静寂の庵 11

~はじめの一言~
こんなに難産になるとは思いませんでした~
BGM:倖田來未 好きで好きで好きで
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ほとんど食べられずに箸を置いたセイにちらりと総司は目を向けた。バツが悪そうな顔でセイは顔を伏せる。

「すみません」
「私に謝っても仕方がないでしょう?食べられないものは仕方がありませんよ」

責めるでもなく淡々と総司は言った。それもセイにとっては驚きだ。いつもだったら厳しく叱られているところだろうに、怒られない。

「怒らない、んですか?」

セイが心配そうに肩にかけた羽織の端をぎゅっと掴んだ。

「そんなに、私はいつも貴女を叱ってました?」
「あ、いえ…そんなことはないんですけど……」

笑いながら問い返した総司に、セイは恥ずかしくなってますます顔を伏せた。これも日頃の行いかと総司は苦笑いを浮かべながら続きを促す。

「けど?なんです?」
「いつもだったら、ちゃんと食べなさいと叱られるところだと思ったので……」
「私だって、無茶なことは言いませんよ。痛いんでしょう?」
「ええ……」

自分の膳を平らげると、にこっと総司は顔を向けた。

「神谷さんの分も食べてあげましょうか」
「あ。はい、南部医師に申し訳ないので……」
「ですよね。頂いちゃいますよ」

にこにことセイが残した分まで平らげて行く姿を見ていると、ぷっとセイは吹き出した。

「なんです?」
「あは、やっといつもの先生になりましたね」
「そうですかねぇ?」

―― それはきっと貴女の笑顔を見たからですよ

そんな風に思いながら、総司は箸を動かした。次々と自分の中で様々な感情が跳ねまわる。それでも今はセイの笑顔を見ているのが一番、自分は嬉しいらしい。

総司が夕餉を食べ終えるのを待って、セイが茶を入れようとすると、それを制して総司が代わりに茶を入れた。それだけは、病人のくせにと目線で叱られる。

「もうしばらくしたら門限もありますから帰りますね。また明日きます」

ふう、と熱い湯のみを手にしながら総司が言った。
いくら南部が構わなくても、土方は認めないだろうし、何より仕事がある。それでも、時間を作ってくるつもりではあった。

「ちゃんと養生するんですよ?」
「はい。先生もお気をつけてお戻りください」

ふわ、とセイの頭に手を乗せて総司はセイの顔をまじまじと眺めた。

「沖田先生?」
「……じゃあ、また明日」

セイが怪訝そうな声を上げると、総司はセイから手を離して立ち上がった。

 

 

 

 

「なんだ。戻ってたのか」
「……月を見てたんですよ」

副長室と局長室の前の廊下で、ぼんやりと座り込んでいる姿に気配を感じて部屋を出てきた土方が声をかけた。 吐く息がうっすらと白くなりかけるくらい寒くなってきたというのに、総司は夜着のままで月を見上げている。

「ねえ、土方さん」
「なんだ」
「私たちは、何で剣を持つんでしょうね」

腕を組んだ土方は総司の真後ろに立った。その答えが、武士であることや刀がその魂であるということなどではないはずだ。もっと、根幹を揺さぶるもの。

「闘うことは本能だろ。男の」
「じゃあ……」
「じゃあ、なんだ」

黙り込んだ総司の言葉を待つ。
いつまでもその先が返っては来ないことで土方が、総司が見上げたままの月を見据えた。

「闘うことが本能なら、忠義も失えないものを守る事もそのために闘うことは必然だ」

生まれる前から、魂に刻まれた旋律のように。

 

足元からふっと笑った気配がして、総司が土方を見上げていた。

「さすがに言うことが違いますね。豊玉宗匠」
「てめぇ……。人が真面目に答えてやれば……」

がつん、と拳が振り下ろされて総司が頭を抱えると、土方はその襟首を掴んで副長室に引っ張り込んだ。その冷え切った体を火鉢の傍に転がすと、ばさっと頭から綿入れをかぶせる。

「温まったら自分の布団に帰れよ」

そういうと土方は火鉢の上の鉄壜から熱い湯を注いで茶を入れた。たん、と総司の目の前に湯のみを置くと、自分は再び文机に向かう。

 

―― 温かい

もう目を逸らすだけの間はない。本能だと言われれば、納得できた。
自分が剣を握ることは強く闘えるように。
大義のため、忠義のために、そして。

譲れないものを守るために。

 

ようやく、自分の自覚した本当の想いと、心の在り様と総司は向き合っていた。認めてしまえば至極、簡単なことのように思える。

考えるだけ考え疲れた総司は、うつらうつらと舟を漕ぎ始めた。まだその先までは思いが至らぬ今は、ただ夢の中に笑う姿を求めた。

「だから、いったいお前はいくつだってんだ……」

やれやれと呆れながら土方は掛け布団を引っ張ってきて、眠ってしまった総司の上に掛けた。火鉢の傍に置いた湯のみをどけると、そっと灯りをその周りから離した。

 

 

– 続く –