記憶鮮明 4

〜はじめの一言〜
あらら?

BGM:Superfly タマシイレボリューション
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「ええ。あの方は私の母方の従姉妹ですの。楽しいお方でよく私達はご一緒に過ごしましたのよ」
「そうでしたか」

ふふっと愉快そうに笑った清風にセイはきょとん、とした顔になる。元来素直なセイの顔に、清風はますますころころと笑った。
笑われるような事をしたわけではないのだが、目の前で笑い転げられては堪らない。何かほかにもおかしなところがあるのかと、セイはひとしきり自分の姿をきょろきょろと見回した揚句に困った顔を向けた。

「あのぅ……」
「ほほ。ごめんなさいね。楽しい時間を過ごさせて差し上げてくださいな」
「はぁ……」

要領を得ない話にセイは怪訝な顔をしながら、茶に手を伸ばした。清風の様子はまるで悪戯を思いついた子供のように無邪気な笑顔を浮かべていて、これと言って楽しこともないだろうに何が愉しいのかとセイは気味悪くなる。

「大丈夫ですよ。女院様はさばけたお方でらっしゃいますからご心配には及びません」

セイの顔をみて、自分にではなく女院への怖れと思った清風がそう言うと、セイは曖昧に頷いた。

―― 女院様がどうとかじゃなくてご住職様がちょっと不気味だなんて言えない

面白そうにセイをまじまじと見つめている住職と向かい合っていることが居心地が悪くなってきた頃、先程の尼僧が再び現れて女院の支度ができたことを告げた。

「こちらにおいでになります」

来訪を告げて、すぐに脇へと避けると武家の隠居姿の老女が現れた。

「まあ!まあ、まあまあ!なんということでしょう!」

部屋に現れた途端にまるで少女のように嬉しそうな声を上げた女院に頭を下げるよりもまず怯んだ。そんなセイにはお構いなしに、すぐ傍まで近づくと、セイの顔を両手で包みこんだ。平伏するところを強引に両手で顔を包まれてセイの首がぐきっと鳴る。

「いっ!」
「なぁんて可愛らしいんでしょう!あなた、新撰組の方ね?まぁ本当に素敵!」
「は?!」

両手を添えたセイの顔を丹念に眺め回して満足したのか、ぱっと手を離した女院は、ほら見たことかと笑っている清風を振り返って頷いた。後ろを引いていないとはいえ、裾捌きも鮮やかに清風が部屋の中を移動する。

「清風殿、今から楽しくなってきましてよ?」
「こちらへ」

笑いを収めた清風が手をついて頭を下げて、上座へと促した。すっと、上座に納まった女院に清風が軽くたしなめる。

「そのくらいになさいませ。お若い方を困らせては可哀想でございましょう」
「そうね。少しはしゃぎすぎてしまったわ。さ、お名前をおしえてくださいな?」

闊達な少女二人のやりとりのようでセイは呆気にとられていたが、女院に声をかけられると手をついて、挨拶を口にした。

「女院様におかれましては、ご機嫌麗しくおめでとうございます。私はこの数日お供を承りました新撰組の神谷清三郎と申します。宜しくお願いいたします」
「はい。よろしくね。神谷殿。私の事は雅と呼んでくださいな。ああ、でもお供についてくださるのよね。神谷殿じゃおかしいわねぇ。清三郎と呼んでもいいかしら?」
「もちろんでございます」

セイにとっては否はない。当然伝わっていることだろうが、簡単にこの後の行動を説明を始めた。
滞在する料亭松月へ駕籠での移動である。ここから近いとはいえ、その姿を誰に見られるとも分からないためだ。

「あら、松月ならばそんなに離れてもいないでしょう?駕籠でなくてもよいのではない?」
「とんでもございません。それに私の一存でお駕籠を取りやめるなどはできません」
「でも、あなたの上の方には宿についてからしか会えないのよねぇ」

扇を手にしれっと否を口にした雅はその程度のことをまったく我慢するつもりなどないらしい。困っているセイの代わりに清風がやんわりと妥協案を出した。

「松月へご滞在中には市中を回られる際に、たくさん歩くことになられましてよ?楽しみはとっておいても無くなりはしませんわ」
「はい。宿に移られてからは、ご身分を隠しての行動になりますのでお歩きになっていただくことも多いかと存じます」

