罠 2

〜はじめの一言〜
フルで出演も考えましたが今回は厳選ですね。
BGM:トンガリキッズ B-DASH
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隊部屋に戻ってきた斉藤は、閉め切られた隣の部屋にふと足を向けた。

『近づくべからず』

そして、わずかに乱れたまま閉められた障子。

斉藤はさりげなくそれを見なかった振りをして部屋の前を行きすぎると、幹部棟のほうへと向かいかけて廊下を曲がってから、はしっと人目がないことを確認して細めに障子を開けると中を覗いた。

そこには黒い塊と化したセイが眠っている。見覚えのある月代と前髪を視界に入れた斉藤はすぐさま一番隊の隊部屋の前から離れた。
しばらくして戻ってきた斉藤は再び辺りを確認すると、すっと隊部屋からセイを抱え上げて部屋を出て行った。いつものセイが借り受ける小部屋に床を敷いておいて連れ出してきたセイをそうっと下ろした。

「まったく、懲りない奴だな」

眉間に皺を寄せた斎藤は、ため息をついた。あんな張り紙付きで一人で隊部屋で昼寝などしていたらいずれは皆の娯楽にしかならない。
掛け布団をかけてやろうとしてうっかりと斎藤はセイの二の腕と、ちらりとのぞいた足が目に入り、ぼっと赤くなった。

「なななななな、何でもないはずだ!俺はただっ」

ちらり。

視界に入るセイの白い足と腕に思い切り目が吸い寄せられてしまう。いけないと思えば思うほどどす黒いほど赤くなった斎藤は耐えられなくなり、小部屋を出た。
まっすぐに前を向いて真顔で歩く斎藤は、さっさと小部屋から離れて行った。

「あれ?……斎藤さん……?!」

外出から戻って来た総司は、幹部棟の中庭の方へと歩いて行った斎藤の後ろ姿を見かけた。
疑問符をつけて呟いてしまったのは、斎藤が歩いて行ったあとに転々と赤い跡がついていたからである。廊下に屈みこんだ総司は、それが血であることを確認すると周囲を振り返って、その赤い後の初めを探した。

「……?」

赤い跡をたどって行くと幹部棟の端の小部屋から始まっている。そこがよくセイが借り受けている部屋だということは総司もよくわかっていた。
なんとなく赤い血のわけがわかった気がして、総司はそっと小部屋へと近づいた。

―― やっぱり、原因はここでしたか

小部屋を覗きこむとセイが布団の上に丸くなって眠っていた。丸まっている間に乱れた袴からのぞく足と、寝ているうちに温まったからかゆくなったのか、袖口をまくりあげた姿に総司は天井を仰いで、斎藤に向けて合掌した。
流石に総司はセイのそんな姿も慣れてはいるので、やれやれと上から掛け布団をかけてやる。

「まったくいつまでたっても子供のまんまなんですから困りますねぇ」

呆れ半分、可愛い半分の気持ちで総司はセイの寝顔を眺めた。

「疲れてるんですかねぇ」

このところ、総司もこまごまとした外出が重なって、セイを連れ出すことが少なかった。そうすると必然的に、放っておくといくらでも働き続けるセイのことだ。隊務の合間があっても、休むことなく働いているのだろう。
さらりと眠る前髪を撫でてやると、余計にその寝顔から離れがたくなる。

総司はセイの傍に寝そべると、腕を組んだ上に頭を乗せてしみじみとセイの顔を眺めていた。

こうしてセイの寝顔を眺めている時間が幸せだと感じてしまう自分におかしくなる。伸ばした手の甲でそっとセイの頬を撫でた総司も、つられるように睡魔がやってきていつの間にか瞼を閉じていた。

 

「おいっっっ!てめぇら、さっさと起きろ!!」

頭の上から降って来た土方の怒鳴り声にはっと目を覚ましたセイと総司は思いがけない程、至近距離に相手の顔があって、ますます飛び上がった。

「ひゃっ!!」
「うわぁぁ!!」

いつの間にか総司に腕枕をされて抱え込まれたまま眠っていたことに驚いたセイは、まだばくばくと心臓が飛び出しそうなくらいで、真っ赤になったままきょろきょろとあたりを見回した。

