霧に浮かぶ影 16

〜はじめのひとこと〜
えと、まだつづきますので、袋叩きにしないでくださいまし。びくびく

BGM:帝国の逆襲のテーマ
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総司はどうしてもといってセイが聞かなかったので、夕餉の前に急いで風呂に入った。遠出のために汗と埃にまみれた姿から、さっぱりできるのはありがたいが、その間にセイがちょこまかとしては困る。

「どうしても私が風呂に行くのを言うなら、交代で神谷さんもですよ」
「わ、私は、裏の井戸で」
「この時期に井戸なんてあり得ません。そして、事情は皆さん知ってますから、いつものように夜中にこっそりじゃなくても私が見張りに立っていることに疑問はもたないでしょう」
「う……」

総司の着替えを用意したセイは、しぶしぶと自分の着替えを長着でくるんで、まるで罪人のように総司の後について風呂場に向かった。

夕方の騒動は屯所の中にもで知れ渡っていたので、その姿は皆の笑いを誘った。

「そこまで嫌そうにしなくてもいいじゃないですか」

傷つくなぁ、という総司にセイは内心ではだったらこんなこと言い出さないでほしい、と突っ込みたかった。しかし、それを言えるだけの度胸はさすがにセイにはない。

「嫌だなんて飛んでもありません。そう見えるならば申し訳ありません」
「どうせ私たちは衆道の仲だって思われてますしね。大丈夫ですよ。誰も邪魔しに来る人なんていませんて」

―― 唯一、邪魔しそうな人は今、布団の中ですし

にこにこと語りかける総司にセイは、急に総司が何を言い出すのかと目を白黒させ始めた。いつもはふざけたとしてもこんなことは言い出さないくせに何が起きたというのだろう。

そう思うと、総司がすることはいつも理由があって、そこには何かがなければならない。

風呂場の脱衣所に一緒に入ったセイは、床几を持ってきて総司のほうには背を向けたが、胸に着替えを抱えたまま小さな声で話しかけた。

「沖田先生。もしかして、今夜はまだ何かが起こると思われてますか?」

セイが後ろを向いてくれたので、総司も背を向けて手早く着物を脱ぐと、手拭いを手にして湯殿へと入る。

「何もありませんよ。どうして神谷さんはそう思うんです?」

脱衣所との仕切り越しに総司が答えて寄越す。湯をかぶる音は勘繰りだすと、ほかに聞かれないための策にも思えてくる。

「沖田先生がなんだかおかしいからです」

端的な答えに頭から湯をかぶった総司は、しまったなと苦笑いを浮かべた。
帰ってすぐに状況を聞いて心配したのと、その後の藤堂の態度を見たことと、いろんなことが重なって、ただセイを一人、野放しにしなければいいだけなのだが混ざり合った気持ちが総司の態度もおかしくしているらしい。

「おかしくなんかないですよ」
「絶対嘘です!」
「断言しますねぇ」
「そりゃ、しますよ」

背をむけたままで、セイは着替えを床几の上に置いて、ふん、と腕を組んだ。他の誰ならいざ知らず、総司の事なのにその異常に気付かないはずがない。

ざざっと手早く体を洗うと、湯船には浸からずに総司が風呂から出てきた。

「えっ!先生、早くないですか?ちゃんと湯に浸かられたほうがいいですよ」
「それはそっくりあなたにお返ししますよ。たまには暖かくて残り湯じゃない風呂にゆっくりお入りなさい」

素早く着替えを終えた総司が胸元を肌蹴た姿でセイの顔を覗き込んだ。
てっきり着替えくらいはまだだと思っていたセイは、びっくりして飛び上がった。

「うわっ!!」
「あはは、神谷さんの顔ったら。さ、早く入ってらっしゃい。その間に、私はのんびり頭を乾かしてますよ」

ごしごしと手拭いで髪を拭いながら総司が言うと、今度はセイと入れ替わりで総司が背を向けた。ちらりと後ろを振り返ったセイは、着替えの籐籠を持って静かに湯殿に入った。
夜中に入る時のように、湯殿の中で着物を脱ぐと、さらしも外して湯をかぶる。

「はぁ~」
「ほぉら、やっぱりお風呂に入ってよかったでしょう?」

半日以上、しのぶを連れてひたすら逃げ回っていたのなら、くたくたに疲れているはずだ。汗を流すだけでも大分、疲労が抜けるだろう。

「だって……」

確かに総司の言うように、残り湯でもなく冷めてもいない風呂など久しぶりだ。本当はゆっくり浸かりたいのはやまやまだが、総司を待たせているわけだし、だからと言って汗臭いままというわけにもいかず、焦りながらセイは湯をかぶった。

「そんなにざぶざぶお湯をかぶらなくてもいなくなったりしませんよ。ゆっくりお入りなさい」
「は、はい」

―― そんなこと言ったって、先生だって夕餉もまだ召し上がってないのに

大慌てで体と頭を洗ったセイは、きっちりと手拭いを絞って体を拭いた。急いでさらしを身に着けて、鎖帷子を着ると、長着を羽織る。

帯をきちんと締めてから脱いだ、さらしや鎖帷子を畳むと、何とも言えない汗臭さに恥ずかしくなる。こんな姿でさっきまで総司の傍にいたのだ。

「大変お待たせしました!」
「はいはい。じゃあ、夕餉をいただきに行きましょうか」

賄のものたちがせっかく温めなおしてくれている夕餉がまた冷めてしまう。風呂場を出た総司とセイは賄に向かった。

 

 

「気にしないでゆっくり食べられるだけ食べなよ」
「うん……」

藤堂はしのぶとともに夕餉をかき込んでいた。昼もそこそこにあれほど駆け回っていれば当然腹も空く。まして、いつもの夕餉よりも大分遅い。
ばくばくと箸を動かす藤堂の横で、少しずつしのぶが飯を口に運んでいた。

着替えも借りて、人心地ついたものの、日頃からこれだけ動くことのないしのぶにとって、もう足が痛くて、全身がだるくて食べようとしても食欲もわかない。せめてと、豆腐とねぎの味噌汁だけをなんとか食べきると、ぱちんと箸をおいた。

「ごちそう様」
「もういいの?俺まだなんだけど」
「いいよ。藤堂さんにあげる。食べて」

膳ごと藤堂のほうへと押しやると、しのぶは茶に手を伸ばした。小鉢や、焼き物など丸々と残ったものをやった、と嬉しそうに藤堂は自分の膳の上に載せた。

「ごめんね。藤堂さん」
「ん?気にすることないよ。疲れたんだろ?俺は気にしないから横になっていいよ」

部屋の隅には休むための布団も運ばれてきていて、食べることに夢中になった藤堂は、にこにことしのぶに頷いた。

「ありがと。ごめん……」
「謝ることなんかないよ。俺も食べたら今日はここで一緒に休むからさ。怖いことないよ」

童顔で、優しくて、額の傷さえ刀傷ではないような気がしてくる。しょんぼりと肩を落としたしのぶはもう一度繰り返した。

「うん……。ありがとう」

 

– 続く –