記憶鮮明 25

〜はじめの一言〜
BGM:SMAP not alone
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斉藤が出て行ってからしばらくして、セイが入れ替わるように離れへと現れた。

「ご苦労様です。神谷さん」
「沖田先生。夕餉の時はすみませんでした」
「いいえ。とってもおいしいご飯を頂きましたからね」
「あれは、こちらの提供してくださった食材がよかったんです」

部屋に入って、荷物を片付け始めたセイと、庭を眺めながらお茶を飲んでいた総司はいつもの夕べのようだった。お茶のついでにと総司が手にしていた竹をセイにむけてかるく持ち上げた。

「これ、ありがとうございます」

鍵膳をでる時に、食べられなかった総司のために竹の籠にいくつか買い求めてきていた。離れの部屋においたものの、総司に声をかけるのをすっかり忘れていたのだ。

「あ。そうでした!お声をかけようと思ってすっかり……」
「斉藤さんが、私のために買ってくださっていたって教えてくれたので、待ちきれずにいただいちゃいました」
「とんでもない!召し上がってくださってよかったです。そのために買ったんですから。仕事中にとは思ったんですけど」

明日にはここを引き払うため、手回りの荷物を整理したところで、セイは総司のために床を用意した。先夜のような真似をしないように、先に休んでもらうつもりでいる。

「先生、どうぞお休みくださいませ。私はまだ片づけも途中ですし、後で顔だけでも洗ってきますから」
「気にしなくていいですよ。ここならゆっくりと湯に入れるでしょう?私も斉藤さんも、頭からかぶっただけですから、ゆっくりと入ってらっしゃい」
「そんなわけにはいきません」
「いいから。なかなか屯所じゃ風呂にゆっくり入ることなんてできないんですから、こんな時くらいはいいじゃないですか」

屯所では誰かが来ないように、セイが風呂に入るときは総司が必ず見張りに立つ。それも数少ない機会をやりくりしていて、それ以外、セイは冷たい井戸水で身を清めていた。頼んだ見張りが申し訳なくて、いつも慌ただしく湯で体を清める程度ですぐに上がってくる。
総司達とは違って、湯に浸かれるのは本当に数少ない機会となっていた。

すみません、と頭を下げて、風呂をもらうために着替えを手にしたセイが風呂に向かう。隣の離れと同じように寄せかけられた湯殿は丸い湯船と、足場と腰掛けくらいの簡単なものではあるが、セイにとってはとてもありがたいものだった。

ここならば完全に囲われているために、見られることを気にしなくても落ちついて入れる。それでも日頃の習慣で一重を肩から羽織った状態で湯船に近づくと、下帯まで外してしまい、少し温くなりかけた湯を体にかけた。

「はぁ~……」

ここ数日の疲れと、明日に向けた緊張が解ける。

「お湯、温くないですか?」
「先生?!」

不意に外から声をかけられて、セイが飛び上りそうになる。総司が火元のところにしゃがみこんでいた。灰をかけて弱く保っていた火をつつきながら、暗闇の中にともる湯殿の灯りと手燭の灯りだけが周りに広がっていた。

「だって、神谷さんがお風呂に入っているときは、見張りに立つのが私の仕事ですもん」
「だ、だって、ここは囲われてますしっ」
「でも、一人で部屋にいたら淋しいじゃないですか」
「そんな……」

仕事は仕事として、ずっとこの特命の間に腹の中に黒く固まっていくものについて、総司なりに考えていた。芝居だったのに、一瞬夢見たこと。斉藤の傍にいる姿に猛烈に腹が立っていたこと。

それらが腹の中に落ちてきて、一つの塊になってくると、いやでも目を逸らしてはいられなくなる。

「神谷さん」
「は、はいっ」

ばしゃっと音がして、湯に浸かっているセイが慌てて反応したのがわかる。

「今度は一緒に入りましょうか」
「はぁっ?!」
「そしたら貴女もゆっくり入れるのかなぁって」
「ななななな、何をおっしゃってるんですかっ!!」

セイが如心選故に、皆と一緒に風呂に入ることを避けているのは屯所内でも周知の事実になっている。だが、相手が総司ならば堂々とゆっくり風呂に入ることもできるのではないか。

黒い塊を認めるのと同時にセイの笑顔のためには、できる限りのことをしてやりたいと思う。

―― 私は決して、この恋を表に出すことなどできはしないのだから

「あの……沖田先生」
「なんです?」
「ご迷惑かけてすみません。あの、なるべく回数を減らしますから」
「え?なんのです?」

考えることが苦手な総司は半分、自分の中の想いに気を取られていて生返事を返していたが、セイが言い出したことで現実に引き戻された。

「いつも見張りに立ってくださっていて申し訳ないと思ってたんです。なるべくお風呂、減らしますから」
「ちっ、違いますよ!」

急に立ち上がった総司は湯殿の物見窓に取りついた。

「私は、貴女がゆっくりともっとお風呂にはいりたいだろうなぁって!!」
「沖田先生……」

火吹き用の腰掛けに足をかけた総司が頭の先から目のあたりまで物見窓から覗かせてきたことに、驚いたセイが湯船の中で石になる。
同時に、勢い込んだ総司が自分の目に入った光景に正気に戻る。

湯船の中にセイの白い肩から鎖骨のあたりまでが見えていて、湯に浸かって上気した顔が驚いて固まっている。

「あわわわわっ!!すみません!」
「~~~~~!!!!」

大声はなんとか堪えたが、互いに内心では絶叫していた。
足場の腰掛から崩れ落ちた総司が茹蛸よりも真っ赤になって、急いで火を消した。

「さ、さ、さ、さきに部屋に戻ってますね!!」
「……はいっ!」

かたや、鼻先まで湯に沈み込んだセイも負けず劣らず真っ赤になっている。自分の体を抱くように回していた腕を上げると、湯船から急いで出てばしゃばしゃと顔を洗った。

恥ずかしくて仕方がなかったが、こんなことでうろたえていては仕方がない。

―― 馬鹿セイ!男なのにこんなことで驚いてどうする!

自分を叱りつけて、体を拭き清めると手早く着物を身に着けた。濡れた髪は仕方がないのでざっと手拭で水気を取ると、首元で結わえる。

「すみません、先生。やっぱり背が高くていらっしゃいますね。急にお顔が見えたので驚いちゃいましたけど」

そういいながら離れの部屋に入ると、すでに布団にもぐりこんでいる総司が背を向けていた。あ、と口を押さえたセイは、足音を押さえて荷物の場所 へと移動した。顔は見えないものの、背を向けた耳がまだ赤く染まっていることには気が付かないまま、小部屋の方へと荷物を運んで、セイは残りの荷を片付け 始めた。

―― こんなことじゃ、明日、うまくやれないじゃないか

己に喝をいれながら、セイは荷物の中から、思いつく限りの方法を考えて、支度を整えた。

 

 

 

 

– 続き –