道長華文 前編

〜はじめの一言〜
京言葉適当です。イロイロ適当です。ホンッとスミマセン。これといったオチもないんです。単に、きれいな着物着せてあげたかっただけなんです。

BGM:Metis 梅は咲いたか 桜はまだかいな
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休暇の三日目、月のもので里のところに来ていたセイはお里から綺麗な振袖を見せられた。

「わ……あ。お里さんこれどうしたの?」

正坊は八木家に預けられており、二人きりの家の中では安心して女言葉を使う。
お里の広げた振袖は、桜色のサヤ型の地紋の上に鮮やかに描かれた和花が見事なもので、 おそらく、良家の子女のための高価な品と一目でわかるものだ。

「ふふ、ええどすやろ。うちが三味線をお教えさせてもろてる穀物問屋はんのお嬢さんのためのものだったんよ。 そやけど、この桜色があわへんいうことになって、処分しはるていうんえ。処分しはる前に少しお借りさせてもろたんよ」

このところ、セイの月手当てになるべく頼らなくてもいいように、お里は少しずつ三味線を教えるようになっていた。
そのお弟子の一人に穀物問屋の娘がいる。 金看板を掲げる大店の娘で、仕立ててみたものの自分にはこの色は合わないとなって、着ず仕舞いだったというのだ。

その話をお里が聞き、処分するのならば、 しばらくの間借り受ける話になったというのだ。

「ね、おセイちゃん、これ着てみぃひん?」
「えぇ~!!何で~!?」

嬉しそうにみていたセイに、お里が言いだした。たまには、女子の自分も思い出してやり、と。

「うちんとこに来るんは、お馬のときしかこられへんのはわかってるんやけど、なぁ、おセイちゃん。たまには女子の自分も思い出してやらなあかんのとちゃう?」
「えぇ!?そんなことないってば!もうお馬だけでも鬱陶しいのに、そんなの思い出しちゃったら隊に戻るときに大変だよ!」

セイは慌てて、断るべく手を振った。
お里の心遣いはありがたい。だが、休暇明け直前でそんなことをして、“神谷清三郎”に気持ちが戻りきらなかったら大変なことになる。
頑なに断るセイに、お里も珍しく引き下がらなかった。

「たまにはええやないの。女子の姿でちょこっと出て歩くくらいで神谷はんにもどられへんことないんやないの?」

―― うぐ

確かに、こんな見事な振袖はそう着られるものではない。断るべきだとわかっていても、その誘惑は女子としてのセイには、捨てがたいものだった。

「で、でもお馬も抜け切ってないし、万一粗相しちゃったら……」
「そないになんぼもかかるもんじゃなし、大丈夫」
「じゃ、じゃあ……ちょっとだけ……」

思わず、というほかない。その綺麗な着物の誘惑に負けたセイはとりあえず、袖を通してみることにした。
セイが乗り気になったことで、お里は、嬉しそうに小物や帯を広げだした。

「この色やったらこれが似合うと思うんよ」

女物の着物が着られないわけではないのだが、普段は男の姿をしているセイだ。
着慣れているわけではないので、こういうときはお里にまかせるほうがいい。髪も髢を足して、綺麗に結い上げると、いそいそと着付けにかかった。

「最近、おセイちゃん、毎月来る度、えらいしんどそうやな~と思ってたんよ。確かに、お馬のときは仕方ないにしても特にしんどそうやったから、なんでやろと思てたんよ」

セイの着付けをしながら、お里が優しく話し始める。 確かに、このところ、お馬の前後はひどく気持ちの浮き沈みが激しかった。自覚があるから、それを押さえこめば押さえ込むほど、ひどい痛みが出ることが多くなるのは女子の不思議というべきか。

「屯所におるときはしゃあないと思うんよ。でも、うちんとこ来てるときくらいは、女子のおセイちゃんも大事にしてあげなあかんのとちゃう?我慢しすぎたら、かえっていかんのやないやろか」

確かに、一理あるのかもしれない。
一番隊をはずされて、三番隊に異動になってから、今まで以上に神経をつかっていた。大好きな兄上の隊とはいえ、慣れない三番隊の中で皆の足手まといにならないよう、 普段はバレないよう、より一層の働きが出来るように気を張っていたのだ。