「あれ?私なんでここに?」
「ふざけんな!まだ寝ぼけてんのかお前!!俺は衆道は嫌いだって何度言わせんだ!」
「ちょ、衆道なんかじゃないですよ。土方さん。ここに来たら神谷さんがお昼寝していたもんだから気持ちよさそうだなって見ていたら私も眠くなっちゃったんですよ」

ふるふると鳥肌を立てた土方に怒鳴り付けられたセイは、訳がわからないながらも確かに総司と一緒に昼寝をしていたことだけは事実なので、赤くなってすみません、と頭を下げた。
目の前のセイの顔からすばやく立ち直った総司は、ふわぁ、と伸びをしながら平然と土方に応えた。

ぶつぶつと文句を言い続ける土方を宥めながら、セイを振り返った。
確か、隊部屋で……と記憶をたどっていたセイは、ああ!と手を打った。

「そっか!私、美味しい奈良漬を頂いて、それで眠くなってしまって寝ちゃったんですね。それを沖田先生が運んでくださったんですか?」

完全にセイの誤解であるが、土方のぎらぎらとした視線の前に総司はええまあ、と曖昧に頷いた。

「そうだったんですね。申し訳ありません!」
「いや、まあ、貴方ももう少し気をつけてくださいね」

うやむやのうちに頷いた総司を土方がべしっと頭を叩いた。いったぁ、と頭を押さえて総司がしゃがみこんだ。

「お前が言うな、お前が!一緒になって昼寝してやがった癖に!その上、その上っ!!一緒に……」

先程の光景を思い出したのかふるふると震える土方は、小部屋から廊下に出て二人を振り返った。その空間にいることが耐えられなかったのだろう。びしっと指差した土方が手にしていた書類を握りつぶしそうな勢いで掴んでいる。

「お前ら!いいかっ、さっさとその姿を改めて俺のところに来い!いいな!」

どすどすどす、と足音も高く去って行った土方に、セイと総司が顔を見合わせてぷっと吹き出した。

「副長らしい……」
「土方さんですねぇ」

笑いだしたセイは、自分の姿を見て、慌てて着物を整えた。掛けられていた羽織を着直して、引いてあった布団を片付ける。そういえば外出していたはずの総司が眠ってしまったセイをここまで運んで来たというには、布団が引いてあるのも用意周到な気がする。

「沖田先生、本当に沖田先生がここまで運んでくださったんですか?」

不審な顔を向けたセイに、ああ、と総司は部屋の際に残った鼻血の後を指差した。

「私じゃありません。後でお礼を言っておきなさい?」

ぽつん、ぽつん、と二つの黒い後にセイがまじまじと見つめるとそれから何かを思い出したらしい。あっと口元に手を当てたセイが総司の顔を見た。

「兄上ですか?!」
「でしょうね。貴女があんまり無防備に寝ていたので見ていられなかったんでしょ」

こつん、とセイの額を小突いた総司はセイの顔を覗きこんだ。

「明日の午前は空いてますよね?よかったら、何か美味しいものでも買いにでませんか?午後の巡察が終わったら食べるおやつでも?」
「よろしいんですか?!」
「ええ、もちろん」
「嬉しい!最近ずっとお忙しそうだったから」

にこにこと嬉しそうに笑うセイに総司もにこっと笑いかけてぞくっと背筋に寒いものを感じた。

「あ、ええと、斎藤さんの分も何か買ってきましょうね」
「はい!もちろんです!」

部屋を片付けたセイが、さ、副長室へ行きましょう!というのを聞きながら総司は背筋を貫くような殺気に手を合わせた。

―― 悪気はないんですからね。恨まないでくださいね!!

後でどれだけ恨まれるかわからないが、斎藤を宥めるためにどれだけの酒を買えばよいのか、と思案しながらとりあえずはセイを伴って総司は副長室へと足を向ける。

縁の下には、殺気の主がぎらりと目を輝かせていた。

―― 明日があると思うなよ……

不気味な笑いを浮かべた斎藤に総司がどんな目にあわされたのかは誰も知らない。

 

– 終わり –