藤と総司がそれぞれに膳の前に腰を下ろすのを待って手を伸ばした。

 

「さあ、次は着物を選ぶんでしたか?祖母上」
「せっかちですねえ。どんな時でも心の余裕を忘れてはいけませんよ」

あっというまに膳を片付けた総司に、雅が軽く睨むように言うと、セイの方を振り返った。つい、膳の上の料理を味わってしまっていたセイは、先に手をつけたのに斎藤や総司に遥かに遅れていた。
顔を上げて自分が遅れていることに気付いたセイが慌てて箸を置く。

「すみません!お待たせしてしまって」
「構わなくてよ。貴女はどれが一番おいしかった?」
「こんなときにすみません。えと、湯葉巻きが……」
「そう。貴女が一番有望ね」

何が有望なのか全く分からなかったが、斎藤と総司が苦笑いを浮かべているのを見て、恥ずかしさに頭を下げた。

食事を終えると、斉藤が案内をする形で呉服屋へと場所を移した一行は、隊の、特に近藤や土方達幹部が利用する店に入った。越前屋は、会津藩他多くの藩へ出入りの金看板を上げている。

ふらりと足を運んだように見えても、それなりの立場の客が来た場合は奥へと案内される。
一行も奥の部屋へと通されて、雅の好みにより次々と反物が運ばれてきた。

「ご隠居様、こちらはいかがでしょうか」
「ちょっと地味かしらねぇ。若夫婦にそれぞれ拵えてあげたいものだから」

初めは気まぐれで反物を広げているのかと思っていたら、どうやら本気で選び始めた雅にセイと総司は顔を見合わせて困り顔になる。総司はまだしも、セイは女子姿などどこにも着ていける場所があるわけではない。

「あの、雅様……」
「遠慮をするものではありませんよ。人柄がいくら良くても、人は姿形で判断するものなのです。ならば、分相応な姿をしてしかるべきというもの」
「流石、ご隠居様でいらっしゃいます。若夫婦として呼ばれる機会もございましょう?ささ、どうぞよくご覧くださいまし」

店の番頭には、身分違いながら嫁に貰ってもらい、遠慮がちな若妻と映ったらしい。その控え目さが好感を持たせたようで、雅に代わって積極的にあれこれと見立て始めた。
男二人は、女子の買い物には付き合い切れぬという風を装って、主人と一緒に世間話をしている。
その中で 事情を聞かされていた主人が密かに囁いた。

「少し、様子の変わった方々がうろうろしているようですよ。お駕籠を呼びましょうか」
「ならば、俺が先にでよう」

斉藤が雅とセイをちらりと見てから立ち上がった。

– 続き –