道長華文 後編
〜はじめの一言〜
前後編に分割しました。
BGM:Metis 梅は咲いたか 桜はまだかいな
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セイを助けた影は総司である。それとほぼ同時に、もう一人の浪士の片足の腱を鮮やかな一閃で斉藤が斬り払った。腕を斬り飛ばされた男が絶叫を上げながら膝をつき、追いついた隊士たちに捕縛される。
斉藤が斬った男も、抜いていた刀に寄りかかって膝を付いたところに縄をかけられた。自分が斬り飛ばした手を拾い上げながら、総司はセイのほうを向いて、声をかけた。
「大丈夫ですか?娘さん」
―― 気づいてない!!
セイは、心臓が飛び出るくらいだったが、声を出さずにこくりとうなずいた。その姿に、総司はこの上ない笑みを投げかけて、刀を納めながら斉藤のほうへ向った。
「ありがとうございます。斉藤さん」
「いや、たまたまだ。沖田さん。邪魔をしたようだったらすまん」
懐紙で刀をぬぐった斉藤が、刀を納めながらセイのほうに目をやるが、総司に隠れて菓子舗の入り口が見えない。
「斉藤さんは非番ですよね。お出かけだったんですか?」
にこにこと総司に話しかけられれば、応えないわけにはいかない。
とはいえ、昼見世がようやく始まろうという時間に島原に向うところとは、この恋敵には言いにくいことこの上ないもので。
「……酒を、な」
総司の後姿をちらりと見ながら、急いでセイは菓子舗に入った。
―― 危なかった~!!兄上だけじゃなく、沖田先生にも見つかるところだったけど、気づかれなくてよかった!!
冷や汗が流れそうだが、菓子舗の主人に捕り物のあった表口は恐ろしいからと頼み、裏口から表に出してもらい、逃げるように店を後にした。
捕り物の終わった一番隊は順路に戻り、残された斉藤もすでに菓子舗の前には先ほどのセイの姿もなく、釈然としないまま、諦めて屯所に戻ることにした。
なんとか、お里の家にたどり着いたセイは、思わず家に着くなり叫んだ。
「……危なかった~っ!!」
「どないしたん?」
玄関先の声に慌てて、お里が奥から現れた。手に何も持たずに慌てふためいて帰ってきたセイに驚きながら、部屋に上げる。
「もぉぉぉぉ、せっかくだったけど、こんな格好するんじゃなかった!」
綺麗に飾り立ててもらったことは嬉しかったものの、そろそろ屯所に戻る時間でもあり、急いで着替え始めた。
着替えながら、事の顛末を話すと、お里がくすくす笑い出した。
「ほぉら、うちがいうたとおりやろ?おセイちゃんだってわからへんて。」
「そりゃ、お二人に気づかれなかったのはよかったけど~……はぁ~。寿命が縮まるってば」
屯所に戻ったセイを総司が待ち構えていた。
「神谷さん、おかえりなさ~い」
「ただいま戻りました」
「ちょっとかわいいお菓子があるんですよ。三番隊も今は余暇でしょう?一緒に食べませんか?」
目の前に小箱を差し出されて、セイは素直に頷いた。
「ありがとうございます。じゃあ、お茶入れてきますね」
いつもと変わらない総司の様子にセイは、ほっと胸をなでおろしてお茶を入れて戻った。一番隊と三番隊の隊部屋は隣り合わせている。隊部屋の前の廊下に陣取った二人は、きれいな菓子の箱を開けた。
「ほらっ、かわいいでしょう」
小さな紙箱の中に一つ一つ丁寧にくるまれた和三盆の干菓子が入っている。それは、今日セイが買いに行ったものの買わずに逃げ帰ったあの菓子舗のものではないか。
―― ぐわ……
手のひらに乗せられた包みを見ながらそっと隣を伺うと、にこにこと干菓子を口にした総司が顔を寄せて囁いた。
「そういえば、私は今の神谷さんにはもっと濃い色のほうが似合うと思いますよ」
―― !! やっぱり気づかれてた~!!
