静寂の庵 6

~はじめの一言~
まだゴール揺れてます。
BGM:Madonna Like a Prayer
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「とにかく、今日は屯所に戻ります」

目が覚めて様子を見に現れた南部にセイが言った。頭痛と吐き気さえ収まっていれば、多少聞こえないことなど、なんとかしてきたし、なんとかなるつもりでいる。しかし、南部からすれば何を言うと呆れてしまう。

「そうおっしゃいますけど、耳に障りがあるということは他にもどう出るかわからないんですよ?例えば、急に目眩を起こしたり、まっすぐに歩けなくてもおかしくはないんです」
「でも、今まで大丈夫でしたから、お薬を出していただいて、時々診ていただいて治るんじゃないんでしょうか?」

セイがどこか、自分が今まで隠し通せてきたことに自信を持っているらしいこともわかるが、今まで隠せた方がおかしいことにセイは気づいていない。も し、斬り合いになったらこんな状態で無事に済むわけがないとおもうのだが、これまでの出動を凌いできてしまっているだけに始末が悪い。

南部は、一度隊に戻ることは仕方がないが、すぐに治療にかかるために休暇を取るように言った。

「昨日、藤堂先生に頼んで神谷さんのことは近藤局長にお願いしています。必ず治りますからちゃんとお休みをいただいてきてください」

しゅん、としたセイは仕方なく頷いた。確かに、近藤であれば休暇もすぐに許可されるだろう。

「じゃあ、お休みをいただいて支度をしたらまた戻ります」
「……そんな顔をしなくても。今は治すことが先決でしょう?」

顔いっぱいに不承不承と書かれたセイの顔に、南部が呆れを通り越してきつめに叱った。これで松本がいたらどうなっているだろう。
朝餉を、と勧めた南部に、少しでも早く屯所に戻りたかったセイは首を振った。

「大丈夫です。ありがとうございます」

それでは後ほど、と言って身支度を済ませるとセイは南部の家から出た。

「あ」
「えぇっ?!」

玄関を出てきたセイに気づいた総司が呟いた一言に、セイが驚いた。いるはずのない人がこんなところに立っていることに、びっくりして顔が赤くなった。
会いたいと思っていたその本人にこんなところで会うとは思ってもいなかった。

「ど、ど、どうし、どうしたんですかっ、こんなところで」
「あの、昨日はすみません。心配で気がついたら神谷さん、屯所からいなくなってるし、一晩、南部医師の所に泊まるって聞いて、心配で、なんだか眠れなくて、ものすごく早く目が覚めて、ぼーっと心配してるより少しでも早く顔が見たくなって……」

―― 心配でって何回も言ってくれた

ひどく言い訳くさい言いまわしで、何度も心配だったという総司に、セイはほんの少しだけ目に涙が滲みそうになる。えへへ、と笑って見せて、セイは礼を言った。

「ありがとうございます。迎えに来て下さって」
「そんな……、昨日は本当に、きつく当たってしまって……すみませんでした」

総司は先ほどまで自分の未熟さと自覚のない悋気に悶々としていたくせに、セイの顔を見るなりそんな色々が消し飛んでしまい、昨日の自分の行動が思い出されて、しゅんとうなだれてしまった。
隠し事をしているセイにとっては自分の方が、至らないせいで総司を苛立たせてしまったと慌ててしまう。

「ちょ、そんな、先生にそんなことを言われたら私こそ身の置き所がありませんよ」
「そんなことないです。私なんてまだまだ未熟者で……」
「わ、わ、本当に、先生が落ち込むなんてやめてください。私が悪いんですからっ」

慌てたセイがぱっと総司の腕を掴んで見上げた顔に、どきっとして総司は慌てて顔を逸らした。セイを促してゆっくりと、屯所に向かって歩きだしながら総司はセイの様子を窺った。

「あ、それで、その具合はどうなんですか?」
「あ、ええ。すみません。ご心配をおかけして……。その、ぶつけた所が悪かったみたいで、ちゃんと治すのに長引きそうなので……。休暇をいただいて来るように南部医師が……あの、でも本当に大丈夫なんです!!」

