霧に浮かぶ影 14

〜はじめのひとこと〜
えと、まだつづきますので、袋叩きにしないでくださいまし。びくびく

BGM:帝国の逆襲のテーマ
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ひゅっという短いが鋭い口笛の音を耳にした藤堂は、ざざっと足元の埃を巻き上げて角を曲がりかけた足を止める。
真っ暗な空を仰ぐと、半眼を閉じて、たった今、音が聞こえた方向がどちらだったのか、耳の中で反芻させると、こだまする短い音に被さるような慌ただしい足音が聞こえた。

曲がりかけた先から身を翻して、反対側の先へと走り出す。近づくにつれて、慌ただしい人の気配を感じる。話し声らしきものに唇を噛み締めた藤堂は、路地を走り抜けた。
月の陰った暗い路地の先に多くの人がいるのを認めて、ようやく見つけたと思った瞬間、きらりとひらめくものと同時に甲高い剣を交える音が聞こえる。

「くっそ!!」

走りながら剣を抜くと、足音に気づいた影が振り返ったところに、抜き打ちで斬り付けた。

「ぎゃぁっ!!」

微塵の躊躇もなく斬り払ったために、血飛沫が藤堂の走り抜けた後へと飛んだ。
セイに向かって嬲るように襲いかかっていた男達が一斉に振り返った。

「誰だ!」
「何者?!」

男達が誰何する間に、もう一人の首筋を斬り割いた藤堂が男達へと顔を向けた。ずっと駆け回っていて汗と埃にまみれた不快さも相まって、その身から触れれば切れそうな気が立ち上っている。

「意味ないよね」

― 敵だってことくらいわかるだろ?

軽くあしらった藤堂に、まだ刀を抜いていなかった男達も一斉に刀を抜いた。最もセイに肉迫していた男が舌打ちと共に、再びセイの方へと刀を構える。

藤堂がその場に現れたことはセイにとって助け手としてだけでなく、立て直す時間を作り出してくれるありがたいものだった。無理な体勢で相手の刀を払っていたところから、何とか身を屈めた姿勢から持ち直す。

「このっ……っ!!」

セイとしのぶがいたのは、一応、十字路と言えなくはないが、背後は町屋の抜け道という状態の場所にいる。そのため、藤堂が現れたとしてもセイは三方からの相手を相手をしなければならないことに変わりはなかった。
とにかく、打ちこみを交わすのが精一杯でしのぶを庇いながらではなかなか自由に身動きさえできない。

「離れないで!動いて!」

正面の男の相手よりは、両脇からの攻撃を防ぎながら、場所を移した方が得策と考えて、自分の体を盾にしながら徐々に移動し始めた。
セイの意図をくみ取った藤堂が、セイの退路を確保するためにセイとは逆側へと斬り合いながら移動していく。

藤堂の腕は相当なものだが、初めの二人はさておき、残りは七人。セイのほうへ三人、藤堂が四人を相手にすることになる。

「ひゃぁぁ!」

しのぶが悲鳴を上げて、セイにしがみついたために、構えようとした刀が上がらずに危うく打ち込まれそうになった。

「っ!!」

鞘を手にしていた片腕をセイが咄嗟にあげて防ごうとした。

「神谷さん!!」

セイの腕の上を鋭い刃風が抜けて、相手の男が血飛沫をあげて仰け反るように倒れた。驚いて振り返ったセイは、しのぶをかばった両脇から黒い影が走り抜けていくのを見た。

「沖田先生!斉藤先生!」

二人の後について駆けつけてきた隊士が、しのぶの腕をとって立ち上がらせる。ほっと緊張から解放されたセイが地面に座り込んだ。

「神谷!こっち!」

すぐに刀を抜いた隊士が、セイをかばいながら後ろに下がらせた。
その向こうでは、藤堂に加えて総司と斉藤が奮戦し始めた。

 

次々と、斬り合いの様子を聞きつけて隊士たちが駆けつけてくる。

「くっそぅぅ!!」
「容赦はせんぞ!」

次々と打倒された男達が足元に倒れこむ中、斉藤が残った二人のうち、一人を袈裟懸けに斬り倒した。藤堂と総司が最後に残った男を前後から挟み込んだ。

「もう、後がありませんよ?」

男の背後から平晴眼に構えた総司の一言に、男がにやりと笑った。顔には、仲間たちのものなのか、血が飛んでいたのを、ぐいっと拭うと脇差をおもむろに引き抜いて、藤堂と総司に向けてそれぞれを構えた。

「つまらない言い方だな」
「あきらめが悪いのは命を縮めますよ」
「命が惜しけりゃこんな真似はしてないな」

いっそ、戦うことを面白がっているような姿の男に、藤堂はひゅん、と思い切り刀を振ってから足元に屈みこむ。倒れている男の羽織で刀を拭うと、あっさり刀を収めた。

戦いを楽しむという気持ちは今日の藤堂に限って、持ち合わせはない。目の前の男の向こう側に総司、そしてその向こうに隊士達に支えられたセイとしのぶがいる。

「あとは頼んでいいかな」
「構いませんよ」

総司に向けて話しかけるとすっと後ろに下がる。代わりに隊士達が気を配りながら離れたところに倒れている男たちを次々捕縛していく。本 当なら戦いが終わっていないところでそんな真似はあまりすべきではないのだが、藤堂や斉藤、総司が本気で容赦なく戦う相手となれば、倒れこんだ後も気が抜 けないのだ。

「サシで勝負か」
「私が相手では不満かもしれませんけど」

―― さっさと終わらせましょうか

総司にしては無造作なくらいあっさりと踏み出すと、わざと相手が交わすだろう場所に打ち込む。予想通りに相手が身をひねって交わしてくるところに得意の突きを繰り出した。

セイから見ると、月を向こうにして鮮やかな動きで敵を仕留めた総司の姿が浮かび上がる。

「かっこええなぁ……」

セイの傍にいたしのぶがその姿を見てぽつりと呟いた。しのぶの顔を見てからセイは総司の後姿をもう一度見る。

―― そうだよ。一番、恰好いいんだよ

その言葉を心の中で呟いたセイは、刀を収めてふう、とため息をついた。
そちらには見向きもせずにまっすぐセイに向かって歩いてきた藤堂が何も言わずにセイの目の前に来ると、ばふっと両腕にセイを抱きしめた。

「よかった!無事で」

皆の目の前で大胆にもセイを抱きしめて無事を喜んだ藤堂はすぐに両肩をつかんで離れた。

 

 

– 続く –