記憶鮮明 6

〜はじめの一言〜
なかなか曲者なばーちゃんです。

BGM:Superfly タマシイレボリューション
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夕餉の誘いは了承したが、まだ夕餉には早い。明日の手配りに立った斉藤と違い、総司はこれといった支度もなく、早々と顔を顔を出すのもどうかと様子を見ていたところに再び女中が現れた。

「失礼いたします。こちらへお着替えくださいますようにとお隣の方からでございます」
「はい?」

二つの乱れ箱にそれぞれ着替えが入っており、女中がこちらが斎藤の分、こちらが総司の分、と指定して寄越した。

「どちらも、間違わないようにときつく言いつかって参りましたので、そのようにお願いいたします」

総司が各々、指示された着物を広げると、渋面になる。思わず独り言が漏れた。

「……思いのほか、頭の良い方みたいですね」

そこに斉藤が戻ってきて、着替えだと指示されたものをみる。渋面の斎藤は無言を通して、さっさと着替え始めた。先ほどの様子ですでに雅がどういう人物か諦めがついたのだろう。
髷もこれでは結い直さなければならないと、手を叩けばすぐに女中が現れた。

「スマンが、床伝という髪結いを呼んでもらえるか?髷を整えたいのだが」
「それでしたら、先程こちら様のお着物を整える際に、髪結いも呼んでおくようにと申しつかりまして、すでに近くの回り髪結いを呼んでありますが、いかがいたしましょうか?」
「!……、それではその髪結いでいい。頼む」

かしこまりました、といって女中が髪結いを呼びにいくと、斎藤が障子に向かったままぼそりと呟いた。

「確かに、頭の良い方だ」

そして二人の頭に浮かぶのはセイのことである。
今頃セイも身なりを変えさせられている頃だろう。
ふう、と背後からため息が聞こえて斎藤はちらりと視線を向けた。いつもの昼行燈の顔がへらりと笑みを浮かべてはいるが、どことなく漂うものが存外真剣になっていることが分かる。

「アレなら大丈夫だろう。存外、うまくやっているかもしれん」
「そうですね。神谷さんですからね。ただ……」
「ただ?」
「雅様がとても頭の良い方ということはわかりましたから、本当の事情も教えていただけますか?斎藤さん」

これほど頭の切れる手配りができる方が、ただ我儘で市中見物になど出てはこないだろう。無理を押して、警護まで付けてでも家を離れてこんなことをするには訳がいる。
この時代、よほどのことがなければ身分の高い女性が家を離れることなどそもそもがないのだ。

総司の問いかけに斎藤も手を止めてしばらく考えた後に頷いた。

「髪結いが来る前に手短に話そう。雅様は現在お家騒動の渦中にいらっしゃる」
「お家騒動?」
「ああ。この数日間は話の決着をみるための猶予期間で、決着してしまえばいずれにしてもどなたもお手だしはできなくなるが、それまでは危険らしい」
「そのために、お家を離れての市中見物ですか。それじゃあ女院様ということも正式な身分ではないとか?」

斎藤自身は雅の家の事もよくわかっているが、事態が拗れるまでは黙っているようにと命が下っているから容易に話すわけにはいかない。無言で返すと、なるほどと総司もそれ以上は聞かなかった。

自身もも着替え始めた総司は、自分から発している気配に全く自覚を持っていなかった。
特命という仕事だというのに、どうやら仕事の中身は二段構えになっているらしく、唯一、詳細を知っていそうな斎藤も事情があるのか、今以上の深い話は聞き出せていない。おそらく今は聞いてもこれ以上、話をしてはくれないということもわかる。

他愛ないことと言えば他愛ないことなのだが、こうしてセイが同じ様に着せ替えにさせられているとしたら、秘密も暴かれてしまうかもしれなくて、上手く自分のことを説明しているだろうと思っていてもその身に焦りが滲む。秘密がばれてしまえば、セイは隊にいられなくなるのだ。

――  神谷さんが隊からいなくなるなんて……

焦りを覚えて考えを巡らせていた総司は、途中ではたと手をとめた。セイに隊をやめるように言って来たのに、セイが隊を辞めさせられるなんて許せないと今、思ってしまった自分の矛盾に気づいて、慌てて自分の考えを打ち消した。

まさかに、切腹ということはないだろうし、セイが隊を辞めて幸せになるならめでたいことだ。

――  幸せ……って、たとえば斎藤さんとか……?

