記憶鮮明 23

〜はじめの一言〜
どこまで計画のうちでしょうね?

BGM:SMAP not alone
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

松月の主人に頼み込んだセイは、賄いの片隅で店にある食材をみて、何を作るか算段をつけた。

考えることはたくさんある。
近藤達も斉藤達も、雅の処遇を、とは言っていた。その意はもちろん、雅の命をいただくということだが、言葉の上ではっきりといわれたわけではない。
なんとかして雅を助けたいと思ったセイは、そこに賭ける事にした。

まずは清風に連絡を取らなければならない。斉藤や総司に隠れて連絡を取るには、文なり、自分が駆けつけるしかないが、セイが動けば松月は常に監視されているために、すぐにばれてしまう。文を託すにしても、監察の隊士に頼むわけにも行かない。
順番に行けば松月の者に頼むことになる。しかし、ここで迷いが出た。

松月の主人は、雅と親しいように思えたが、どのようなかかわりを持つのかはわからなかった。単純に味方として親しいのか、監視役なのか。監視役だった場合は、セイの行動が筒抜けになってしまう。
そうなれば、セイだけでなく新撰組としてもまずいことになる。

何かないか。

そう思ったセイが思いついたのが夕餉だった。セイが心づくしを食べてもらいたいというのはもちろんあるが、そうすることで足りない食材があればそれを買いに出るということもできる。

松月は料亭だけに、さすがに食材の揃えも良かったが、どこかに何かがあるはずだ。料理人にも、頭を下げてその日の献立と食材を見せてもらう。

先付には、じゅんさいに摩り下ろした生姜の汁を掛けまわしたもの。八寸には葛寄せと小魚の甘露煮、向付には鱧の梅肉添え、吸い物、焼物に鮎の塩焼きに山椒鞍馬煮。
それだけでも十分な品数と料理ではある。

すべてそれを作らせて欲しいというセイに料理人は快く食材を提供してきた。
非常に珍しい。職人同様の彼等が素人のセイにそんなことをさせるコトなど普通ではありえない。

「お手伝いしますから」

にこやかな使用人達は次々とセイの手伝いを申し出てくる。礼を言いながらも丁寧に断ったセイは、献立にどうしても豆腐を入れたいので、買いに出ると言った。
それさえも、女中が買いに出るからと言われたが、断ってなんとか表に出ることに成功した。

―― やはり……

やたらと支度に手を出してこようとしたり、夜の膳の支度をする頃合で忙しいはずなのに、必ず誰かがセイの傍に張り付いていた。好意的に取れば、親切なのだろうが、馴染みでもない、セイのためにこれはおかしい。ということは、やはり、松月は雅の監視する側ということになる。

近くの豆腐屋へ向かったセイは、松月の周囲にある監視の目を意識して、店先ではなく少し奥のほうへと声をかけながら店に入った。

「ご主人、すみません。お豆腐と二丁とそれから、これから書く文を尼庵へ届けてもらえませんか!?」

人の良さそうな主人が驚いた顔で奥からでてきてセイを見ていた。
構わずに、懐から懐紙と矢立を取り出したセイが、急いで何かを書き記して、きつく結ぶ。懐から取り出した財布から一分を主人に握らせた。

「少ないですが、これでどうかお願いします!人の命が懸かってるんです」

必死に頼み込むセイに初めは驚いていた主人も、首に掛けていた手拭を取るとセイの差し出した文を受け取った。

「ようございます。お引き受けいたしましょう」
「ありがとうございます!あの、私がお豆腐を持って店を出てから半刻してから向かってください。決してすぐには出ないで。庵の場所はこの辺りです」

セイはもう一度、懐紙と矢立を取り出すと、簡単に庵の場所を書き記した。それを受け取った主人は胴巻の間に文と地図を仕舞い込む。力強く任せろと頷いた主人に、ほっとセイが笑った。

「ほな、そのざるをよこしてください。肝心な豆腐をいれられまへん」
「あ、ああ。すみません。私ったら」

ざるを主人に渡すと、ずしりと重さを感じさせる豆腐をその上に乗せる。現代とは違って、重さを掛けるこの店の豆腐は、絹ごしでもずっしりした充実感がある。布巾をその上にかぶせて、セイに差し出した主人が店先までセイを見送りに出た。

