霧に浮かぶ影 3

〜はじめのひとこと〜
沖田先生の不在って意外とありそうですね。

BGM:POP MASTER 水樹奈々
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「神谷だったら何が好き?」
「私ですか?」

うーん、と軽く空を見上げながら考え始めるセイを見ていて、藤堂の表情がひどく優しいものになる。悠の時は、初めの出会いから、どこかで彼女を同情する気持ちがあったかもしれない。だが、セイに関して言えば、その頑張る姿も総司を慕う姿も、見ているだけで元気になれる。

嬉しくて、楽しくて、ぎゅっと抱きしめて一緒に笑いたいと思う。

―― だから、いっつも思うんだよね。笑ってほしいって

好きになってほしいとかそんなことではなく、ただ、そんな想いが繋いだ手から伝わればいいのにと思う。

「うん。今なら、やっぱり酒饅頭ですね。蒸したてのしっとりしたのがいいですね」

当の本人は、藤堂のそんな想いなど露知らず、散々悩んだ挙句に食べたい菓子を上げた。その顔が、まさに今、目の前に酒饅頭が蒸かしたてで置かれているみたいで、思わず吹き出しそうになる。

「そっか。じゃあ、俺もそれがいいな」
「もう!それじゃ藤堂先生のお好きなのじゃないじゃないですか」

ぱっとつないでいた手を離してセイが藤堂に拳を振り上げる真似をすると、それさえも大きな声で笑い出した。

「あはは。ごめんごめん。でもいいじゃん。ほら、もうすぐ澤屋だけどさ。先にお参りしてこようよ」
「あ。そうですね。お参りしないで帰るわけにいきませんよね」

弾けるように笑い出した藤堂と一緒にセイは北野天満宮の境内へと進んだ。

それも、特に何かを警戒していたわけではない。だが、日頃の賜物としか言いようがなかった。
とん、とセイの肩に軽くぶつかったと思ったら、女子にしては背の高い、細身の女が慌てた風で頭を下げた。

「申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですよ」

セイよりもわずかに背が高いくらいだろうか。まだ顔立ちは幼さがどこかに残る姿で、セイを追い抜きざま詫びを口にして急ぎ足で前を歩いていく。
寒いとはいえ、それだけに賑わいを見せる境内だけに、あっという間に人ごみに紛れてしまった女をその時はセイも藤堂も気に留めはしなかったが、記憶には確かに残った。

本殿の前で参拝を済ませると、揃って人の間を抜けていき、両脇に並んだ店を眺めながら歩いていく。ふと、藤堂が繋いでいた手を引いてセイの顔を見た。

「ねぇ、神谷。もうすぐ昼だしさ。なんか食べない?」
「そういえばそんな時間ですねぇ」
「ね。たまには一緒においしいもの食べようよ」
「そんなこと言って、藤堂先生、奢ってくれます?」
「いいよ。大歓迎」

あっさりと答える藤堂にわーいと、喜んだセイは何にしよう、と次から次へと考え始めた。

 

結局、天ぷらにすることにして、天喜まで足を伸ばすか祇園にするかで迷いが出た。結局、祗園まで行くには遠いとなって、先に澤屋で粟餅を手に入れるとそれから天喜に向かった。

澤屋に立ち寄っていたので、昼を少しばかりすぎてしまっていた。おかげで、混み具合もひと段落ついたところだったようで小さいながら座敷に通された。
てっきり、店の小上がりのつもりだったセイはすっかり恐縮してしまった。

「すみません。小上がりでも十分でしたのに」
「なんでさ?空いてきたんだからいいじゃん。ゆっくり食べようよ」

近藤や土方なら間違いなく離れの座敷になるだろうし、総司や斉藤なら二階の部屋に上がるところだろう。一階の中庭に面した小座敷という のが藤堂らしくてほんわかとした気持ちになる。ひらひらと手を振ってセイを呼ぶと、部屋の中を見渡したり、小さな中庭を眺めている藤堂にセイは、ふと肩の 力を抜いた。

