罠 1

〜はじめの一言〜
ええと、なんでしょう。いかに不憫な方々があつまっているかというお話。
BGM:トンガリキッズ B-DASH
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「神谷。お前、酒はあんまり強くない方だけどまさか奈良漬で酔ったりしないよな?」
「はぁ?何を言うんですか。失礼な。私だとていつまでも子供ではありません!」

一番隊の大石がとても美味い奈良漬を手に入れてきたので、午後のおやつ代わりにその場にいた者達で食べてみようということになった。

白瓜と間引きのためにまだ小玉の内に摘んでしまった西瓜を塩漬けにしたものを、さらに酒粕に漬けたもので、美味いと大層評判のものらし い。他の店では野菜はひとまとめにしてつけてしまうのだが、この店の奈良漬は、瓜は瓜でそれぞれに漬けているため、香りの強い生姜などは別にしている。
そのためにそれぞれの風味が非常に良いのだ。

「わぁ、これすごい美味しいですねぇ」

隊部屋で、小さく切った奈良漬とお茶を前に幾人かが集まっていた。確かに美味いものだが、酒が強い者達は、奈良漬の味に酒が飲みたくなってぽろぽろと抜けて行った。
その間も、美味しい、美味しいと言いながらセイは食べ続けていた。

「えへっ。えへへへへ」
「か、神谷?」
「なぁんですかぁ?」

残っていた山口と相田は顔を見合わせて自分達の不覚を呪った。人数が減ってきているのでまだいいものの、このまま調子よく食べさせておけばどこに出しても恥ずかしくない酔っ払いの完成である。

美味いということは、何度も新しくて美味い酒の酒粕に漬け直されているということで、大石が手に入れてきたそれは特に強い酒の物だった。

「そろそろ、やめた方がいいんじゃないか?」
「なにぁですか?」

呂律があやしくなりだしたセイに山口は続きを言いかけて止めた。もうこうなっては何を言っても無駄なことはよくわかっている。後はさっ さと潰して寝かせてしまった方がいい。いくら酔ったと言っても奈良漬である。普段から雑務をこなし、皆よりも遅く寝て一番に起き出しているセイの事だ。疲 労からすでに眠そうな目になっている。
昼寝をするにはちょうどいいだろうし、今日は巡察もない上に、明日は非番である。

相田と視線で会話した山口は、俺のもやる、と言ってセイの目の前に自分の分を置いてやった。相田もすぐに自分の分の残りをセイに渡し た。にこにこと口に放り込んでいるセイを見て、山口と相田は総司には見つからないようにしないと後が怖いということだけは二人とも共通の意識が働いてい る。

「あれっ、神谷?」

原田の代わりに副長室へ報告に向かう中村が一番隊の隊部屋の前を通りかかった。山口や相田よりも先にセイが視界に入るところが中村らしい。俺達は無視かよ、と文句をいう相田をきれいに素通りしてセイの傍に近寄ると、酒というより、まさに奈良漬の匂いが漂う。

「うわっ、くさっ」
「なんだぁ。お前、奈良漬嫌い?」

じろりと睨みつけたセイに中村がうっと怯みながら、左右の山口と相田に助けを求めるとしらーっと冷ややかな視線が中村を見ている。

「や、俺も嫌いじゃないけど、普通そんなに食わねぇだろ」
「なぁにいってんだよ。つまんねぇ奴」

面倒くさそうに中村をぐいっと押しのけたセイは、茶に手をのばしたところでぐらっと倒れこんで眠ってしまった。
倒れこんだセイに手を伸ばした中村を山口と相田がぴしゃりと手を叩き、横にならせる。後は、周りの茶碗を片付けて、羽織をセイにかけてやれば任務完了である。

「お前、なんか用事だったんだろ?」
「ほらほら、さっさと行けよ」

めったに見られないセイの寝顔をもう少し見ていたいと思った中村が山口と相田に追い出されると、一番隊の隊部屋は障子が閉められた。
廊下に出た山口と相田は顔を見合わせて頷きあう。

「俺達だってもうちょっと神谷の寝顔をみていたいけどよぅ」
「俺達、そんなにできたヤツじゃねえもんな」

二人はセイを起こさないように近づくべからず、と張り紙を残すとそうっと隊部屋を離れた。

 

普段、日中に閉められることの少ない隊部屋の障子が閉まっているのは珍しい。まして、近づくべからずとあれば余計に覗きたくなる。
土方の元へと顔を出そうとして通りかかった伊東がふと、それに気がついて密談でもしているのかと僅かに障子を開けて中を覗きこんだ。
そこには、部屋の真ん中で大の字になって眠っているセイがいて、伊東はくすっと笑って隊部屋へと滑り込んだ。

