雪の花 [10万突破記念。]

〜はじめのひとこと〜
1年と23日目に10万カウンタを超えました。ひとえに感謝の気持ちで一杯です。
10万カウンタ突破記念。イラストは、強請って強請って、作っていただきました。ありがとうございます。

BGM:佐藤竹善 & コブクロ 木蘭の涙
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「……何してる」

夜遅く、セイの姿がないことに気づいた土方が、一人屯営の中を探した後、裏口から外に出た。
昨日も今日も吹雪いていたのにいつの間にか雪はやんだのか、はらはらと思い出したように舞っている。

雪明りの下で、セイが佇んでいた。
日中は、土方の傍で洋装で過ごしているが、夜着には真っ白な単衣を纏っている。

「冷えるだろう」

土方はぱさりとセイの肩に上着を着せかけた。肩の上に広がる長い髪にふと土方が呟いた。

「随分、伸びたな」
「ええ」

総司の看病につくようになって、伸ばし始めた髪は今もそのままだ。
女のセイが一人でこんなところにいるには、土方の庇護下に置くしか身の安全を守れはしない。常に土方の傍にいて、夜も同じ部屋で休んでいるが、二人の間に甘やかなものは何一つない。

かけられた上着に軽く頭を下げたセイは、再び空を仰いで目を閉じた。
その横顔を見ていた土方は、セイの隣に同じように立って、はらはらと舞う雪を眺めた。

目の前に広がるのは、ほの明るい雪の原が広がっている。

「神谷」
「副長」

何かを言いかけた土方の言葉をセイが懐かしい呼びかけで静かに遮った。
常に傍から離さないのに、事あるごとに土方はセイにここから離れるようにと言い続けてきた。それを再び口にしようとした土方の顔をゆっくりと振り返ったセイの顔には微笑が浮かんでいた。

「いつ終わりにしてもいいんですよ」
「……!」

もう無理だと、わかっていても引き際をなくした戦いから土方は引くことはできない。
そんな土方に告げたセイの瞳が、淡い光の中できらきらと輝いている。

今まで誰一人として言わなかった言葉を。
驚きに目を見開いた土方は、冷えた空気を吸い込んで口を開いた。

「神谷。総司が恋しいか」

ふわりと笑ったセイの横顔がとてもきれいで、冒し難いほどの空気をまとっている。
ずっと総司に付添ってきたセイにこれまで一度も聞いたことはなかった。誰の目にも明らかな事だったが、土方だけは一言もそれを口にしたことはなかった。

「今日まで、生きる力をくださったのは沖田先生なんです。お傍にいられた時には好きで、いろんなことを求めるしかできなかったけど、今はただ、愛しい……」

舞い降りる雪を手の平で受け止めたセイは、雪が色あせない想いの欠片のようにそっと握りしめた。

「ずっと、お傍にいられるものだと思っていたのに……。先生は嘘つきだから」

―― 大丈夫ですよ。神谷さん
―― 大好きですよ。神谷さん
貴女を置いて行ったりしません

たくさんの優しい嘘が雪のように降り積もって、セイの心を埋め尽くす。
そんなセイを見ている土方の胸にも、同じようにたくさんの言葉が降り積もる。

―― トシ!俺達は武士になろう!
―― 土方さん、甘えるのは九つまでですよ!
土方君……

セイを通り越して、薄闇の中にたくさんの姿が土方の目の前に姿を現す。

「副長。もう、好きな時に終わりにしていいんです」
「神谷」
「私は、最後まで見届けて、副長を先生達のところへお連れするためにここにいるんです」

冷え切った真っ白な頬に、唇の赤みだけが際立ったセイの顔は、まるで慈悲を与える菩薩のように見えた。胸を締め付ける切なさに、土方は冷え切ったセイの体を抱きしめた。
その向こうで、笑っている懐かしい顔を見ながら、腕に抱えたセイに呟いた。

「もう……、終わりにしていいのか」
「ええ」

―― もう自由になっていいんですよ

それは、口にしたセイこそが自由になって、総司の元へと行きたいのだろうに。

『神谷さんをお願いします』

託された言葉に、こうして辛い事ばかりの生へと引きとめていたのは土方なのだ。
抱き寄せた細い肩に、たくさんの悲しみを背負ってなお、土方の苦しみまで背負おうとするセイに、土方の目から一筋の涙がこぼれた。

逢いたくて。逢いたくて。

どこにいても、その目は総司の姿を追っているのに。
何度、眠っているセイが泣きながら総司を呼ぶのを聞いただろう。

夢の中でたくさんの者達に詫びている土方が、うなされて
飛び起きるのを何度寝ているふりでやり過ごしただろう。

「春になったらこちらでは真っ白な木蓮の花が咲くそうですよ。
まるでこの雪のように真っ白な花が」雪の花

ゆっくりと目をとじたセイがそう囁くと、
土方も セイの肩に顔を伏せて
目を閉じた。

「そうか。いつか……」

いつか。

―― いつか皆でそれを見られるといいな。

肩先で震える土方の声に、セイは頷く。
きっと、陽の光で花開いた木蓮の下で、
甘い香りに 誘われるように、
皆で笑いあいながら……。

「副長。雪がまた……」