誇りの色 26

~はじめの一言~
先生は、素直が一番だと思うのですよ。本誌もこんだけ素直ならねー

BGM:
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顔色の変わった総司に向かって、セイは二人の後をつけて行き、上がった店から出てくるのを待ったことまで話した。厳しい顔で話を聞き終えた総司は、じっとセイの顔を見ていたが、しばらくして深いため息をついて腕を組んだ。

じいっとセイの顔を見つめたままの総司に、いたたまれなくなって、徐々にセイは視線を彷徨わせた。俯いても状況は変わらないことは重々わかっていても、ついつい顔が下を向いてしまう。

それでもじっと動かない総司に、ちらりと顔を上げた。

―― あ……

話をしている間は眉間に皺を寄せて厳しい顔をしていたのに、今はひどく淋しそうな顔でセイを見つめていた。

「……沖田先生?」
「まったく……」

セイに向かって、というよりはほとんど口の中で掻き消えてしまった何かを言いかけた総司は、ゆっくりと口を開いた。

「あなたがしたことは、隊士としてはどちらも判断に迷うところでしょうし、どちらの選択肢もあったと思います。でも、あなたはそういう場面にでくわすと、必ずと言っていい。危険な方を選ぶ」

それにはセイも反論の余地がなかった。今回、後をつけた時も、総司の傍を離れて追いかけた時も、その瞬間は反射的に体が動くが、すぐに後悔もするのだから。
だからといって、引き返さないところがセイらしいともいえる。

「ただでさえ、あなたには危険を引き付ける要素がたくさんあるはずです。なのに、どうして自分から危険の中に飛び込んでいくのか」
「……申し訳ありません」
「それがただの功名心であれば、私もいっそ楽なんです。一も二もなくあなたを処分して、隊から出してしまえばいい」
「そんな!!沖田先生!!」

セイの行動なら把握している。本当に隊から追い出す気になれば、セイをハメるような仕事をさせて、処分にかこつけて隊から出してしまうことも、総司には簡単にできる話ではある。もちろん、その時には土方や近藤に疑われず円満に除隊できるように下準備は必要にはなるが。

青くなって、縋るような目を向けてくるセイを脅すわけでもなく、淡々と話を続ける。

「でもあなたは、そんなつもりなど少しもないんですよねぇ」
「……はぁ、それはもちろん、ですけど……」

段々、総司が何を言おうとしているのかわからなくなってきたセイが、怪訝そうな顔になっていくのも気にせずに、一人何かを納得した総司は、わかりました、と静かに言った。

「すぐに、斉藤さんや監察方と話をして、その店の様子を探ることにします。あなたの謹慎はまだ残っていますからこの後の手筈が決まるまではこのままここにいていただきます」

それはもちろんとばかりにセイが頷くと、斉藤と同じように、すぐ総司も立ち上がった。つられて立ち上がろうと床に手を付いたセイを止める様に総司が片手を開いた。

「無用です。あなたは今のうちに休んでおいてください。それよりも……、神谷さん」
「はい」
「この件が終わったら、一つ、私の頼みを聞いてくれますか?」
「?……はい」

きょとん、とした顔でそれでも頷いたセイの返事を聞くと、とん、とセイの頭に手を置いた後、来た時とはうって変ったように総司は落ち着いた様子で蔵から出て行った。

 

 

妙に清々しい顔で蔵から戻った総司は、三番隊の隊部屋の前にいた斉藤の元へと近づいた。廊下の大きな柱に寄りかかって、腕を組んだ斉藤は、珍しくも足を投げ出した姿で座り込んでいる。

「斉藤さん」
「うるさい」
「ええ~。お願いですから話を聞いていただけませんか?」

目を閉じたまま、ぴしゃりと言い切った斉藤に、総司は思わず苦笑いを浮かべた。セイと何を話したのかはわからないが、自分は斉藤の機嫌を損ねたに違いないことはわかる。それなのに、総司を蔵に向かう様に仕向ける斉藤がらしいというべきなのか、だから大好きなのだ。

斉藤の隣にぺたりと膝をついて座ると、じいっと斉藤の顔を覗き込む。

「……」
「さ・い・と・う・さ・ん」

甘えた物言いにくわっと目を見開いた斉藤が何かを怒鳴りつけようとしたのか、大きく口を開いた。

「あは。やっと聞いてくれる気になりました?」

あ、の形に開いた口がぴたりと止まって、むぅ、と口を閉じた斉藤が憮然として総司を睨みつけた。目の前でにこにこと笑っている男の顔を見ていると、腹を立てている方が馬鹿みたいに思えてくる。

「斉藤さんてば、やっぱり優しいですね。神谷さんから聞いたんでしょう?」
「……何も俺は聞いていない。お前がどうしているとか、あれがうるさかったから馬鹿馬鹿しくなっただけだ」
「ふうん?まあ、それでもいいですけどね。じゃあ、改めて。神谷さんが彼らのいそうな店を教えてくれたんです。すぐ監察方にあたらせてみましょう」

じろっと睨みつけた斉藤は、腹を立ててはいたが、それで仕事に影響を出すほど愚かではない。

―― この憂さは必ず後で返してやる

仕返しを心に固く誓った斉藤は、奥歯を強く噛み締めると、意識を切り替えた。

「いいだろう。すぐに監察方にあたらせる。もし、店に居たらどうする」

この件の仕切りは斉藤がすることになってはいたが、斉藤はあえて総司に話を振った。
セイを連れていくことになっている総司の意見を聞いておこうと思ったのだ。

「すぐにその場でどうこうできる相手じゃないでしょう。店の様子をうかがって、居場所を掴んでおけばひとまずはいいんじゃないですか?」
「ふむ。いずれは店をでるということか」
「ええ。いくらなんでも一月も二月も居続けできるわけじゃないでしょう?だったら、放っておいても出てきますよ」

あっさりと応えた総司に視線を動かさずに、考えをめぐらせた斉藤は、総司に向かって軽く頭を振った。

「いいだろう。とにかく監察方へ話をつけるのは任せる。俺は……」
「俺は?」
「……寝る。余計なことで疲れたからな」

むっつりとその場で目を閉じた斉藤にぷっと吹き出した総司は、はいはい、と呟いて立ち上がる。監察方は交代で昨晩見張りに立っていた者達は、眠っているだろうが、代わりにほかの者達が起きているはずだ。

ようやっと、総司の顔にも普段通りの色が浮かんでいる。
穏やかな笑顔の下に、鋭く研いだ意思を隠して、総司は監察方の部屋へと向かった。

 

– 続く –