組太刀

〜はじめの一言〜
なんか、シリアスなのばっかり書いてる気がするのです。
コメディ路線はあんまり……がばればれですね。史実バレあります。

BGM:平原綾香 威風堂々
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屯所内が、ざわついていた。
だが、セイはそのざわめきの方には行かずに、外出許可を得て、一人、誰に見咎められることなく外に出た。

泣き虫の木の少し奥、木立の間に立つと、周りに誰もいないことを確認して、静かに刀を抜く。

次々と、型を使う。

はっ、はっ、と息を吐く音だけが続く。

 

いつの間にか、日が傾き、空が赤く染ままり始めた。

それでもセイは飽くことなく、型をとる。
はっ、と研ぎ澄まされた感覚に何かが触れた。型を受けるのは同じく真剣。触れるか触れないかのところで止まる。

組太刀を受けたのは総司だった。

「お、沖田先生?」

驚いて刀を引き、額に流れる汗を片手で拭った。総司はいつもの優しい笑みではなく、剣鬼の顔でそのまま刀を構えた。

「続けて」

短く告げられた言葉に、もう一度汗を拭うと、セイも刀を構えた。

何も言わなくてもよかった。セイが北辰一刀流の型を遣っていたのは、総司にはすぐわかる。
本来は刃引きしたものをつかうべきところなので、実際には組太刀にはなっていない。寸前で止め、次々と型を繰りだす。

とっくに日は傾き、夕焼けに染まっていた空は夕闇に包まれ始めていた。
空が、濃紺から朱色への色を変える時間。

さすがにセイの方が先に体力の限界がきた。
寸前で止めるはずが、止めきれずに組み合ってしまう。慌てて刀をひいて、セイは詫びた。

「す、すみません」
「いえ、そろそろお終いにしましょうか。こんな時間になっちゃいましたね」

刀を鞘に納めると、どちらからともなく、近くの木に寄りかかって座った。
久しぶりに半日近く、刀を振っていたセイは、気がつけば掌がひどく痛んだ。ずっと握りしめていた指先がしびれるようで、震える指をゆっくりと握っては開き、握っては開きを繰り返す。

隣に座っていた総司は、なにも言わずその手を見ていた。しばらくして、トン、とセイの肩に少しだけ重みがかかる。セイがわずかに頭を動かすと、総司が、セイの肩に少しだけ寄りかかっていた。

「先生?」
「……どうして」
「はい?」
「どうして、型を?」

ああ、と小さく呟いたセイが答える。

「以前、藤堂先生に教えていただいたんです。すべてではないですし、私は未熟なのでどこまできちんとできているかわかりませんけど……」

その型をセイに教えるならば藤堂しかいないことはわかっている。
けれど、総司が 聞きたかったのはそこではなかった。

「……」
「先生はきっとお見送りされると思ってました」

続きを聞かなくてもセイには伝わったらしく、全て分かっていると言わんばかりの答えに総司は何も答えなかった。少しだけ肩にかかる重さが増す。

「未熟なんてとんでもない。きれいな型でしたよ。迷いがなくて、澄んでいる……きれいな太刀筋でした」

小さく、ありがとうございます、という声が総司の耳を掠める。いつものセイならば、木の上で泣いているところだろうに。

「今日は、泣かないんですね」
「泣きましたよ」

え、と少しだけ頭を振って、隣を見る。そこには、微かに笑みを浮かべた綺麗な横顔があった。

「誠の武士の泣き方を以前、ある方に教わりましたから」

随分前に、近藤について行くことを許されなくて、総司は夜通し木の葉を相手に型を遣っていたことがある。
それを言っているのだろう。あの時、セイにそう言われたことを思い出す。

ふ、と総司が笑った。

「私は泣きませんよ。武士ですから」

以前と同じ言葉を繰り返す。セイは、重さのかかった肩にそっと、重さをかけないように頭を寄せた。

藤堂は、総司と同い年で試衛館時代からの仲間だった。山南の時と同じくらい、辛いに違いない。今度は、いつ刃を交えることになるかもわからない。それが余計に辛い。
そんな日が来なければいいと、思うけれど、おそらくそれが避けられないことも充分にわかっている。

ずっと、一緒だと思っていた仲間をいつか斬る日が来ること。

それでも信じるもののために、歩み続けるのが武士というのなら、せめてその悲しみを代わることはできない代わりに、流す涙で少しでも痛みが和らぐならと思う。

以前は、本当の涙を流して、その涙を拭いてもらったけれど、もう今はそんなことはしない。
ずっと、ずっと傍にいるために、武士として涙を流そうと思ったのだ。

「神谷さん」
「はい?」

小さく震えるような声が呟いた。

―― 神谷さんはずっと、一緒にいてくれますか?

「先生が、離れろと言っても離れません。ずっと、お傍にいます」

―― いさせてくださいますよね?

ごつ、とセイがもたれた頭に、総司が自分の頭を寄せた。

いてくれるかと聞きながらも、いさせてやれるかもわからないのに。

答えられずに総司は頭を寄せた。セイの肩を抱き寄せるように回した手が、痛いくらいに強く引き寄せる。

―― あと、もう少しだけ。こうしていさせてください

セイは、こつんと自分の頭を総司のそれにあてることで、応えを返した。

 

– 終 –