記憶鮮明 15

〜はじめの一言〜
やれやれ。時々自分で思います。なんでこんなに長々書いてるんだろうってwww

BGM:SMAP not alone
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総司が飛び出していった後に一人残されたセイは、しばらくぼんやりしてから仕方なく、自分の夜着を取り出した。女物の着物を脱いで夜着に着替えるとホッとする。
明日は違うものをと言われたが、いつその着物が来るのかもわからない。その間は清三郎の着物で行こうと決めていた。

襟を外して、着物を衣紋にかける。手拭いを濡らして軽く襟を拭くと小物をそろえて、帯はきっちり伸ばして畳んだ。

さすがに襦袢はそのままというわけにもいかないが、明日また女子の着物を着るのであれば衣紋にかけて風を当てさえすればいい。こちらも衣紋にかけたが着物の陰にして小部屋へと移動させた。

女髪なのに、着ている夜着だけが自分のものというところが、おかしな気がしてどうにも恥ずかしい。
総司が戻るのをとりあえず待つつもりで床の傍に座っていたが、慣れない格好と人目を気にしつつ演じることに疲れていたセイはいつの間にかこくり、こくりと舟をこぎだしてしまった。

ぐるっと離れの周囲を回ってきた総司が離れの部屋に戻ると、座ったまま頭を垂れているセイの姿が目に入った。先に休むように言ったのに、と近付いた総司に気付かず、身動き一つしない姿にああ、と口元に笑みが浮かんだ。
行燈に近付いて、セイがまぶしくないようにと明かりを落とす。

無理な姿勢のまま眠っていれば、傍に人が来て気が付きそうなものだが、よほど気疲れしたのか、まったく起きる気配がない。
総司は、布団をめくって、セイの肩に手を置いた。

「神谷さん、神谷さん。ほら、横になって」

肩をゆすられて、朦朧としたセイが何とか頭を上げたが、総司の腕に頭を寄せるとそのまま再び眠りに落ちてしまった。

「えっ、ちょっと、神谷さん」

一度目を開けたと思ったセイが再び目を閉じて、そのまま寄りかかってきたので総司は慌ててしまった。
ずるずると寄りかかる先を見つけた体が体重をかけてくるので、腕の中に横抱きにしたような恰好になってしまう。
中腰の体勢から倒れこまないようにと移動したために、総司の足の間で腕に子供を抱きかかえるような格好になってしまった。

目の前にはすやすやと気持ちよさそうに眠る姿。

「これをどうしろと……」

困惑した声を上げた総司は、しばらくは何とかセイを布団の上に移動させようと試みた。両腕で抱え上げて、ほんの少し先の布団へと徐々に移動はできたものの、セイはしっかりと総司の腕に自分の腕を絡ませているために、抜きたくても腕が抜けない。
仕方なく諦めた総司は、セイに腕を提供したまま自分も横になった。どうせ隊部屋で寝ているときも大差ないのだからと思って、掛布団を引き寄せて目を閉じる。

以前は寝ぼけて姪のおくまに間違えたこともある。
何も変わらないではないか。
そう思って目を閉じたはずの総司は、薄暗い部屋の中でパチッと目を開けた。

―― 眠れない

いつもなら目を閉じればすぐに眠りの中に入れるというのに、眠気どころかしっかりと目が冴えている。セイの方を向いて横向きに寝ていた総司は、腕を動かさないように気を配りながら天井を向いた。
原因はすぐに思い当った。

横を向いていれば、総司の腕を枕に眠っているセイから、女子の髪油の匂いといつもセイが身に着けている匂い袋の香りがほんのりと総司の鼻孔をくすぐる。掛布団の中が互いの体温で暖まったためにわずかな動きでもふわりふわりと甘い匂いが香る。

