誇りの色 12

〜はじめの一言〜
寒い時期は蕪の方が好きだけど、兄上は口が肥えてるんじゃないかなぁ

BGM:
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「もうしわ」
「余計なことを口にするな。馬鹿者」
「す、すみ……」

詫びかけたセイの額をぱちん、と素早く何かが弾いた。

「さっさと食べろ」

すみませんと言いかけたセイを黙らせた斉藤は、ふ、と肩から力を抜くと気配を弱める。斉藤ほどの使い手だからこそ、ではあるが、一瞬でセイは目の前にいるはずの斉藤がなんとなく薄くなったような気がした。

「あのう」
「お前には関係ない」

ぴしゃりと言い切られてしゅん、としたセイが目の前の鯵に箸を伸ばす。今すぐ席を立つわけでもないところを見ると、様子をみろと言われているのだろう。口にすれば美味いものは美味い。
まだそのくらいの余裕はある。

斉藤に取り上げられたぐい飲みを取り返すと、セイは自分の分の銚子から斉藤のぐい飲みに酒を注いだ。

「美味しいお酒と肴には罪はありませんから」

生意気な口を叩く様になったものだ、と思いながら斉藤は酒を口にした。
又四郎のところにも同じ酒と肴が運ばれたらしい。箸を動かしては酒を煽っている。

―― まるで背中にも目が点いているようだな

さして広くもない店の中はそこそこ賑わっており、小上がりには他にも二つほど客が入っている。小さな衝立を背に座っている客がおり、又四郎が座っている長机にもほかに客が座っているが、店の中にいる者すべてに気を配っているようだった。

「兄上はこのお酒、ご存知でしたか?」
「?……いや」

唐突に話しかけてきたセイに、斉藤の意識がパチッと切り替わる。先程とは打って変ったように顔を上げたセイがまっすぐに斉藤を見つめていた。

「誇色一閃というのだそうです。誇りの色を酒の揺らめく輝きに見立てているそうですよ」
「それにしてはいささか柔らかいと言うか、飲みやすくはあるまいか」
「それも飲む者の好みというものではないでしょうか。柔らかいとみるか、それも硬軟取り合わせて飲み下す、ともうしましょうか」

珍しく酒について物語るセイに、斉藤は一拍おいてからこくりと酒を口にする。

「まさか、お前に酒の講釈をされる日が来るとは思わなかったな」
「講釈っていうほどのものでは……。ご主人の受け売りなんですよ」
「そうか」

冷えてはまずくなると、さっさと平らげた田楽の皿がもう一串、と思わなくもなかったが、斉藤にとって、銚子の一本などあっという間になくなってしまう。セイの分もほとんど取り上げたとはいえ、持ち上げた銚子は中身が入っていないことを知らせていた。

「行くか」
「はい」

机の上に代金を置くと、斉藤とセイは小上がりから立ち上がった。

「ありがとうございます」
「お代置きましたから」
「はぁい。またおいでやす」

立ち働いていた女は主人の女房だろうか。明るい声に送り出されて斉藤とセイは店を後にする。
どこか物足りなさを抱えたまま屯所に向かって歩き出す。

「美味い店だった」
「はい。お気に召していただけてよかったです」

次はもっとゆっくり、とはどちらからも言い出さずに、言葉少なに歩みを進めていたが、屯所が近づいたところで斉藤がぴたりと立ち止まった。

「神谷。今一度言っておくぞ。あの者らに関わるな。しかるべき報告は監察にも通してある。お前は目先のものに気をとられて周りが見えなる。だからこそ言っておくぞ。勝手な振る舞いはするな」
「承知!」

頷いたセイの顔には、不満げな様子もなかったが、斉藤にはそれがまた不安をあおるものになる。好まずともセイは、巻き込まれやすいのだ。

眉を顰めた斉藤は、それ以上はくどくどしくは言わなかったが、ぽん、とセイの肩に手を置くと屯所の門をくぐった。一足先に行くと声をかけると、幹部棟へ向かって足早に歩いて行った。

―― まさか、この前花街までつけました、なんてますます言えなくなっちゃったなぁ

なんとか斉藤の目の前では平然としてやり過ごしたが、実は内心、どきどきものだった。あの時点で懲りていないと叱られるということは、セイは彼らの名前も知らないが、又四郎と春蔵のことを隊がどう見ているのかがわかった。

本当に不逞浪士で、しかも、何かその周囲に見え隠れするのか、またはよほどに腕が立つのか。

そうでなければ斉藤があんな風に叱ったりはしないだろう。

あそこに出入りしていることなど、おそらく監察方はとうに掴んでいるに違いない。
そう思って、セイは無理矢理自分の頭から彼らの事も、彼らをつけたことも追いやろうとした。いずれにしても、捕り物になって、出動がかかればセイ達は、彼らが何者で、どうであろうが駆けつけて、捕らえるだけなのだ。

「余計なことをして、兄上や沖田先生に心配をかけることもないしね」

一人ぶつぶつと納得すると、隊部屋へと戻っていった。出かけるときには姿がなかった総司が部屋の中で原田や藤堂たちと将棋盤を囲んでいるところだった。

「おかえりなさい。神谷さん」
「ただ今戻りました。お珍しいですね。沖田先生が、将棋なんて」
「さっきまでは原田さんと藤堂さんの対決だったんですよ。私は苦手だからって言ったんですけどね」

斉藤と指していた時も先の先の先を読む斉藤にまっすぐな総司はよく負けていた。意外なことに原田はこの顔ぶれの中で、なかなか強い差し手である。永倉と藤堂がどっこいどっこいで、総司はその二人とは三度戦えば一度勝つくらいの腕前だった。

「神谷。お前わかってないねぇ」

にやにやと将棋の駒を口に咥えた原田が後ろに手を着くと、首をふってセイを見上げた。

「あのなぁ。試衛館にいた時は、こいつが一番強かったんだぞ?」
「え?沖田先生がですか?」

驚いたセイは、表から帰ってきて、羽織も脱いでいないと言うのに、とりあえず腰から刀だけを外すと原田の隣に腰を下ろした。
苦笑いを浮かべた総司が、将棋盤の上を眺めながら駒を手に取る。

「そんな昔の話じゃないですか」
「いいか。こいつはなぁ。誰よりも負けず嫌いなんだよ。だから、勝つまで延々やめねぇんだ」
「そうそう!!絶対、帰るって言ってももう一回だけって言って結局そのままずるずる泊まっちゃったりしてさぁ」

傍にいた藤堂がげらげらと総司を指さして笑い出した。顎髭を撫でている永倉も深くうなずいているところを見ると、あながち原田の作り話というわけでもないのだろう。
ぱちん、と一手進めた総司がのんびりした声を上げる。

「その辺にしといてくださいよ」
「あっ!!てめっ!」

どうやら情勢が逆転されたらしく、原田がぐむむ、と唸っている間に総司が澄ました顔をしているのをみてぷっとセイも笑い出した。

 

– 続く –