「確かにお引き受けしましたよ」
「ありがとうございます。お願いします」

密かに礼を言うと、急ぎ松月へと戻る。危険な賭けではあったが、これしか方法がなかった。
松月に戻ったセイは、そこから一心不乱に夕餉の膳を整え始める。

手際の良い姿に手伝いを何度も言っていた店の者達も徐々に声をかけなくなって、四人分の膳を作り終えたところで松月の主人が現れた。

「これはこれは。本当に玄人はだしの腕前ですなぁ」
「お恥ずかしい限りです」
「雅様もこれならお喜びになりますやろ」

膳の上に並んだ料理を見て、にこにこと頷いた主人は、女中を呼んでセイが運ぶのを手伝うように言った。頼んではいないが、心ばかりと酒の支度も少しではあるがされている。礼をいって、離れへと向かった。

離れの外から声をかけたセイは、中から総司が開けてくれるのを待って、部屋の中へ膳を運び入れる。

「お待たせして申し訳ありません」
「いいえ。ちょうどいつもの頃合ですよ。清三郎の心づくしと聞いて楽しみにしていたのだけれど……」

すでに斉藤も部屋に呼ばれており、座が整えられていたその前に膳が並べられると、それぞれが思わず覗き込んだ。酒の支度を女中から受け取ったセイが雅に酒を注ぐと、自分も座に着く。

「まあまあ。素晴らしいことね。見事なお膳だこと」

同意を求める視線に、斉藤と総司も頷いた。今は賄いの小者がいるとはいえ、未だに手を出すことも多いセイの腕前は屯所でもなかなかの者だとは知っている。しかし、これだけの食材があったとしても、見事な膳を整えてくるとは二人とも予想外だった。

酒を味わいながら、次々と箸をつけていく雅達の感嘆の声にセイは恐縮しながらも、嬉しそうに顔を綻ばせた。

「そのお豆腐はそのままでいただいてください」
「これね」

白い豆腐には何も掛けられてかなかったが、セイの言うとおりそのままで口に運ぶ。

「まあ!」
「む」
「うわっ、何ですか?これ」

それぞれが思わず声を上げた。皆の驚く様子にセイがにこっと嬉しそうに笑う。

「これは、唐辛子を少し使って出汁醤油に辛味をもたせたものです。仕上げに唐辛子を使って、豆腐の中に醤油を仕込んだんです」

唐辛子の頭と先を少しだけ切り落として、中の種を抜くと一口大にした豆腐に突き刺して、醤油を豆腐の真ん中へと注したのだ。指し口を見ればわかってしまうので、時間を置いてから逆さに盛り付けるために、一見は何の変哲もない白い豆腐というわけだ。

「お見事ですよ。清三郎は料理人としてもやっていけそうね」

感嘆の声を上げた雅に、斉藤や総司も同様にセイを褒めた。濃い豆の味わいがぴりりとした醤油によって豆の甘さが引き立っている。

「確かに見事だ。清三郎。これならば我侭を通した甲斐があるというもの」
「本当ですね。神谷さんの賄いやおやつにはいつもお世話になってますけど、本職の料理人みたいですよ」
「そんな……。とんでもないです。私はただ、作る相手が決まっているからですよ」

料理人であれば、見ず知らずの客に向けても、満足がいくように料理する。しかし、セイは喜ばせたい相手が決まっているからできるのだといった。

「好みや、どんなことなら喜んでくださるのか、考えながら作ることができるので、喜んでいただけているだけです。本職の料理人の方と並ぶなんてそんな失礼なことできません。今日は、私の我侭を聞いてくださっただけでもありがたいと思います」

彼らにとっては職場である賄いをかり、食材も包丁も借り受けたのだ。たとえ、彼らの目的がなんであれ。
頷いていた雅は懐から小さな結び守を取り出した。

「それでは私から今日の料理を作ってくださった清三郎へ褒美を与えなくてはね」
「これ……」
「貴船様のお守りですよ。水の神様でもあり、縁を守ってくださる神様ですからね。きっと清三郎にとって良い守りになりますように」

手の上に乗せられた結び守をぎゅっと握り締めたセイは、胸にそれを押し当てた。縁あるものを守るというならば、セイがしようとしていることもきっとうまくいくように。

ちらりと視線を交わした斉藤と総司はすぐにまた視線を逸らす。斉藤も総司も、セイのことならば知りぬいている。

 

 

 

– 続き –