そういえば、かつて総司のお見合いのときにも女子姿のセイを一発で見破って追いかけてきたことをすっかり頭から忘れていた。
ピキ、と固まってしまったセイと、何事もなかったように離れた総司の後ろから、斉藤がやってきた。
セイの姿をみて、昼間のそっくりだと思った娘の姿が重なって、鼻血が流れ出す。
「あれ?斉藤さん、どうしたんです?大丈夫ですか?」
斉藤が近づいてきたことも、おそらくは鼻血の原因にも気がついているであろう声の主は、まったくお構い無しに声をかける。
「斉藤さん、こっちにきて一緒に食べませんか~」
「……いや。遠慮しておこう」
朱に染まった懐紙を手に立ち去る斉藤と、引きつったセイを見比べながら、にこにこ満足げな男が一人。
「いやー、これはなかなか品があっておいしいですね。また食べたいなぁ」
―― こ、これは当然、買って来いということなんだろうか
引きつった笑顔のままセイは小さく呟く。これで聞かないふりをしていたらまた何を言われるのかわからない。
「……善処します」
その返事が聞こえたのか、聞こえないのか、 再び、今度は真顔になった総司が畳みかけるように囁いた。
「もし、次にああいう姿のときは私がいるときだけにしてくださいね」
―― ぞわっ……。お、怒ってる……?
声に潜んだ、真剣な響きにびくっとしながらセイはこくこくと頷いた。声に出して返事をするのも恐ろしい。
そんな姿を見ながら、こちらも内心穏やかではないのが総司である。
―― この人はもう、自覚がないのは今更ですけどね!!
一目見て、気がつかないわけがない。
これだけ毎日傍にいるわけだし、巡察に出ていても想ってやまない人がいるはずの家が近いことも当然頭にはあった。
まさか、家に篭っているはずの人が、あんな姿でいるとは思っていなかったのだ。小路に走りこんだ瞬間に、この目に飛び込んできたのは、美しい、本当の姿に戻ったその人で。
その場で、自分が気がついていることを表に出すことは当然出来ない。
せめて、他の隊士や偶然居合わせた斉藤の目から逸らすことくらいしか出来なかった。 動揺を隠して、斉藤に話かける間にその人は目の前の店に入っていった。
菓子舗なのはすぐわかったが、その人がそのまま菓子を買い求めるとも思えない。
捕まえた浪士達を連行する者と、巡察に戻る者とを分けた後、総司は一人その店に戻った。 店主に、先ほどの店先での捕り物を詫び、傍にいたはずの娘のことを尋ねると、怯えて店の裏から出て行ったという。
おそらく、お里の家に慌てて戻ったのだろう。
とりあえずほっと胸をなでおろして、店の人気だという干菓子を買い求めてから、隊に合流して屯所に戻ったのだった。
―― 斉藤さんも気がついてましたからねぇ
以前、総司の見合いのときに武家の子女姿のセイを見ている。
あの様子なら……。
赤い顔で、隊士部屋に去った斉藤の後姿を遠くに見ながら、そう思う。
決して、自分があの姿をさせてやることも、そしてそれを独り占めできるわけもないことも十分にわかっていながら、今だけは、自分のものにしておきたい。叶うことなら、いつかもっとあの人に似合うものを着せてあげたい。
今は武士の姿で隣にいる、その人の美しい姿を想いながら。
– 終 –
るーさん こちらこそ、年単位のお願いをかなえてくださってありがとうございます。 …
わーい!喜んで頂いてめちゃくちゃ嬉しいです!いつもありがとうございます! 褒めら…
おはようございます。 コメントありがとうございます。こちらこそ、今、風にはまって…
風の新作うれしかったので、こちらにもお邪魔します^^ 風光るにハマってしまって1…
そりゃーお返事しますよ!もちろんじゃないですか。 そんなこんなで久々にちょいちょ…