記憶鮮明 7

〜はじめの一言〜
この話の総ちゃんはあんまり自覚のない人です。自覚があってもいらっとしますが(笑

BGM:Superfly タマシイレボリューション
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「お話の腰を折るようですが……。そもそも、格好いいとかなんとか、一体何のことでしょう?」

根本的な問題を突く総司に雅は悪びれずににっこりと微笑んだ。

「あら。せっかくお傍にいてくださるのだもの。素敵な殿方にいていただいた方が楽しいしょう?もちろん可愛らしい方にもね」

それだけのことですよ、とにこにこしている雅の軽薄なノリに斎藤も総司も真剣にくらっと眩暈を感じる。いち早く立て直した斎藤は、ぴしゃりとセイにむけて小声で言った。

「清三郎にはいい薬だな。言われた言葉を返すようで小姓が務まるか」

そう言いながらも、セイの性格を見抜いた上でやったであろう雅にもほんの少しだけの嫌味を込めて、その場で聞こえるように叱りつけた。
斉藤は、総司のようにあからさまではないが雅に向けられた感情は警戒でいっぱいだった。

夕餉を済ませると、セイは雅の手周りの荷物から断りをいれて着替えを整えた。

「あらまあ。清三郎は女子の世話をすることも慣れていらっしゃるの?」

手際良く、小物まできちんと揃えたセイに、黙って見ていた雅が整えられた物を改めて顔をあげた。
流石に着替えを手伝うことは失礼にあたるかと思い、着替えやすいようにだけ整えたセイは、内心、どきっとしながらも落ち着いて答えた。

「慣れているわけではありませんが、小姓として局長や副長のお傍にいた時期もありますし、隊内では古参なのですが、年若いために皆さん のお世話をすることが多いんです。男所帯なので、皆、ついつい面倒がって気が回らないことが多いですから誰かがこまめに世話をしないといけなくて」

最後には苦笑いを浮かべたセイをじっと見つめていた雅は、何かを思いついたのか、さらさらと懐から懐紙と矢立を取り出すと何かを書き留めた。

「そうなのね。じゃあこれ、明日の支度を整えてくださる?」
「畏まりました。拝見してもよろしいでしょうか?」
「ふふ。だめよ。宿のご主人にお願いして手配してくださいな」

満面の笑みを浮かべた雅がこっそりと片目をつぶってみせるところがまた可愛らしくて、この老女の願いはつい聞いてしまいたくなる。かろうじて、小姓らしく食い下がった。

「でも、内容がわからなければ明日、確認ができませんが?」
「大丈夫よ。私のお願いですもの」

間違うはずがないわ、と言った雅はどうやらこの松月の主人とも知り合いのようだった。親しげな姿を見せたわけでもなく、挨拶も型どおりのものだったが、何とはなしに感じるものがある。
天然で抜けたところのあるセイだが、元来頭が悪いわけでもなく、勘も鋭い。

「承知いたしました。それではこちらでお願いしておきます」

セイはすぐ離れの入り口まで行って、女中を呼ぶための仕掛けを引いた。
母屋から離れている分、何か用事があっても客自身が母屋まで出向かねばならないということもあり、ここにはそれぞれの離れの入り口に母屋から女中を呼ぶための仕掛けがある。

紐の端を引くと、母屋の方で、竹の鳴子がからからと鳴る仕組みになっているらしい。

しばらくすると、女中が現れてセイは雅の文を主人へと言付けた。文を預かって一度下がって行った女中がすぐ戻ってくる。枕元に置くための盆に乗せた水とともに、確かに明日の朝には用意しておきます、と主人の言伝を伝えた。
セイは頷いて、盆を受け取ると控えの間に一度それを置いて、部屋の中を片付け始めた。

「そろそろお休みのお支度ををさせていただきます」
「もうそろそろ、五つ半かしら?楽しい時間は早いわね」

斎藤と総司から、五つ半になったら隠し部屋にどちらかが入り、セイは隣の離れへと下がるようにと言われていた。衝立を用意すると雅が着替えている間に、セイは床を用意して灯りや水差しを整えた。

「お着換えのお手伝いをせずに申し訳ございません」
「まあまあ、構わなくてよ。私、こう見えても何でも自分でするように育っているものだから日常生活はたとえ一人でいても何も差支えることがないの」

雅の言葉は真実のようで、着替えながら自分の着物の始末もしてしまったようだ。衣紋にかけた着物を奥へ片付けて、衝立の向こうから顔を覗かせた。頷いたセイは、入口に近いところに控えている。

そこに、隠し部屋に入ったことを知らせるために、壁の中からこつん、と音がした。凝った作りになっているようで、わざわざ部屋の中へ知らせるために総司が壁を叩かなければ物音ひとつ伝わらなかったところだ。

「刻限のようですね。それでは私はこれで下がらせていただきます」
「はい。ご苦労様。また明日ね」

にっこりと頷いた雅に手をついて挨拶したセイは、離れを出ると、外から戸締り代わりの心張棒を立てかけた。外からでは余り役に立つものではないが、ないよりはましである。
セイが外に出ると、暗闇の中では隠し部屋の場所など全く分からなかった。壁に手をついていると、内側から気配を感じたのか、かた、と暗い中に隠し扉の入り口が開いた。

「神谷さん。ご苦労様です。さあ、早く離れへお行きなさい」

傍へと近づくと、もはや着替えを済ませた総司はいつもの格好に戻って顔を出していた。中を覗いてみたかったが、セイはぺこりと頭を下げた。余計なことをしている場合ではないと、自分に言い聞かせる。

「沖田先生。それでは下がらせていただきます」
「はい。お休みなさい」
「沖田先生も」

反射的に答えたセイに、総司が闇の中で微かに笑った気配が伝わった。

「私は夜番なのに、休んじゃまずいでしょう」
「あっ、そうでした!すみません」
「じゃあ」

セイが再び何かを言う前に総司は隠し部屋の戸を閉めた。再び壁に戻ったそこは、暗闇の中では境さえ分からなくなる。閉ざされた扉の向こうを名残り惜しそうに眺めたセイは離れへと向かった。

「失礼します」

離れの部屋は二間あり、手前が小部屋になっている。控え用の小部屋と奥の部屋は襖が開け放たれていた。
セイが声をかけて中へと入ると、斎藤が町人の若者らしい姿に戻っていたが、腰には脇差を差している。

入って来たセイを見た斎藤は頷いた。

「ご苦労だったな」
「先生方こそお疲れ様です。参りましたね。雅様の着せ替えごっこには」

小姓姿のセイは、ようやく人心地ついた気がして、くしゃ、と前髪を崩した。滅多なことではしない姿だけに肩が凝って仕方がない。
そんなセイに、布巾のかかった盆を斎藤が押し出した。

「結局まだ飯が食えていないだろう」
「わ。兄上が頼んでくださったのですか?」
「いや、沖田さんが女中に頼んでおいたものだ」

ここで自分がと言えばよいのだろうが、馬鹿正直にも総司がと言ってしまうところが斎藤らしい。火鉢から鉄瓶を取り上げると、セイのために茶を入れた。その間に、セイは布巾を除けて、握り飯と香の物だけの夕飯にありついた。

「兄上、すみまへん」

早速、握り飯に手を出したセイが、手の平にご飯粒をつけながら口を動かした。遅くまで夕餉が取れないことなど、慣れているが、緊張していたこともあり、変な格好をさせられたこともあり、とにかく口に入れてほっとしたかった。
追い立てられるように飲み込んで、仕舞いに香の物を放り込むと、一息に茶で流し込んだ。

 

 

– 続き –