目を開ければ、いつもの月代ではなく、女髪のために、本当にセイが自分の隣で眠る妻なのだと錯覚しそうなのだ。

「……どうかしてますよ。まったく」

小さな声でひっそりとつぶやいた総司は空いた片手を額に当てた。
昼間の役に当てられたにしてもまったくどうかしている。セイが女子だとわかってはいるが、ずっと弟のように見てきた相手なのだ。
頑張る姿は確かにかわいいと思うが、女子に対して自分が何かを思うなんてありえない。

そんなことを考えていると、隣で寝返りを打ったセイが総司の腕に頬を摺り寄せてきた。その腕を確かめるようにしながら向こう側へと向いた。横を 向いた総司には、夜着に包まれた華奢な肩と、白い首筋、うっすらと汗ばんだ首筋に絡みつく後れ毛が薄暗い部屋の中で浮かび上がって見える。

一瞬、どく、と心臓が跳ね上がって慌てて目を逸らした。

提供している腕を、その人ごと引き寄せたい衝動に駆られた自分に驚いて、総司は再び天井を仰いで目を閉じる。

―― 本当にどうかしていますよ……

 

 

「……?」

目を覚ましたセイは目の前に掌が見えていることを不思議に思った。記憶を追いかけて、確か自分が眠った時は……と記憶をさかのぼっていくと、眠りについたときの記憶がない。
まだ完全に目が覚める前の状態で、不思議に思った手に手を伸ばすと、その手が動いた。掌に重ねた手がきゅっと食虫花に囚われたように掴まれる。

「目が覚めました?」

背後から総司の声が聞こえて、がばっと起き上がったセイは、自分が総司の腕を枕にしていたことをようやく理解した。

「や、や、なんで?!あっ、やっ、すみませっ!!」

右手は総司の手に掴まれたまま、あたふたと頭を下げたセイに総司はセイの手をつかんだまま伸びをした。

「構いませんよ」
「あ、あのっ、本当に申し訳ありませんっ!!なんで私ったらっ」
「貴女のせいじゃありませんよ。私を待っていてくれたんでしょう?座ったまま眠ってしまったみたいなので、寝かせようとしたんですがその時に、ね。だから貴女のせいじゃありませんよ」

どす黒いほど赤くなったセイの手をゆっくりと離した総司は、起き上がるとこきこきっと首と肩を回しながら床を出て立ち上がる。手拭いを手にすると、セイのほうを見ずに顔を洗いに出て行った。

残されたセイは、起き上がった床の上で周りを見回すと、本当に一組分の布団しか使われていないことをみてますます赤くなった。
急いで起き上がると、二組並んでいた床を片付けて、小部屋に駆け込んだ。恥ずかしくて恥ずかしくて、とても今、総司の後を追って顔を洗いに表には行けない。急いで夜着を着替えて清三郎の着物へと着替えた。髪もすべて飾りは外して、一つに結い上げる。
よく考えれば、今日は町人になるのなら髪も結いなおさなければならないはずだ。

「よしっ!」

自分に気合を入れなおして手拭いを手に小部屋を出ると、戻ってきた総司とぶつかりそうになる。上り框に滑り落ちそうになったセイを総司が片腕一つで抱え上げた。

「……まったく。気を付けてくださいよ」
「……すみません」

抱き上げられた時に、総司の匂いがして一晩中この匂いに包まれていたことを頭のどこかで思い出した。耳まで赤くなったセイとは逆に、いつもの清三郎の姿に総司はどこかほっとしていた。

―― なんだ。ほらやっぱりいつもの神谷さんだ

にっこり笑った総司は、動揺しているセイを促した。

「顔を洗いにいくなら早くしないとそろそろ雅様がお目覚めの時間になりますよ?」
「あっ、そうだった!すみません!」

我に返ったセイは、急いで顔を洗いにと表に出て行った。部屋に戻った総司は、すっかりと開け放たれて床もしまわれた部屋の中に、一抹の寂しさを感じる。
まるで、昨夜のことが夢だったように思えてしまい、それがどことなく切なくて頭を振った。

自分に言い聞かせるように、大きく伸びをすると、夜着を着替えにかかった。

 

– 続き –