「寝顔も可愛いね。清三郎」

セイの傍に寝そべった伊東はセイの顔を覗きこんでくすくすと妖しい笑みを浮かべてセイの頬に手を伸ばした。

「本当に肌もすべすべで最高だね。君は」

不気味な手の動きでセイの顔に触れるか触れないかのところでぱちっと目を開いたセイが、思い切り腕を振った。

「うるさい!!」

びたん、と伊東の顔に思い切りぶち当たったセイの腕に呆然とした伊東は、頬を押さえて一番隊の隊部屋から表に出た。本命は土方である伊東は、こんなところでセイに不埒な真似をしたと思われては困るとばかりに、辺りを窺って、赤くなった頬を隠すように自室へと引き上げた。

―― うるさいって……清三郎。どうして僕にそんな仕打ちを?

直後に再び寝入ってしまったセイに伊東は疑問符だけを抱える羽目になった。

伊東と入れ替わりに副長室から戻って来た中村は、障子の閉められた一番隊の隊部屋をそうっと覗きこんだ。

―― うわっ。やっぱり可愛い~!

もう少しセイの寝顔を見ていたくて隊部屋へと忍び込もうとした中村を心配で戻って来た山口が見つけた。

「な~か~む~ら~?」

びくっと肩を震わせた中村がそう~っと振り返ると、山口が仁王立ちになっていた。

「お前~、元気がありまあまってそうだな?」
「い、いや、その」
「ちっとこい」

襟首を掴まれた中村はずるずると十番隊の隊部屋へと連れて行かれ、原田にむかって、ぜひとも中村が立ち上がれないくらい稽古をつけてもらいたがっていると通報されて、その日は道場に居続ける羽目になった。

「?」

中村と山口が去った後、総司を探していた藤堂が隊部屋の前の張り紙に首を傾げた。

『近づくべからず』

「総司いる~?」

構わずに障子を開けた先には、誰もいないくて藤堂の視線が彷徨ってから下に落ちた。黒いカタマリを見つけた藤堂は、一瞬、見てはいけないものを見つけた気がして天井を仰いだ。

「……なんで?」

すやすやと羽織にくるまって眠っている姿に、辺りを窺って誰もいないことを確認してから隊部屋へと滑り込んだ。

気持ちよさそうに眠っているセイを覗きこんだ藤堂は、ついその顔に笑みを浮かべた。子供のように口元に手を当てて丸くなっている姿は、抱きしめたいくらい可愛らしくて、セイの傍に屈みこんだ藤堂はセイの前髪をそっとかき上げた。

撫でられた感覚が気持ち良かったのか、セイがくふっと眠りながら笑う。

―― うわっ。ものすごく可愛いんだけど!!

凶悪な寝顔に目を伏せたものの、やっぱり薄目を開けてセイを見下したところで、ぐいっと藤堂の腕が掴まれた。

「?!」

しゃがみこんだ姿勢のまま、セイが藤堂の腕をぎゅっと懐に抱きこんだのだ。

足は屈伸状態。
しかも前傾姿勢。
それを支える腕はない。

「か、神谷、これは流石に辛い……」

そうっと腕を引き抜こうとすると、ぐいっとさらに引っ張りこまれて、慌ててセイの上に倒れこまないように藤堂はもう片方の手をついた。

「う、嘘……」

この状態は非常にまずい。
こんな姿をそれこそ総司にでも見つけられたら大変なことになる。

藤堂は、なんとか腕を引き抜こうと無理な姿勢から腕をひねった。ただ腕を引いてはまた強く引き戻される。捻って掴まれた腕に隙間ができれば一気に引き抜くことができる。

が。

とにかく脱出だけを頭に入れて腕をひねった藤堂は、セイの腹部に向かって手の平が向いてしまい、柔らかい呼吸を繰り返す腹部に自らの手を押し当てられた格好になった。

「~~~~!!!」

限界とばかりに拳を握ると、一気に腕を引き抜いて藤堂は一番隊の隊部屋を飛び出した。最後に障子をきちんと閉めた自分を褒めたいくらいだ。

一番隊の隊部屋から大分離れたところまで来ると、両手で押さえていた顔から手を離した。

ぱたた。

盛大に流れた鼻血にがっくりと藤堂は肩を落とした。

―― 神谷って……

滅多に鼻血など出したことがない藤堂は、血にまみれた自分の手を見て先程の感触を思い出してしまい、くらりとその場に倒れこむ羽目になった。

 

– 続く –