霧に浮かぶ影 13

〜はじめのひとこと〜

BGM:帝国の逆襲のテーマ
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「ひっ!!」

セイの背後にいたしのぶが驚いて悲鳴を上げた。セイには呑み込めてもしのぶには仲間内のなのに、無造作にうるさいと言って、男の始末をつけた奴らの考え方などわからない。

「褒めてやる。お前、名前を聞いてやろう。新撰組の隊士なんだろう?」

嘲る笑いはそのままに、男がにぃっと口角を上げた。ぞくっと背筋に冷たいものが流れて、セイは両手で刀を握りしめた。

「神谷清三郎だ」
「ふん。いい名だな。その腕と度胸に免じて墓を建てるときには名前を書いてやろう。そこに転がってる名無しの権兵衛に比べればましだろう?」

くいっと脇に転がっている男の死体を刀の先で示すと、男達がどっと笑う。彼らにとって、ついさっきまで一緒にいたとしても足手まといになるとすれば一文の価値もない存在なのかもしれない。

セイは、肩に入る力を抜こうとして、息を吐いた。足元にできる影が顔を出した月によって色濃くなる。

「寝言はそれで終いか」

雲間から出たり入ったりしている月と、背後に庇うしのぶと、遥か向こうには西本願寺の塀があるはずで。
その場にあるものを戦いに必要な要素として、呼吸と共に吸い込んだセイに、男達の笑みが引いた。

「どこまでも強気な若造だな」
「生意気な若造には仕置きが必要だろう」

刀を抜いた男達が、じりと半歩分、片足を動かすと、まるでそこに見えない境界線があるかのように一気に緊張感が高まる。セイはその瞬間を待つよりも先に、自ら足を踏み出した。

「いやぁっ!」
「むんっ!」

打ち込まれる刀を交わして、セイも打ちこむが組み合うことが不利になるだけに、鍔近くで受けた刀を押し返してすぐに離れる。
相手はそれをみて増々、深く踏み込んできた。

「くっ」

何も考えずに身を交わしては、背後にいるしのぶが危ない。左手で引き抜いた鞘で相手の刀を真横に打ち叩いた。

 

藤堂と合流した斉藤が再び走り出した先で、駆けてくる足音を耳に入れた。反射的に立ち止まり、共に走っていた隊士二人の腕を掴んで止まらせた。口を開きかけた隊士を制して近づいてくる足音に耳を澄ませる。

間近に迫った足音に身構えた斉藤が刀に手をかけた。

「斉藤さん?」

呼びかけられたその声に、鯉口を斬りかけた手が止まる。同じく構えていた隊士二人が思い切り深いため息をついた。

「沖田さんか」
「今もどってきたんですけど、何事です?そこいらにも随分、隊士が動き回ってるみたいですけど」

遠出から戻った総司は、屯所に近づくにつれて普段とは違う、緊張感と人の動きを感じて、足を速めたのだ。近づけば近づくほど、何人かで固まって走り抜ける姿を視界に入れると、近くにいる気配めがけて走ってきたのだった。

「神谷を探してる。連れがいるはずだ」
「連れ?」
「探しながら手短に話そう」

顎を引いて先を示した斉藤に、総司は頷いて笠の紐を解いた。傍にいた隊士が笠を受け取り、総司は刀袋に入れていた刀を腰に差した。

「藤堂さんと外出していた先で、追われている陰間を一人拾ったらしい。破落戸の揉め事かと思ったそうだが、浪士らしき男達が出てきて面倒に巻き込まれた」
「なるほど」

少し前から駆けてきたとは思えないほど落ち着いている呼吸はさすが組長格二人である。斉藤も総司も離しながら小走りに駆けているが少しも息が上がらない。後ろについている隊士の方が息が上がり始めた。
月明りで明るくなっては陰る道を急ぎながら、周囲の気配へ耳を澄ませる。

「人数の多さに、藤堂さんが神谷と連れの陰間を逃がしたらしいが、未だに屯所に戻らん」
「つまり?」
「相手方に掴まったか、逃げて屯所を目指しているが、邪魔が入って近づけないでいるか」

途中で言葉を切った斉藤は視界の端で動いて影に、すぐ先の角を急に曲がった。暗がりに潜んでいた頬かむり姿の男に刀を構える。

「動くな。動けば斬るぞ」

びくっと暗闇へ逃げかけた黒い塊が足を止めて振り返った。遊び人風の男がゆっくりと斉藤の方へと向きを変えて立ち上がる。

「へ、へへ。何の御用でございましょう。お武家様」
「貴様、そこで何をしていた?」
「さて。何のことでございましょうね?」
「とぼけるか。では、このあたりで人を探していたのではあるまいな?」

敵味方の両方が、この闇の中で探し回るのに提灯を下げていないのは目印代わりになることを避けるためだ。再び顔を出した月の明かりで男の姿が浮かび上がる。
屯所の付近は夜歩きするような場所でもなく、暗くなってからこんな通りの暗がりに身を潜めているのはやましいことでもない限りあり得ない。

「何をしていたか教えてさえいただければいいんですが」

もろ手を挙げて腰を落としながら、じりじりと足を動かす男の背後にいつの間にか総司が回り込んでいた。

「……俺達は頼まれて、女と若い侍を探していただけだ」

ほかの誰でもなく、斉藤と総司に前後を挟まれれば、少し修羅場を踏んでいると諦めも早い。逃げるよりは、しゃべるだけしゃべって無罪放免を狙った方が確実だと踏んだのだ。
少しの間を置いて答えた男に、斉藤がゆっくりと近づく。

「なぜそいつらを探している?」
「知り合いの先生からの頼み事だ。先生方もどこかから金で頼まれたらしい」

藤堂達を狙ったという仲間達ではないらしいことがわかると、それはそれで事態がますます面倒になった気がする。
ちらりと視線を交わしながら斉藤は問いを重ねた。

「その先生方というのと一緒に探してるのか?」

まさか、と男は吐き捨てるような笑いを浮かべた。

「そいつらを見つけて始末するためさ。あんなおっかねぇ先生方にただの人探しなんか頼むわけがない」
「ほう」

それまで刀を抜いていなかった総司が男に歩み寄ると、その首筋に脇差を当てた。

「もっと詳しく話を聞く必要がありそうですね。目当ての二人はもう見つけたんですか?」

ひんやりと漂う殺気に男が震え上がる。
目当てを見つけていればこんなところに潜んではいないだろうが、どのあたりを探してどのあたりに追い込んだかくらいは情報を持っているはずだ。

「答えてください。どのあたりにいるんです?」

刃を寝かせたまま首筋に押し当てていた脇差をわずかに起こすと、皮膚一枚が斬れてうっすら血が滲む。
つい先ほど戻って、概略しか知らないとはいえ、セイの身が危ないということだけで総司を怒らせるには十分だった。

 

– 続く –