セイの方へ顔をむけた総司は、そんなにひどい怪我をさせるほどだったろうかと思い返した。確かに、まともにあたってしまったが、そんなことはよくあることだ。

「そんなひどい怪我に……?!」
「ああっ、いや、全然違うんです。ただ、念のためにってことで、藤堂先生が心配して下さってっ」

藤堂の名前が出て、総司は一瞬忘れていた不愉快さを思い出した。思い出した不愉快さを表に出さないように堪える。

「そう言えば、最近、藤堂さんと一緒にいることが多いですよね」

何を思われたのかと、セイはびくっとしたがそこはなんとか平静を装うことに成功した。

「あ、なんか、この前買い物のお供をさせていただいて、話をしたからでしょうか。たまたまですよ、たまたま」
「ふうん……」
「……沖田先生」

ああ、まただ、とセイは思った。セイも総司が時折苛立っていることくらいわかっていた。
しかし、その原因がまさか自分と藤堂がよく連れ立っているためだとはまったく思いもかけずに、何か自分が気に障るようなことをしてしまったからでは、と思っていたのだ。

せっかく迎えに来てもらったのに、こうしてまた機嫌を悪くさせてしまったと、セイは悲しくなった。せっかく、顔が見たいと思っていたら、思いがけず会うことができてい嬉しかったのに、それを自分でまた壊してしまうことになるとは。

「それじゃあ、屯所に戻るのは休暇願を出しに?」
「あ、はい……。申し訳ありません」
「いいえ、謝るには及びませんよ。無茶な稽古で怪我をさせたのも私ですし、組下の貴女の状態にも気がつかない上司ですから。よその隊の貴女の状態に気がつく藤堂さんのほうがよほど立派な組長ですね」
「そんな……っ」

徐々に足が早くなる総司と、逆に足取りが重くなるセイとが屯所に向かって歩く。
初めはいつもに戻ったようだったのに、またこうして重苦しい雰囲気になってしまう。どちらもどうしたらいいのかわからなくて、黙りこんだまま、歩みを進めてようやく屯所につくと、総司は素っ気なく言った。

「休暇の件、私は了解しました。あとは土方さんに直接どうぞ」

それだけ言うと、さっさと隊部屋へと向かって行ってしまった。セイはしょんぼりと肩を落としながら、土方の元へ向かおうとのろのろと足を進める。
門をくぐったところからそれを見ていた藤堂がすぐにセイに追いついた。

「神谷、戻って大丈夫なの?」
「あ、藤堂先生。ご心配おかけしてすみません。戻ったのは休暇をいただくためで、やはり南部医師に隊務はしばらく無理だといわれました」
「当たり前だよ!……総司と一緒に帰ってきたみたいだけど、総司にも話したの?」

ひそひそと声を潜めているために、勢い身を寄せ合って歩くような姿になる。幹部棟に向かうには一番隊の隊部屋の前も通るわけで、歩きながら話す藤堂とセイの姿に総司は眉間に皺を寄せた。

その視線には気づかずにセイは、首を振った。

「まさか。沖田先生は、心配して迎えに来て下さっただけで具合が悪いとしか言ってません。私も大事をとってということにしてますし」
「そっか。近藤さんと土方さんには仕方ないから、聞かれるままに答えたけど、二人とも黙っていてくれるって言ってたから安心していいよ」

ふう、とセイは微かにため息いをついた。藤堂にも近藤にも土方にも、気を遣わせてしまった。

「すみません、藤堂先生」

憂いを含んだまま、俯きがちに言うセイに藤堂は妙な気分を味わった。今、この瞬間、セイを守れるのは自分だけだというような、おかしな感覚に、はて、と思う。どこかで総司より先んじたことに優越感を感じている。

―― 俺、そんなに神谷のこと気に入ってたっけ?

確かに、密かに稽古をするセイを見かけて、時々こっそりとみてやるようになって。
そんな藤堂に悋気を起こす総司がおかしくて。

いつの間にそんなにセイのことを気に入っていたろうかと自分でも不思議なくらいだった。セイの異常に気付いたのもそれだけセイのことを目で追ってい たからで、思いのたけが恋かどうかははっきりしないまでも、張り合う相手が総司だとすると、妙な対抗心が湧きだすのを抑えられなかった。

 

 

– 続く –