その様子は、どんなに平静に見せていても、皆の注目を集めやすいセイだけに傍目にも明らかで。
心配をかけているという自覚はセイにもあるだけに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「うん。なんか、ね。兄上の組下になって、ご迷惑をかけちゃいけないと思って、がんばっちゃった。へへ……」

ぺろりと舌をだして軽く笑う。久しぶりに着られる女物が少しだけ嬉しくて、普段の緊張が緩む。

―― だから、お里さん、たまにはって用意してくれたのかぁ

嬉しそうなセイの姿に、お里も嬉しそうに笑った。

「ね、このままお菓子でもこうてきたらどう?お土産になるやろし」
「え~、さすがにそれはマズイよ~。誰かに見られたら困るし……」
「だーいじょうぶ!今のおセイちゃんだったら、神谷はんと同じ人だなんてまずわからしまへんえ」
「……ほんとに?」

明るく太鼓判を押されると、確かにこんな振袖を着て、少しくらい外を歩いて見たいと思っていただけに、自分でも少しならいいかな、と思ってしまう。

―― ほんの少しだけ、もしこんな姿見られてもわからないなら……

お里にいわれるまでもなく、外を歩きたかったセイは、普段は立ち寄らない菓子舗に足を向けた。そう遠くはないものの、近すぎもせず、巡察の順路からも外れたこじんまりした店。

大通りではないものの、見事な桜色の振袖を身に着けたセイの歩く姿に、すれ違う人々が思わず目を向ける。すれ違う人々の視線に、着慣れない着物がおかしいのだろうかと思いながらも、あまり気にならなかったのは少しだけ浮かれていたからだろう。

本人の自覚があるかないかはさておき、もともと色白で可愛らしい顔立ちのセイである。お里が飾り立てたせいもあるにしても、人を惹きつけてやまない何かがあるのだろう。
その姿をこの後、目撃されることになるとは思わずに。

―― か、神谷?!

はじめに、セイの姿を見ることになった男は、三番隊組長の斉藤だった。

過日も、セイに振り回されっぱなしの斉藤は、深夜の廊下で思わずセイを抱きしめてしまった。
本人にはまったくその意識はなく、具合でも悪いのですか?!と言い出し、さらに一番隊の隊士達が現れる始末で、散々な目にあった。
それ以来、悶々としていた斉藤はたまらず、非番を利用して島原へ向うところだった。

さすがに、巡察の順路は避けて歩きたい。 そうして歩いていた先に、思いもかけない姿を見かけてしまったのだ。

―― ま、まさか!?神谷?!そんな馬鹿な!!

あっさりと煩悩に支配された斉藤は思わず見かけた姿を追ってしまう。

神谷に瓜二つ、いやそれ以上に美しい娘の姿に惑わされぬわけがない。 まさに、日頃振り回されている小柄な姿が理想の女子姿になってそこにいる。 先日の特命での愛らしい女子姿に惑わされたばかりなのだ。
ばくばくする心臓を押さえて、後姿を追って歩みを進めたその時、少し離れた場所から呼子が聞こえた。

はっと顔を上げると、徐々に近づいてくる。

近づいてくる呼子に気がついたのはセイも同じだった。
反射的に体が動きそうになるが、町の人々同様に不安げな様子を装う。ここで下手に動くわけには行かない。 誰に見咎められるかもしれないのだ。 目的の店のすぐ目の前に来ていたセイは心配そうに振り返った。

―― げ!!あ、兄上?!

セイの後ろから来ていた斉藤の姿を見つけると全身から冷や汗が出てきた。呼子の鳴る方に体を向けた斉藤は、セイが振り返ったことにまだ気づいていない。

―― い、今のうちに店に入らないと!

と思った瞬間。

近づいてきた呼子とともに、浪士とそれを追った一番隊の面々が走りこんできた。 すでに何人かは捕縛されているのだろう。二人ほど一番隊を相手にして、セイのいる小路へ逃げ込んで来た。 足早に繰り広げられる捕り物はあっという間で、こちらに向ってくる気配に、斉藤も鯉口を切った。

「うぉぉぉぉぉ、どけぇぇぇぇぇ」

まさに今、店に入ろうとしていたセイの姿に、そのうちの一人が人質にしようと手をのばす。

―― やばっ

今の姿では身をすくめるしかない。
セイが伸びてきた手から逃げようとしたその時、ふわりと現れた人影が伸ばされた手を斬り飛ばした。

– 続く –