記憶鮮明 18

〜はじめの一言〜
お待たせしちゃってすみません。ようやく書き直しも18話。

BGM:SMAP not alone
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甘味は鍵善ということになった。この時期の甘露竹を逃す手はないということで、座敷に上がる。

「まずは葛きりをいただかなくてはね」
「雅様、ご存じなんですか?」
「当り前ですよ。先に頂き物の竹に入った水ようかんをいただいたときはもう、至福の時をすごさせていただいたものだわ」

軽く目を伏せるようにして部屋の入口に控えている総司は、雅の甘味話を聞くともなく耳に入れている。普段の総司ならば喜んで話に加わっているところだろうが、今は薄ら口元に笑みを浮かべる程度で聞き流していた。

適度に高められた勘に唯一、触れるとすれば……。

「セイ。俺はいらぬからお前がいただきなさい」

自分の前に運ばれてきたくずきりを、セイが食べ終わるのを待って斉藤が膳の上の器を取り換えてやっている。元々、甘党ではない斉藤にとっては、特別なことではないが、セイは頬を染めて、ありがとうございます、と頭を下げた。

普段、総司と訪れる時は当然、一杯ではすまない。それに慣れているため、最初の一杯目では全く物足りなさを感じていたのだ。
恥ずかしそうに斉藤から渡された器に手を伸ばすとつるりと黒蜜に泳がせたくずきりを口に運ぶ。

「本当に見ているこちらも食べたくなる、おいしそうな食べ様だこと。お好きなだけいただきなさい」

雅は、次に甘露竹を頼み、竹の底に穴をあけた。器にむけて滑り出た水ようかんはつややかな姿と、雅やかな小豆の色が口に入れる前からその喉越しと味わいを予想させる。
竹の楊枝で一口大に切り分けた水ようかんを口に運ぶと、えも言われぬ風味が広がった。

「この冷え具合がまたなんともいえないわねぇ」

用心棒役の総司の前には茶と、香の物だけが置かれていた。今日の役どころを考えれば、当り前のことであり、セイが申し訳なさそうにちらりと視線を投げかけても特に気にする様子もない。
それよりも総司には、当然のように自分の隣に座らせて、なにくれとなくセイを気遣う斉藤の様子が気になる。若旦那が恋女房を気遣うがごとくの有様に、ちり、と毛を逆なでられるような気がして視線を逸らす。

自分の隣にいたときのセイは、初々しく、可憐で美しい若妻に見えた。
今は、町娘が不慣れな新妻になった姿見える。

自分の隣にいたときの方が本当のセイらしくてよかったのに、と無意識に思っている総司がいた。

「旦那様は、召し上がらないんですか?」
「そうだな。甘露竹なら……」
「じゃあ、お願いしましょうか」

顔を輝かせたセイが、店の者に、自分の分と斉藤の分を頼む。すぐに、濃い茶とともに運ばれてきた甘露竹を斉藤が、セイの分の竹に穴をあけて器の上に滑り出した。
いたずら心を起こした斉藤が、そのままセイの竹の楊枝で一口だけ奪い取る。

「あっ」
「ふむ。確かにうまいな」

驚いたセイににやりと笑った斉藤は、楊枝を膳の上に返すと、自分の分の竹をセイの膳の上に乗せた。器に乗せられた水ようかんと、まだ竹に入ったままの水ようかんをみて、セイが呆気にとられる。
いつもの斉藤からは思いもかけない悪戯だ。

「俺はこれで十分だ。後はお前がいただくといい」

二人の様子を見ていた雅がころころと楽しそうに笑った。

「仲のよろしいことね」
「お恥ずかしいことです」

詫びているようで、涼やかに受け流した斉藤がちらりとセイに視線を向ける。新婚らしいそのやり取りが、総司には不快でならなかった。
斉藤が居住まいを正して、茶を飲んでいる雅へと向き直った。

「時に……少しお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ええ。もちろんですよ」
「雅様は、この後どうされるおつもりなのでしょう」

先ほどの襲撃者を退けた雅の言い方で、雅の影響力の大きさを改めて知ることになった。その雅がこの後の身の振り方を含めて、何も考えがないとは思えない。
斉藤はそれを聞いてみたのだ。
無礼だと怒るわけでもなく、落ち着いた雅が口を開いた。

「私が京に嫁いできたとき、とても夢と期待を抱いて参りましたの。公武合体のよき一例として私達はあるのだと、夢と理想に溢れていましたわ。……けれど、現実はそうではなかった」

幕府は朝廷を軽んじ、朝廷は幕府を見下し、そしてどちらも腐敗が進んでいる。雅が嫁いだ家も、古く格式と気位だけが高いだけで、雅が夢に描いたようなものは影も形もなく、それは若い雅をも蝕んだ。
荒んだ日々に心を削られながらも、いつしか雅は、女子という立場を超えて、影響力を手に入れた。

「私には捨てられない思いがあった。ですから、私は変わろうと心を決めたのです」

若い雅が、ただの嫁、女子という立場から今の立場に至るまでどれほどの苦労があっただろうか。柔らかなその頬に刻まれた皺から、すべてを推し量ることなどできない。

「私は私にすべきことをする。これは昔も今も変わってはおりませんのよ」

斉藤と、総司は確固たる信念に支えられた雅の顔を見た。彼らにも雅と同じように信念があり、誠がある。

「明日が必ず迎えられるなんて、思ったことはないのですよ。ですから、あなた達も後悔しないようになさいね」

結局のところ、雅がこの後、どうするつもりなのかはわからなかったが、やはり何か考えがあることはわかった。しばらくして、黙って聞いていたセイが口を開いた。

「雅様は、どのようなお気持ちでお心を決められたのですか」
「そうねぇ。セイ。後悔とはいつするもの?」
「は?ええと、何かをした後か、何かをしなかった後でしょうか」
「そうね。悔いるという気持ちは後で思うものでしょう?行動があって、気持ちがある。迷って動けないときは、まず動いてごらんなさい?そうすれば、おのずと自分の心もわかるものですよ」

答えをはぐらかされたのかと思ったセイは、苦笑いを浮かべた。

「私、迷っているように見えますか?」
「ただ、心は決めるものではないということですよ。心は、初めからあるべき場所にしか向かわないものだから」

斉藤と総司も複雑な思いでその言葉を受け止める。思いを行動に移せる場合だけではないことを彼らはよくよく身に染みてわかっている。そのうえで雅のいう言葉がどれだけの重さを持っているのかも感じ取れた。

「さ。お話はおしまい。帰りましょうか」
「では、先にお代を支払ってまいります」

セイは立ち上がって、店の者に代金を支払って支度をしてもらった。駕籠を呼んでもらい店の前まで来ると、雅を促して店を後にする。
斉藤は、来た時と同様に、セイを気遣いながら駕籠についた。

松月に帰り着くと、昨日と同じように周囲を確認してから雅を離れへと誘導した総司が、挨拶をして斉藤とともに離れへと戻っていく。

 

– 続き –