「沖田さん」
「は、はいぃ!?」

顔をあげた総司に、いつの間に来たのか、髪結いが斎藤の髪を整えながら必死で笑いを堪えているのが見て取れた。拳を握りしめていた総司は、己の姿に我にかえる。

「俺は面白いから構わんが、くれぐれもあちらにいるときに百面相をするのはやめた方がいいだろうな」
「斎藤さ~んっ」

耐えられなくなった髪結いが、口に櫛を咥えて横を向いた。肩がふるふると揺れていて、先ほどまでの視線を思い出して総司が自分の姿を見返すと、着物の帯はあさっての方に歪んで、袴から長着の裾がはみ出している。

「!!」

顔を赤くして総司は後ろを向くと急いで着物を整えた。笑ってしまった詫びにと、髪結いが総髪はかわらないもののきっちりと髪を整えてくれた。

「お待たせしました。行きましょうか」
「うむ」

すっかりと身なりを整えた二人は、隣りの離れへと向かった。離れの入り口には女中が膳を運んできたところで、少しだけ待たされた二人は、女中と入れ替わるようにして中へと通された。

「まぁ~!!」
「うわっ!」

雅とセイの声が同時に聞こえたかと思うと、雅が扇を口元にあてて勝ち誇ったように笑った。

「まあまあまあ。やっぱり素敵な殿方には何を着せても似合うものだこと」
「本当に……って、ああっ負けたっ」
「ほほほ」

雅の意見に同意したセイが、がくりと畳に手をついて悔しさに暮れている。しょんぼりと落ち込んだセイは、それでも総司と斎藤をこちらへ、と膳の前へと案内した。

「確かにお二人ともとてもよくお似合いで恰好いいです。雅様」

まるで似合ってはいけなかったような声をあげたセイは、その場で唯一、小姓代わりとして膳に付かずに脇に控えた。
どうやら話の流れからすると、雅とセイとで何かを賭けていたらしい。

「どうしたんです?神谷さん」

セイの姿は、心配したような姿ではなく、いつぞや西本願寺へと移転の際に伊東の手によって美童へと変えさせられた時の姿に似ていた。まさに美しい小姓として控えている。その姿に落ち着きを取り戻した総司が、問いかけた。

落ち込んだセイが、首を振るだけで答えないでいると、雅が扇をしまって勝ち誇ったように口を開いた。

「清三郎と賭けをしましたの。どうせならば役に徹底した方がよろしいでしょう?そう思って、皆さんの着物を手配させていただいてね」
「ご配慮いたみいります」

その点だけは、総司も斎藤も礼を言った。
今、斎藤はどこぞの大店の息子という姿であり、どこから見ても銅鑼息子の二代目という風体だ。そして総司は、武家の次男坊の冷飯食らいだが、裕福な家に生 れたという雰囲気が漂うような格好をしている。よい着物に良い羽織を纏い、揃えて撫でつけられた髪もよく似合っている。

その前の姿は、あくまで仮の姿というのがどこかに匂っていて、その場になればいくらでも変えられるがどうしても立場というものは捨てきれずにいた。

「清三郎が、お二方が一番恰好良いのは稽古着で立ち合われているところと隊服を着ていらっしゃるところだというのですよ。その言い様が あまりに可愛らしいものだから、私の選んだものを着たお二方が恰好良かったら、明日、どんなものでも私の選んだ物を着てもらうことにしましたのよ。ね?」

雅の説明にセイが渋々と頷いた。素直なセイは全く気付いていないが、巧みに雅に誘導されている。
セイは一番恰好良いのは、と言っているが、雅は自分が用意した支度が恰好よければ、とだけで一番とも何とも言ってはいない。

まんまと嵌められているセイに総司と斎藤は軽い頭痛を覚えた。

 

 

– 続き –