こういう場合は素直に喜んでいただく、というのは総司を筆頭に皆に連れて歩かれて学んだひとつである。

小部屋ということで掛け軸などはないが、小さな飾り棚に花が活けられており、中庭は水琴窟が近くにあるのか、澄んだ水音が響いていた。
その音を聞いて、セイは食事が来る前にと立ち上がった。

藤堂に断りを入れて、厠に立ったセイは、部屋のすぐ近くで再び背の高い女子とすれ違った。

「……あれ?」

顔色が悪く、あたりを憚るように廊下を歩いてきた女にセイは立ち止まった。どこかで会ったような気がして壁に避けながら女の顔を見ていると、低い声ですれ違いざまに詫びて行った。

「申し訳ありません」

それほど狭い廊下でもないのに、セイにかなり近づいてからすれ違っていった女にあっとセイは思い出した。つい先刻、天満宮の境内で後ろからセイを追い抜いて行きざまに、肩にぶつかった女だ。

そそくさと奥の部屋の方へと去って行った女を見て、単純にすごい偶然だと思った。手水を済ませて部屋に戻ると、セイはいましがたの女の話を藤堂に話してきかせた。

「藤堂先生、すごい偶然なんですよ。さっき天満宮の境内で、私を追い抜きざまに、軽く肩にぶつかった女子がいたんです。もちろん、大したことじゃなかったんですけど、その女子がこの店にいたんですよ。厠に行こうとしたら廊下でまたすれ違ったんです」

いくら京の町とはいえ、すぐ近くの店ではなく、これだけ離れた店で同じ日に同じ女子とすれ違うなど珍しい。単純にすごい偶然だと驚いているセイに、話を聞いていた藤堂は、真面目な顔になって問いかけた。

「神谷、ちょっと懐の中確かめてみて。何かなくなってたり増えてたりしない?」
「は?」

言われるままに懐に手を入れたセイは、懐紙に手拭、財布にと懐から取り出していくと出がけに自分が入れた物ばかりでなんということもなかった。

「ほら、大丈夫ですよ。掏りだったらわかりますもん」
「そっか。そうだよね。いくらなんでもね」
「そぉですよぉ」

もし掏られても気づかないと思われているなら心外だと、少しだけ膨れたセイが再び懐から出したものを懐へ戻すと、ちょうど女中が料理を運んで現れた。揚げたての天ぷらに小鉢や酢の物が運ばれてきて、セイはどの皿にも目を輝かせた。

「これは、ほんのすこおし早いんですけど、蕗の薹なんです」
「わ、もうですか?」
「ええ。雪の下をずっと掘って行って、枯葉の下の地面を少し持ち上げてきたところを探すんですわ」

小さいながら緑色のころりとしたものを嬉しそうに眺めたセイに藤堂が笑った。

「眺めてたって口には入らないよ。神谷」
「ほんに。そうどすなぁ。お熱いうちにどうぞ」

女中にまで笑われて、薄ら赤くなったセイはそれでも嬉しそうに箸を手にするといただきます、と言って早速、料理に箸を伸ばした。

手酌で構わないとセイの酌を断った藤堂は、少しだけ酒を口にしながら、嬉しそうに箸を動かしているセイを眺めていた。

「あっ、これほんの少し菊かな?花びらが入ってますよ。おいしーい」
「神谷って、本当においしそうに食べるよねぇ」
「えぇ?だってすごいおいしいですもん」

そういいながらも、無邪気な笑顔はまるで総司の様だと思う。

―― まいっちゃうなぁ。総司もこういう顔でご飯食べるんだよねぇ

本当に幸せそうで、嬉しそうで、見ているこちらも嬉しくなってくる。それがセイの兄分譲りなのか、それほどに好きな人譲りなのかと、苦笑いを浮かべて藤堂も箸を手にした。

– 続く –