記憶鮮明 9

〜はじめの一言〜
懐かしい総ちゃんでしょう?

BGM:FUNKY MONKEY BABYS GO!GO!ライダー
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

時折、部屋を覗いては異常がないことを確かめると、隠し部屋の中で灯りに映る己の影の揺らめきに気を取られる。静かで、外の物音もしない隔絶された部屋にいると、余計なことを考えてしまう。

――  こんな特命に神谷さんまでついてくるなんて

真実そう思ってはいた。特命の中身は雅の護衛を兼ねた市中見物に変わりはない。
身の回りの事は支障がないということで、単身でここに来た雅の我儘に数日付き添えばいいはずだった。まして、一番隊組長と三番隊組長の二人がつくことな ど、必要無いようにみえたが、斎藤の話では、どうやら真実その身が危ういためこの数日間身を隠す必要があるらしい。

だとしても、女院を称するくらいだから朝廷側の人間なのだろうし、禁裏の内に住まう人々であれば、総司達の護衛などが必要なのかもわからなかった。指名されていければ、他の者を宛がってもよいくらいである。

そんな中にセイが加わるとなれば、なくてもいい面倒事が増えそうで、総司がため息をつくのも仕方がない。

「あの人ってば、すぐに入れ込んでなんでも首をつっこんでいくからなぁ」

何事もなければ良いと思いながら、ふと離れで眠る姿を思い浮かべた総司は、いつもの寝顔を思い出して微笑を浮かべる。斎藤がセイに惚れていることは本人から聞いていた。

――  このまま斎藤さんと二人にしてあげた方がいいのかもしれませんけど

仕事とはいえ、斎藤の気持ちを考えればこの方が良かったのかもしれない。斎藤が、セイを女だと知っていればである。
何度か、それを斎藤に話すべきか総司は迷っていた。

話せば斎藤の事だ。事情を飲み込んで黙っていてくれるか、または、うまくやってセイを嫁として引き取るかの二つに一つだろう。万が一にも切腹などに追い込んで死なせることなどないはずだ。

そう思っていても、なかなか口に出せないでいる自分に時折妙な気になる。

セイの事は弟分としてしか見ていないのに、妙な独占欲に駆られるのか。
考えることは苦手なのに、こういう時間は否応なく、余計なことを考えてしまう。

 

 

まだ暗いうちに目を覚ましたセイは、隣りで眠る斎藤の姿を確認して、起きあがった。音をたてないように布団を畳むと、そうっと着替えを持って小部屋に入ると、急いで着替えを済ませる。

総司達と違って、セイはほとんど普段の姿と変わらないために、着替えも早い。

着物をしまうと、離れについている風呂から水を汲んで顔を洗った。朝の冷気がひんやりと心地いい。もう一度、新しい水を汲んで手拭をゆすぐと、きりりと絞った。

濡れた手拭を持って、セイは隣の離れの隠し部屋のあたりへ向かった。朝靄の中でなら、壁の切れ間をたどることができる。指先で壁の間を辿ると、指先で小さく壁を叩いた。

静かな空気が徐々に暖まって、陽が昇るのがわかる。

しばらく間が空いてから、中からかたん、と戸が開いた。

「沖田先生。おはようございます」
「神谷さん」

中から顔を出した総司は、朝の空気の中にセイを見て僅かに目を見開いた。朝靄の中で目の前に現れたセイが急にきれいに見えて、ぱちぱちと目を瞬かせる。セイが小声で濡れた手拭を差し出した。

「後でお顔を洗われるでしょうけど、どうぞ。さっぱりしますよ。一晩中、小部屋にいらっしゃったのでお疲れになったでしょう?」
「ありがとうございます」

隠し部屋から出てきた総司は、思い切り深呼吸して、狭すぎたわけでもないのに背伸びして体を伸ばした。受け取った手拭はひんやりとしていて、確かに気持ちが良い。濡れた手拭で顔を拭った総司はにっこりと笑う。

「ありがとう。さっぱりしました」
「私は雅様と先生方のお世話のためにいるんですから」
「そうでしたね。でも、まだ早いでしょう?雅様がお目覚めになるのは」

いくらか、照れ臭そうにはにかんだセイが、自分の袖を摘んで袂を引いた。

「だって、沖田先生だって、着替えとかされるでしょうし……。その前にあんまりそういうお姿されてるの、見たことがないから」
「はぁ?こんな姿くらい屯所でだって……」
「違いますよ!だって、夜着でいらっしゃるとか浴衣でいらっしゃるのとは違うんですから」

呆れた顔をした総司に、セイが小声ながら力説する。セイが言うには、やはり着流し姿で髪もきちんと撫でつけた総司の姿は何かが違うらしい。

「そんなもんですかねぇ?」

きょとんとして自分の姿を見返した総司に、セイは小さく呟いた。

――  だから野暮天っていうんだってば!もう

ぽん、とセイの頭の上に手を置いた総司はぐりぐりと頭を撫でた。急にセイがきれいに見えたのは一瞬で、やはりこうしていると、いつも通りの可愛い弟分である。

素直で。
可愛らしくて。
まっすぐで。

「……あれ?」
「沖田先生?」
「いや……」

頭の端をかすめたおかしな感覚に自分自身で首を捻った総司は、セイから離れると隠し部屋の中へ戻って灯りを吹き消した。狭い部屋の中へもひんやりした冷気が入り込んで、籠った空気が入れ替わる。
再び隠し部屋から姿を現した総司は、セイに少しだけ見ていてくれるように頼んだ。

「ちょっと厠へ行ってきますね」
「承知しました」

もうこの時間だけに隠し部屋に入ってまで雅を見張ることはないだろう。セイは離れの周りを散歩がてらゆっくりと歩いた。
庭の白砂の上は、毎日下男が引いているらしく美しく整えられていた。

「……?」

ふと、セイは視界の端、外へと続く木戸のあたりの白砂が乱れていることに気付いた。下男は離れと離れの間から母屋へと戻るから、白砂を整えた帰り足に乱したものには見えなかった。

「誰か、ここまで……来た?」

呟いたセイは、辺りを見回したが離れの近くの白砂には目立った乱れはなかった。念のため、離れの周りを歩いたセイが隠し部屋の辺りまで戻ってくると、ちょうど総司が戻って来た。

「どうしました?神谷さん」

眉間に皺を寄せたセイは戻って来た総司に向かって険しい顔を向けた。

「沖田先生」

ひそっと声を落としたセイが片手を上げる仕草に総司は軽く頭を下げて耳を傾けた。その耳元へと、セイが囁く。

「何者かが、表から離れに続く木戸のあたりに現れた形跡がありました」
「どこに」
「こちらです」

セイが先に立って、先程の木戸の辺りまで総司を連れて行った。目の粗い白砂は歩くとシャリシャリと音がする。離れに近づく者に気づくためもあるのだ。セイの言う乱れた白砂のところに屈みこんだ総司はその跡から痕跡を思い描いた。

一人。誰かが、ここまで入って、思いのほか静かな中に、白砂の音が響いて足を止めた。

それからしばらくここに佇んだ。
離れを向いている足音がはっきりしている。そして、踵を返したためにその他の足跡は乱れた砂によってわからなくなっていた。離れの部屋には聞こえなくても、隠し部屋には外部の音がわかるようになっているはず。

――  だが、私は昨夜足音などは聞いていない

総司の額にも不快さを滲ませた皺が刻まれた。

 

– 続き –