記憶鮮明 8

〜はじめの一言〜
斎藤さんてば~理性的~(笑

BGM:Superfly タマシイレボリューション
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行儀が悪いとは思っても、とにかく急いで腹に入れるだけ入れてしまいたかったのは本当だ。食べ終わると、はぁ~とセイがため息をついた。

「ごちそうさまでした」
「そんなにがっつかなくても誰もとらん」
「行儀悪くてすみません。つい、急いで食べちゃいました」
「何をそんなに慌てているんだ?」

盆に布巾をかけると、今度はセイが茶を入れ直して斎藤へと差し出した。いくら夜の内とはいえ、仕事中に酒を飲むわけにもいかない。その代わりにと差し出した茶に、斎藤が手を伸ばした。

「急いだわけじゃないんですけど。慣れない格好って緊張してしまって駄目ですね」
「まあ、仕方ないな。今回は雅様の道楽につきあうのが主だからな」
「そうですねぇ。兄上は雅様がどのような方かご存じなんですか?」
「さてな」

斎藤は黒谷で初めに話を聞いた相手が容保からである。土方には報告していない話をわざわざセイに教えることはありえない。 呑気に茶をすすったセイが、続きを言わない斎藤の意思を的確に読み取って、話を変えた。

「私、最近思うんですが、新撰組も大分認められてきた気がしますよね」
「何故だ?」

これ以上言うことはないと意思表示した斎藤にあわせてセイは無理矢理話を捻じ曲げた。

「だって、壬生にいた頃より、格段にお仕事の幅が広がった気がしませんか?」
「さて……」

斎藤にとっては、仕事の中身が大きく変わったようには感じない。セイが、微かに照れ臭そうに頭を掻いた。

「そうですよね。先生方のお仕事はものすごく色々あって、大変ですよね。ただ、なんていうか、小姓や雑用なんかをさせていただいたからでしょうか。巡察だけじゃなくて、新撰組が本当に色々と治安維持のためにがんばってるんだなあって思ったんです」

セイの言うように壬生にいた頃は、市中の巡察や火事への出動など、何にでも出張るところは変わらないが、見回り組ともども、市中の治安 維持という色が濃かった。しかし、幕臣御取り立ての噂が出る昨今では、様々なところで広い意味での治安維持、国事安定のための活動が多くなってきた。

武力集団として、恐れられる彼らだけに、揉め事が起きた際に彼らの名前で密かに事を収めたということが非常に多くなっている。当然、庶民にはそのようなことは知られてはいないが、それでも大家や大藩での揉め事は京だけでなく世情の不安へと繋がる。

「……まったく、どこまでものをわかって言っているのやら恐ろしいな」

ぼそりと呟いた斎藤にセイが顔をあげた。セイには今回の特命について詳細など話はしていない。なのに、なんとなく感じ取った事でこんなことを言うとは。

セイが言うことはもっともだが、それによって、影響力にも偏りが生じかねない危険と常に背中合わせになってきている。これまでの新撰組は、まさに下部の武力集団であり、上の方からすれば下々の取り締まりに当たっていればよかった。だが、今はそうではない。
知名度の上昇と実力の程が知れると、彼らの力は有益であり、これまでのように命じるだけ命じて黙らせておけばよかったのとは違う。

金と立場でいいようにしようとする輩が増えるのだ。

「斎藤先生?」
「いや」
「私、てっきり雅様もそんな感じで、お身柄の安全をしばらくの間確保するのが本当なのかと思ってました。建前というか敵を欺くために市中見物にお連れするのかと思っちゃいましたよ」

ぎくり。当たらずとも遠からずの発言にため息をついた斎藤は、じろりとセイの顔を見た。これ以上、あれこれと言われてはたまらない。

「無駄口を叩いている暇に、盆を下げて床の支度をしたらどうだ。アンタは朝方になったらまた雅様につくのだからな」
「はいっ」

飛び上ったセイは、素直に盆を母屋の廊下の端に置いてから、離れの部屋へ床を敷いた。斎藤の分を敷き終えると、自分の分は入り口近くの小部屋へと広げる。布団を広げれば一杯になって歩く場所しかないような部屋に、斎藤が顔だけ見せた。

