霧に浮かぶ影 15

〜はじめのひとこと〜
ざ!間男?!そんなわけはないですよ。

BGM:帝国の逆襲のテーマ
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皆が驚きとともに注目していることを全く構いもせずに、今度はしのぶの顔をみてほっとその頭を撫でた。

「よかった。心配したんだよ」
「うん……」

斉藤と総司の指示で、次々と浪人たちは縄をかけられたり、戸板で運ばれていった。報告に先に帰るという斉藤に屯所のほうは任せて、藤堂の傍へと総司が近づいてくる。

「藤堂さん」
「総司。ごめんね。外出だったのによくわかったね」
「帰りがけに斉藤さんに会ったんですよ。それで話を聞いたものですから。間に合ってよかった」

ちらりとセイの顔を見たものの、先ほど刀を拭いながら振り返った時、藤堂がセイを抱きしめていたのを見てしまったために、何と声をかけていいのかわからない。
とにかくここに立っていても仕方ないので、屯所へ戻ることを促した。

「そうだった!先生方、大変です!これ」

件の矢立を取り出そうとしたセイは、さぁっと頭の上から光が消えたために空を見上げた。雲行きが再び月を覆い隠してしまったのだ。

「とにかく一度屯所に戻りましょう。そのくらいは大丈夫でしょう?」

ん、と総司に言われると、一瞬慌てたのが嘘のようにセイは、大人しく頷いた。しのぶには隊士が一人手を貸して、総司と藤堂があたりへの警戒をしながら、屯所に向かって歩き出した。

 

 

屯所にたどり着いたところで、しのぶは隊士が付き添うことで小部屋に移された。
セイは藤堂と総司に伴われて土方のもとへと報告に向かった。先についていた斉藤の指示で捕らえた男たちの始末は手配されている。

「……ということで、この矢立の中の文に記されておりました」

セイが持ち帰った矢立と筆、そしてその中に隠されていた文を広げた土方は腕組みをして、半眼を閉じていた。すぐに明日、明後日の会津公の予定と、隊の警護でも決めるのかと思っていたセイは、なぜか土方がじっと考え込んで動かないのを見て、怪訝な顔を総司に向けた。

何か考えがあるらしい総司は、黙って土方が口を開くのを待っていた。

「どうなのさ?土方さん」

先に耐え切れずに口を開いたのは藤堂だった。自分のしくじりでこんな風に大事になってしまった後悔のほうが先に立っていて、いつも以上に深く考えていない。 もともと、考えるのが苦手だからこそ、土方に任せようとして屯所に向かったのだから当然と言えば当然だが、そこには自分のしくじりへの思いのほうが強いように見えた。

「平助。……ごほっ、お前、今夜……、げほん。その、陰間についてろ」
「あ、うん。そうだよね。こんな時間だし、今日一日怖い思いしたんだもんね」

すでに、しのぶには隊士の手配で風呂と、着替えを与えられているはずだ。

「ああ。……ごほっ、お前も、まだ何も食べてないんだろう?一緒に、げほげほっ、夕餉でも食べてやれ」
「わかった。総司や神谷は?」

どうせなら一緒にと言いそうだった藤堂に、総司がにっこりとほほ笑みかけた。

「ありがとうございます。私と神谷さんはこちらで土方さんの世話をしながらいただきますよ。この人、そうでもしないと休んでくれませんからね」
「そっか」

ほっとした顔で、じゃあと藤堂は副長室を出て行った。まだ戻って着替えさえしていないのにと、セイが総司と土方の顔を交互に見ると、土方が総司を手招きした。
肩にかけた綿入れを押さえながら土方が、何事かを小さく囁くと再び咳き込んだ。

枕元に置いてあった土瓶から薬湯を注いで土方に差し出すと、湯呑を受け取った手が熱い。セイは、すぐ土方の額に手を当てた。

「副長。冗談じゃないくらい熱いです」
「……誰も、冗談なんかっ……げほっ、言ってねぇ」
「そういう問題じゃないです」

立ち上がって、布団をめくると土方をそこに促した。セイが、外出する前に用意していった、湯たんぽは布団の中にあったがすっかり冷たくなっている。それを取り上げると、火鉢の上の鉄瓶を持ち上げたがそれももう、大分軽くなっていた。

「神谷さん。湯たんぽを新しくするなら賄に行って、鉄瓶にもお湯をもらってきたらどうです?」

総司に言われるまでもないと、頷いてすぐにセイは部屋を出ていく。その足音が聞こえなくなると、総司は土方を床に押し込んだ。

「……わかったか?」
「ええ。でも、神谷さんと藤堂さんがどう思うでしょうね」
「俺は可能性の……っふ、一つを言ってるまでだ」

どうしても話の途中で咳き込んでしまう土方の額に枕元の水桶で絞った手拭いを乗せる。あまり暖かくなりすぎなように、部屋の端に置かれた火鉢の具合を確かめると、わずかに局長室への襖をあけた。隣の部屋の住人は、土方の具合を気にしながらも、今は妾宅へと帰っている。

「とにかく、今夜は藤堂さんがそのしのぶとかいう人についてるでしょうから、神谷さんはこの後、着替えと夕餉を済ませて休むまで私が見ていましょう」
「ああ」
「土方さんはとにかく早く治してくださいね」

―― そんなことはわかってる

土方が目だけで訴えてくるのを、はいはい、と掛布団をかけながら受け流す。

「そんな顔をしたって駄目ですよ。局長だって心配して、このまま熱が下がらなかったらどうあっても松本法眼の診察をお願いするっておっしゃってましたからね」
「……っかやろう、御典医がそう簡単にっ……!」

勢いよく言い返そうとして、再び咳き込んでしまった土方に、呆れた顔を向けた総司はしばらく落ち着くのを待ってから先ほどセイが淹れていた薬湯を差し出した。ごくりと飲み干すのと同時に、障子が開いてセイが戻ってくる。

「あ!ちゃんと寝かせてくださいよ。沖田先生」

片手に湯たんぽ、片手に鉄瓶を持ったセイが部屋に入ってくると、総司が湯たんぽを受け取って土方の布団の中に押し込んだ。
鉄瓶一杯に沸かしたばかりの湯を満たしてきたセイは、火鉢の上にそれを乗せた。空になっている土瓶に湯を継ぎ足しておいて、土方が横にならないのをじろりと睨む。苦笑いを浮かべた総司が土方を促した。

「ほらほら、土方さんが横にならないと、神谷さんが着替えることも夕餉をとることもできませんよ」

―― うるせぇ。余計なお世話だ

口だけを動かした土方が、布団に横になると、深いため息をつきながら自分で濡れた手拭いを額に載せた。

「ほら。これでいいでしょう?神谷さん。貴女も今日は大変だったんですから着替えて、一緒に夕餉をいただきましょう」
「はい。賄に行ったら、先生の分と私の分も今、温めなおしてくれているそうです」

藤堂としのぶの分は先に、部屋へと運んだと聞いて、総司はセイを連れて副長室を出た。隊部屋に顔を出して、総司も外出で埃にまみれた着物を着換える。

「神谷さん、あとで一緒に風呂でも入りますか」

珍しくそんな冗談を言い出した総司に、セイがきっと睨みつけた。

「先生お一人でどうぞ!」
「……そんな怖い顔しなくても」
「しますよ!あれじゃあ、私は今夜、副長につききりです」
「なんだ。じゃあ、私も一緒に付き添いますよ。近藤局長の部屋を借りればいいですね」

散々心配して疲れ切った一番隊の隊士たちは、二人のいつも通りの会話をきいてようやくほっと安堵をした。

 

 

– 続く –