誇りの色 4

〜はじめの一言〜
やっぱりこうですよね

BGM:
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「まあ、そんなに恥ずかしがるな。お前は素直なのが一番だからな」

いつもと全く口調は変わらずに淡々とした斉藤に、反論しかけたセイは斉藤の顔を見上げてはっとした。

―― 斉藤先生!

誤魔化せという意図をようやく察したセイは、あ、と言いかけた言葉を飲み込んだ。
今度は斉藤の回した片手に自分の手を重ねる。

「もうそんな情のないことを言わないでください!」

するっと手を撫ぜたあと、ぱしっとその手を振りほどいた。拗ねた風を装って、少し先を歩きながら自然に斉藤を振り返る。セイの視界にようやく背後を歩いていた男達の姿が入った。

後ろを歩いていたのは目つきの鋭い男二人。あまり大きく口を開かずに、話をしている。
斉藤の顔を見ているようでいてその向こうにいる男達の顔を見ていた。

すいっとセイは腰のものを軽く手で叩いた。

「先生!今度また、これ、ご指南お願いしますね!」
「うむ。また今度な」

機嫌を直した風を装って、セイが斉藤に笑いかける。まさに衆道の痴話喧嘩のような有様で、セイは変わらず斉藤の前を歩き続けた。

しばらくして、セイと斉藤の様子をちらちらと見ていた男達は、二人から少し離れたところで横道に逸れて行った。二人が角を曲がったのを見届けた後すぐにセイは斉藤に駆け寄った。

「斉藤先生」
「落ち着け。神谷」
「ですが」

怪しい二人だと思ったセイは、今にも追いかけていきそうだったが、それをおしとどめた斉藤は懐から小さな帳面を出して同じく懐から出した矢立を握ると、さらさら筆を走らせた。
じりじりとそれを待っていたセイは、斉藤が矢立と帳面を懐に戻したのをみて、焦りと、ようやく追いかけられるという思いで今にも走り出しそうだった。

「よし。いくか」
「はい!……ってどこいくんですか!斉藤先生!」

てっきり男達の後をつけるものだと思っていたセイは、再びまっすぐに歩き出した斉藤に苛立って袖を掴んだ。その手を今度は斉藤がぴしゃりと叩き落す。

「アンタ、この仕事をする時の心得を聞いていなかったのか?」
「えっ……」

ふう、と眉間に皺を寄せた斉藤がじろりとセイを見る。確かに、土方は極力後をつけることはしない様に、と言っていた。それをセイは、怪しい二人組にあったことですっかり頭から飛んでいるようだった。

「このところ、あんたの働きぶりは見直していたんだが、俺の勘違いだったようだな」

そういうと、斉藤はそのまますたすたと歩きだしてしまう。二人一組、特に組長と同行の者は当然、組長の指示に従わなければならない。もう一度、男達の去ったほうへと行きかけたが、渋々と斉藤の後を追いかけて歩き出した。

それからいくらもたたないうちに屯所へと戻った斉藤は、セイには一瞥もくれずに副長室へと報告に向い、取り残されたセイは、むぅとしたままとぼとぼと隊部屋へ戻った。

「おう、おかえり。神谷」
「……ただいま帰りました」

隊部屋にいた隊士に声をかけられて、むすっと応じたセイは、羽織も大刀もまだ手にしたままで部屋の入口近くに座り込んだ。ふて腐れながら部屋の中に姿のない総司を待ったセイは、いくらもしないうちに隊部屋に戻ってきた総司に向かって立ち上がる。

「沖田先生!」
「おや。神谷さん。おかえりなさい。ご苦労様でした」
「あの!」

眉間に皺を刻んだセイは、いつもの顔でセイを見た総司に対して、今ここで斉藤の行動について不平ともとれる発言をしていいものか、ぎりぎりで踏みとどまった。

「いえ……。何でもありません」
「なんですよぅ。おかしな人ですねぇ」

にこっと笑った総司はセイの前髪をくしゃっと掻き回すと、セイから離れてふいと自分の行李の方へと向かってしまった。

残されたセイは、お腹の中にもやもやと消化できないものを抱えてふう、とため息をつく。今更ながらにまだ握っていた大刀と一緒に羽織を脱ぐとそれを片付けることにした。

 

 

 

翌日、新しい体制での巡察をしばらく休止するというふれが出された。それを見たセイは、隊部屋にいて休止する話を知っていたらしい総司に詰め寄った。

「沖田先生!あれ、どういうコトですか?!」
「あれ?ああ。どういうことといっても副長が決めたことですからねぇ」
「そんな、せっかく始まったばかりなのに!」
「せっかくだろうが、なんだろうがしばらくはお休みなんですからいいじゃないですか」

仕方ないと、あっさり言ってのけた総司が隊部屋を出て歩いていこうとするところに追いすがったセイは、不満げに叫んだ。昨日、追いかけられなかった男達を次の機会こそ、必ず後をつけて正体を見極めようと思っていたところだったのだ。

「ちっともよくありません!」
「神谷さん?」

駄々っ子のようなセイに、すっと笑みをひっこめた総司が腕を組んでセイと向かい合った。不満顔のセイは、どこまで総司に話したものかと思っていたが、目線を足元に落とすと不承不承、口を開く。

「……実は」

昨日の様子を総司に言いたてたセイは、口を尖らせて不満をぶつけた。さすがに総司の顔を見ながら文句を言う勇気はなくて、総司の羽織の紐の先に視線を彷徨わせる。

「私は!あの時は、後を追ったほうがいいと思ったんです!なのに、斉藤先生は……」
「ふうん」

返された相槌がてっきり総司の同意だと思ったセイはぱっと顔を上げた。だが、目の前いにいた総司が背を向けようとしているところだった。自分は間違っていないと思い込んでいるセイは離れていく総司に向かって叫んだ。

「沖田先生?!」

何も言わず、歩いていく総司の後をセイが慌てて追いかける。その間が後、二、三歩ということころで、一瞬、足を止めた総司が振り返った。

「残念ですよ。神谷さん。やはり貴女にはこの仕事は無理だったようです」
「え?沖田先生?!どういうことですか?!先生!」

斉藤のように冷えた目でセイを見た総司は、くるりと背を向けて歩いて行ってしまった。セイは、斉藤といい、総司といい、どうして自分が責められているのか納得ができなかった。

―― そんな……どうして?不逞浪士を捕まえるためなんだから後をつけることも当たり前なはずなのに

もやもやとした気持ちで、途方に暮れたセイは廊下に立ち尽くしていた。

– 続く –