「ここで寝る気か」
「はい。無理矢理特命に同行させていただいた身ですから」
「だが、アンタがここで寝ると、何かあったときに出入りの邪魔になる」

――  そうだ。確かにここで寝られては、夜中に厠に行くこともできぬだけで、決してせっかく隣で寝る機会など少ないのにと思ったりしているわけではないのだ

心の中で理性的な言い訳を並べている斎藤の中では仕事とセイがきっちりと分けられている。しゅん、としたセイは、申し訳ありません、と言って布団を二つに畳んだ。

「仮にも特命の最中にゆっくり休めるはずなどありませんでした。申し訳ありません」
「そうではなくてだな、アンタもここで寝ろと言ってるんだ」

早合点したセイに、斎藤の方が慌てた。それほど危険が迫っているならばいくらなんでも護衛がこれだけということもあり得ないし、少数精鋭にはそれなりに意味がある。

「ここで共に休んでいてこそ、異常があった時に、互いに気づけるというものではないか?」
「なるほど。流石は兄上!」

頷いたセイはすぐに小部屋から布団を引きずってきて、斎藤の隣へと布団を並べた。この手の高級料亭に上がる場合、玄関で大刀を預けるものだが、今回は特別に刀掛けを部屋へと置いてもらっている。斎藤の枕元へはそれを置いて、セイは屯所にいるとき同様に枕元へと刀を置いた。
テキパキと支度を整えていき、部屋の灯りを落とすと、セイは床の傍へと座った。

「それでは斎藤先生。お休みなさいませ」
「う、うむ」

いざという時のために夜着に着替えることはせずに、横になった斎藤は、自分が仕向けたこととはいえ、まるで新婚初夜に新妻が夫へ就寝の挨拶をするようで、夜目にもはっきりと赤くなって背を向けた。
背後で、セイが床に横になる気配を感じて、ますますばくばくと心の蔵が跳ね上がるのを感じる。

どうしようもなく目が冴えて寝ることなどままならないと思った頃、背後からは健やかな寝息が聞こえ始めた。そうっと半身を起した斎藤は、振り返って薄灯りの中で眠るセイの顔を眺めた。

以前は、その可愛さに動揺したものだが、今はその寝顔を眺めているだけで温かいものが身の内に溢れてくる。

――  この寝顔を守れるのは俺だけならばどれほどか幸せなことだろうな

さらりとセイの前髪をかきあげると、指先で額に触れた。せめて叶わぬ想いを指先に託した斎藤は、セイの方を向いて横になった。
いつまで眺めていても飽くことがなくて、自然とその顔に笑みが浮かんでくる。

――  次にこの寝顔を見るのが沖田さんか

そう思っただけで、不愉快さが身の内を走り抜ける。これは仕事なのだと自分に言い聞かせながら、斎藤は長い夜を過ごしていた。

 

「……ふう」

どういう仕組みになっているのかは分からないが、隠し部屋の中の物音は離れの部屋にはほとんど聞こえない。
それは確認済みだけに、総司はため息をついた。

中は二畳ほどの細長い部屋になっており、壁には灯りをかけておく場所もある。隠し部屋にはいくつもの覗き穴が設えてあり、離れからは灯りが点いていてもまったくわからないように隠されてはいるが、部屋の中に死角がないように作られていた。

五つ半にセイが下がってから、しばらく灯りの下で文をしたためていたらしい雅はもうすでに休んでいた。部屋に異常があればすぐにわかるし、老女とはいえ、女子の寝姿を常時眺めているというのも無粋な気がして、総司は隠し部屋の中に座り込んでこきっと首を鳴らした。

 

 

– 続き –