記憶鮮明 3

〜はじめの一言〜
軌道修正で書き直してます~

BGM:Superfly タマシイレボリューション
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山崎の助言を元に、それぞれの身支度と出発が決まった。
斎藤は二日ほど先に山崎の元へと身を移している。髷をくずして町人に姿を変えた斎藤は遊び人風に姿を変えて、潜伏場所の宿屋の近くに足場を構えた。

総司はそのまま羽織や袴を着けずに、着流しを装うために着物も古着屋から調達した物を山崎が手配してある。
セイは、姿を変えるのが難しいため、そのままお供の若衆として加わることになった。着替えと手周りのものを風呂敷に包んだセイは、一旦、お里の処へと身を移してから件の相手の滞在する尼寺へと迎えに上がることになった。

「神谷、これから女院様をお迎えに上がり、滞在頂くお宿までお連れいたします」
「はい。ご苦労様」

一番、初めの重要な任務をセイが受け持つことになって、初めは反対していた総司もそのあとは何も言わなくなった。ただ、時折困ったような顔でセイを見つめることはあっても、セイがその視線に気づくとふいっと視線を逸らしてしまう。

―― やっぱり、勝手に盗み聞きして、こうして特命のお仕事に同行させていただくことになったのがいけなかったんだろうか

視線をそらされて、そっけない態度を取られることが多くなると、セイは不安に駆られた。どうしても総司の傍にいたくて我儘を通したこと が怒りを買ったのかもしれないと思うと、心が落ち着かなくなる。支度を整えてから総司に挨拶したセイは、淡々と交わされた会話に少しだけ寂しく思いながら も、頭を振って思い直した。

もうすでに仕事は始まっている。

返事だけ返した総司はすぐに隊部屋から出て行ってしまった。セイも出なければいけない刻限だけに、それを気にしている暇はない。仕方なく、風呂敷包を抱えて屯所を出て行った。

屯所を出たセイを見送りもせずに総司は土方の部屋にいる。

「お前なぁ」

特命にセイも同行することになって、毎日総司はひたすら土方に抗議しに来ていた。いよいよ、出発だというのに、またもや不機嫌そうな顔を見せに来た総司に、土方が呆れた声を上げた。

「わかってるのか?もう斎藤は手配りにかかってるし、神谷だってもう出発したんだろう?」
「わかってますよ。今日はただ挨拶に来ただけです」
「それが挨拶に来た面かよ……」

総司にも十分わかっていた。セイがこの特命には役に立つことは。
しかし、警護に新撰組の隊士をつけるような相手である。何があるかわからないし、特命として身分を偽っていれば、市中で何かあっても簡単に助けることはできないかもしれない。

まして、自分と斎藤の三人での特命だ。
ずっと、セイを見ていると落ち着かなくて、それでも一人でいるときはまだましだった。誰かとセイが一緒にいるところを見ると、無性に腹が立って、上司は私なのに、とか、剣術を教えているのは私だ、と無理矢理不機嫌の理由をこじつけてきた。

しかし、そろそろそれにも限度がある。

「やめろ」
「は?」
「その顔をやめろと言ってるんだ。まるで鏡でも見てるようだぜ。大体、これから特命だってのに眉間にそんな皺をつくってやれるのか」

土方に言われて、初めて総司は自分が眉間にしわを寄せていたことに気付いた。眉間に手をあてると、疲れた顔で目を閉じた。

「どうりで。疲れるなぁって思っていたんですよ」

ぐりぐりと眉間のあたりを手の平で揉むと、ふうっと息を吐いて総司が立ち上がった。脈絡のない行動に怪訝な顔を向けた土方をみてあっさりと言った。

「それじゃあ、行ってきますね。土方さん。念のため隊士達には私達を見かけても話かけないように言っておいてください」
「ああ」

開け放っていた障子から廊下に出ると総司はすたすたと長着姿で歩いて行った。余りに唐突でちぐはぐな総司の様子に土方は首をひねった。

「なんだ?アイツ……」

総司の行動がおかしいのはよくあることなので、土方も深くは思わなかった。なんにしても戻ってからゆっくり締めあげればいいだけで、今は無事に特命を終わらせることなのだ。

 

荷物を持ってお里の元を訪れたセイは、お里にも事情を話して、もし見かけることがあっても知らないふりをしてくれるように頼んだ。

「ん、わかった。清三郎はんも大変やね」
「まあね。正坊も頼むよ。私じゃないかと思っても、絶対に話しかけては駄目だよ」

セイの言葉に正坊が頷いた。

「まかしとき。俺、口固いんや」
「そっか。じゃあ、頼りにしてるよ」

一息入れてから、もう一度荷物を持ったセイは、いよいよ女院の元へと向かうことにした。お里と正坊に送られて、セイは女院の立ち寄られるという尼寺へと歩き出す。
寺の入り口まで来ると、尼寺ということもあり、大きな声で人を呼んだ。

「もし!どなたかおいでになりませんか?」

しばらくして、まだ若い尼僧が駆けてきた。

「お待たせいたしました」
「私は、新撰組の神谷と申します。女院様のお供を仰せつかって参上いたしました」

ここでは名乗ってもよいと言われている。セイが名と身分を明かすと若い尼僧は頷き、こちらへと言って、セイの先に立って寺の中へと導いてくれた。
といっても、奥の院ではなく、最も手前の建物の座敷へである。

「しばらくお待ちくださいませ」

丁寧にセイを迎えた後、尼僧は下がって行き、荷物を隣に置いたセイがきっちりと座って待つことしばし。
住職の尼僧がやって来た。小柄な老齢の尼僧は、年若いセイに対しても丁寧に頭を下げた。

「失礼いたします。この寺の住職、清風と申します。お待たせいたしまして」
「新撰組の神谷と申します」
「お若いのにお役目ご苦労様でございます。もうお見えになりますから、少しおまちくださいませね」
「わかりました」

穏やかな老女はにこにこと人のよさそうな顔でセイを眺めて頷いた。先程の若い尼僧が茶と菓子を運んでくる。

「どうぞ、一息お入れくださいな」
「ありがとうございます。頂戴いたします」
「あの方は我儘ですから付き合わされる方が大変だと思いますよ。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

その口調がただ敬服しているとは聞こえなくて、セイは不思議そうな顔を向けた。尼僧の語り口はどこか親しい者のような話をしている。

「住職様は女院様をご存じなのですか?」

セイの問いかけに清風は楽しそうに笑った。

 

– 続く –