鬼の日 2

〜はじめの一言〜
隊士のみなさんたちは、きっとお掃除大変っていうけど荷物は今よりすくなかったよねぇ

BGM:
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隊士棟への渡り廊下には、結果を待っていた隊士達がうろうろとたむろしていた。

「どうだった?!」
「土方さんの許可はでたか!」

総司の姿を見かけると皆が一斉に駆け寄ってくる。頷いた総司に皆がばっと腕を上げた。

「やっ……たぁ~!!」

途中から声を落として、互いにしー、しー、と言い合ってからもう一度、小さな声でばんざーい、皆が声をそろえた。苦笑いを浮かべた総司は、まあまあ、と皆を宥める。

「じゃあ、これから支度をして神谷さんを連れ出しますから」
「総司!頼んだぞ!」
「沖田先生!よろしくお願いします!!」

皆の小声の声援を受けて隊士棟へ向かった総司はセイを探してうろうろとあちこちを歩いた。行く先々でセイの入念な指摘が入っており、後を追いかけるのはすぐにできる。
納戸の片隅で腕まくりをしている姿を見つけて総司は声をかけた。

「神谷さん」
「はい、沖田先生」

額を拭いながらセイが顔を上げた。この寒い中、額に汗を浮かべて埃にまみれていた。

「あのですね。これからちょっと一緒に外出してほしいんですけど」
「これから……ですか?」

今は掃除の真っ最中なのに、と一瞬困った顔を見せたセイに、笑いをかみ殺してまじめな顔を見せた。

「土方副長からも指示が出ています。後のことはほかの皆さんにお任せしてすぐに出られるように支度をしてください」
「承知いたしました!」

ぴしりと言われて、あわててセイは頭を突っ込んでいた納戸を閉めると、急いで隊部屋へと着替えに向かった。手を洗って埃まみれの着物を着換えると、刀を手に大階段のところで待っている総司の元へと急いだ。

「すみません!お待たせいたしました」

慌てたせいで息が上がったセイが総司の目の前に立つと、総司がひょいっと手を伸ばした。自分の袖口でセイの右頬に付いた汚れをくいっと拭ってやる。

「あっ!す、すみません!」

はっと、自分の顔や頭に手をやってセイがぱたぱたと埃を払う。焦ったために今度はぼさぼさになったセイの髪を総司が直してやると、ふむ、と手を差し出した。

「じゃ、行きましょうか」
「はいっ!」

待たせてしまったせいで慌てたものの、優しく構ってもらった状況にセイは嬉しそうに総司と共に歩き出した。

ちらっ、ちらっとあちこちから二人の様子を窺っていた隊士達は二人の姿が門をくぐって出ていくと一斉にため息をついて手にしていた物を放り出した。 その様子に、二人の姿が見えていなかった者や、このことを知らなかった者たちが何事、と顔を出して話を耳にすると同じようにぐったりと座り込んでいく。

「はぁ~。これでゆっくりできる……」
「神谷が頑張ってるのはわかるけど、きついんだよなぁ」
「まったくなぁ」

ともすれば、これで大掃除は終了という雰囲気が漂い始め、皆が手にしていた掃除道具を片付けようとのろのろと動き始めた。
しかし、この後、彼らはまだセイの方がよかったと思うことになる。

セイがいなくなれば当然、皆の掃除も手抜きになることはわかりきっていた。きりのいいところで文机の前から立ち上がった土方がゆっくりと隊士棟へと歩き出した。

「やー、もうなんか解放された感じがするよな!」
「……ほう。何から解放されたんだ?」

雑巾を振り回していた隊士の背後に立った土方がじろりと睨んでいた。いるはずがないと思っていた人物の登場に声をかけられた隊士もほかの者たちも飛び上がった。

「ひっ!土方副長っ!!」
「お前ら、神谷を追い出してこれで掃除は終わりとか思ってるんじゃねぇだろうな?」
「めめ、滅相も……」

にやりと腕を組んだ土方の登場に、さらに状況が悪化したことを彼らは身を以て知るのだった。
一方、屯所を出て歩き出したセイはそういえば、行く先も内容も聞いていなかったことを思い出した。

「あの、沖田先生。どちらにいかれるんですか?」
「まあ、いいから貴女は黙ってついていらっしゃい」
「はあ……」

そういえば、皆はそれぞれ昼を取っていたが、セイは早く終わらせようとひたすら片付けに走り回っていたために今頃になって腹が空いてくる。
夕餉の時間までには屯所に帰るものと思い込んだセイの心は、もうすでに夕餉へと向かっていた。

そうはいっても、もう半時ほどでおやつの時間といえる時刻だけに、まだまだ先は長い。歩いていると、通りすがりの茶店や菓子舗にばかり視線が行って しまう。セイの様子に気づいた総司は、通りすがりの饅頭がうまい店に立ち寄った。店先の床几に腰を下ろした総司の隣にセイも並んで座る。

「お仕事の最中によろしいんですか?」
「ええ、構いませんよ。これも仕事みたいなものですからね。神谷さん、お昼を食べていなかったからお腹が空いたんじゃないですか?」
「そんなことは……」

仕事の最中だけに大丈夫です、と言いかけて盛大にセイの腹が鳴った。きゅるるる、という口よりも正直な返事に総司が吹き出す。

「はいはい。でもあんまり食べ過ぎたら夕餉が入らないですから、ほどほどにしてくださいね」

真っ赤になって俯いたセイに笑いながら総司は二人分のお茶と、饅頭をそれぞれ五つ頼んだ。総司が食べるにしては少ないが、どこか機嫌のよさそうな総司にセイはちらりと視線を向けた。

すぐに運ばれてきた饅頭に手を伸ばすと、あっという間に二人の腹の中に消え去った。最後にいくらかぬるくなった茶を流し込むと、セイが大きなため息をついた。

「どうしました?」
「いえ、すみません。朝からばたばたしていたものですから」
「そうでしたね。まるで遣り手婆みたいだって皆さん、恐れをなしてましたよ」
「そんな!それは皆が暮れも迫ってきてるのにだらしがないから」

ぷぅっと頬を膨らませて反論するセイに、よしよし、と総司が頭を撫でた。

「はいはい。わかってますよ。皆、神谷さんのおかげです」

子供をあしらうような総司の物言いにむくれたままセイは立ち上がった。茶代を払うと総司と共に再び歩き出す。
だが、その行先が花街の方に向かっているのでセイははて、と首を傾げた。総司が自発的に花街に足を向けるというのは、まず滅多にない。仕事だからこそ、とは思ったのだが、この暮れにどんな用があってと思っていた。

いつもの離れのある揚屋に向かうと、女将に向かって総司は部屋を頼んだ。

部屋に案内されてから、少し待っていてくださいね、と言って総司はしばらく席を外した。離れの部屋に残されたセイは、客が待っているわけでもなく、ただ一人ぽつんと座の脇に控えたままで待った。

しばらくして戻ってきた総司があれっと声を上げた。

「なんだ。そんなところに座ってなくてもいいんですよ。誰が来るわけでもありませんから」
「は?」

そういうと、怪訝な顔をしたセイを追い立てて上座に座らせる。ほかに客がいなかったとしても、それならば上座には総司が座るべきところを上座に座らされたセイが、わけがわからなくて困惑していると女中がきて、部屋の中を整え始めた。

– 続く –