清風の言葉に乗ってセイも勢い込んだ。もしここで駕籠は嫌だとごねられて、徒歩で向かうことになった場合、斎藤や総司に報告してからでなければ動くに動けなくなり、この後の段取りも狂ってしまう。
ここは何としてでも、素直に頷いてもらうしかない。

「そう。では仕方がないわね」

清風がセイへ合図を送り、セイはほっと胸をなでおろした。斎藤が現れるまでにもういくらもない。
この後の移動はすでに斉藤が綿密に手配しており、駕籠を伴って現れることになっていた。門の辺りから来訪を告げる声がして若い尼僧が応対に出て行くと、予定通り斉藤が駕籠を伴って立っている。

「駕籠を手配して参りました」

心得顔で尼僧が待つように告げると、斉藤は中間のように駕籠の傍に膝をついて待った。

「駕籠が到着したようですね。それではよろしいでしょうか」

尼僧が戻る前にセイは自分の荷物を手にして雅を促した。雅の荷物は他の者がすでに松月へと運び出している。きらきらと目を輝かせてもちろんだと答えた雅は、ともすればセイよりも先に歩き出さんばかりの勢いで立ち上がった。

これでは若い頃、さぞやはねっかえりと言われたのではないだろうかと思いながら、セイが先に立って門前に待機している駕籠へと向かった。

頭を下げた斎藤を前に雅はとても老齢とは思えない優雅な動きで駕籠まで近づいてから立ち止まる。
駕籠に乗る直前で、清風を振り返るとなんともいえない顔でゆっくりと目を伏せて微笑んだ。互いに無言の挨拶を交わす二人には何か理由がありそうだったが、セイも斉藤も口を出す立場にはない。

見送りに出た清風と尼僧に礼を言って、駕籠に乗り込んだ女院と共にセイと斉藤は松月へと歩き出した。

松月は、宿屋というより、料亭という方が正しい。高級料亭は茶屋としての機能を兼ねた店も多く、場合によっては宿泊設備を整えているこ とが多かった。松月もそんな一つであり、離れを三つほど構えた高級料亭である。離れごとに湯を備え、庭先から人知れず表に出ることもできるようになってい た。もちろん、木戸や塀に囲われているものの、風雅な造りの建物とそれぞれの離れごとに設えられた庭は美しいものだ。

先に松月に入った総司は、主人へと挨拶を済ませると、すでに下見してある母屋を回り、これから滞在する離れを確かめた。母屋の座敷は一階と二階があり、それぞれ客間には風雅な名前がついている。離れも同様に、旭の間、雲斎の間、紅雲の間という名がつけられている。

総司は、丹念に離れの周囲を歩き回って周囲に不安がないか確かめた。

松は松竹梅としてめでたい樹でもあるが、一般には遊女の最高位である太夫を指すこともある。松月は、遊興の場として格の高いものを提供 するという主人の心が行き届いており、非の打ち所のないくらいの店だった。その心栄えは使用人にまで行き届いており、皆がこの店で働くことに誇りを持って いるように思える。
総司が店の中を見て歩いている間もすれ違う使用人たちの態度がしっかりしていた。着流し姿で歩き回る総司とすれ違う仲居達は、皆にこやかに目礼を送って、ともすれば案内もしてくれる。

これならばと思いながら、最後に離れを外からじっくりと眺めた。この手の店には隠し部屋を備えた部屋が用意されているものだ。当然、密 談などにも使用されるため、店側も事件を未然に防ぐために隠し部屋を用意し、事があればお上へ通報するという役目を担っている。特に京の町では、時にその 機能がよい方向へも悪い方へも転がる可能性があるのだ。

総司達が借り受ける紅雲の間には、隠し部屋はないようだったが、もうひとつ雅に泊っていただく旭の間には隠し部屋が備えられていた。主人の案内で隠し部屋を確認した総司は、自分達の滞在中はこの隠し部屋に近づかないように申し出た。

「すみません。ご主人、隠し部屋は私達が使用させていただきますので固く使用人の皆さんには近づかないようにお願いしますね」

もとより、使用人の中でも隠し部屋の存在を知っているものは限られる。主人は間違いなくそうすると請け合って、隠し部屋に入るための密かなからくりを総司に教えた。

「この仕掛けを知らない者にはいくらここに隠し部屋があることを知っていても中に入ることも出ることもできまへん。ですから、ご安心してくださいまし」
「わかりました」

頷いた総司は、主人の後について、母屋の主人の部屋で茶を飲みながら斉藤達の到着を待った。

 

– 続く –