衣通姫の涙 2<拍手文>

〜はじめの一言〜
先生、ぶき・・・・いやいやいや。

BGM:
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総司はそっとセイの肩に手を置いて、俯いていくセイに話しかけた。

「何だかひどく落ち込んでいることくらい、私にだってわかります。この前、私が叱ったからですか?」
「そんなことありません。あれは確かに私がぼんやりしていたのが悪いので……」

セイは、軽く頭を下げるようにして、総司の手をやんわりと押し戻した。そのひどく淋しげな顔に、出してはいけないとわかっていたのにうっかりと総司は原田の事を口に出してしまった。

「原田さんと何かあったとか聞きましたが……、何を言われたのですか?」

じわっとセイが涙目になり、頬を薄らと赤くして顔を逸らした。それでも、堪えきれなくなったのか立ち上がると、何も言わずにざっと土手を上っていく。数歩あがったところで、驚いた顔の総司に振り返りかけてやめたセイが吐き捨てるように言った。

「先生には無縁の事です!」
「ちょ、神谷さん?!待ってください、まだ話は……」
「お話がそれだけでしたら失礼します!」

土手を上っていくセイに目の前から去られた総司は、伸ばした手をゆるゆると下ろした。なぜか、今はセイを追いかけてはいけないような気がして、そのまま立ちすくんでしまう。

「何があったんですか…神谷さん」

不器用な自分にうまく話を聞き出せるのか自信がなかったのだが、やはりうまくいかなかった。
後は永倉達がうまくやってくれて原田から話を聞きだしていることを願って、総司はとぼとぼと屯所に戻った。
門をくぐった総司は大階段のところで待ち構えていた藤堂に手招きされた。

「総司、どうだった?」

首を振った総司に藤堂はがっくりと肩を落とした。ということは、原田達もやはり駄目だったらしい。お互いに、うまくいかなかったのだと認め合った二人は、仕方ないと肩をすくめた。永倉は巡察に出たが、藤堂は総司の帰りを待って大階段のところに陣取っていたのだ。

「どうしたんだろうねぇ。神谷だけじゃなくて原田さんもおかしいんだよなぁ」

首を傾げた藤堂は腕組んで、総司と共に隊部屋の方へと歩きだした。どうだったの?という藤堂に、総司はセイの様子を話し出した。

「私には無縁の事だと怒らせてしまいましたよ」
「無縁?!いったい、原田さんてばどんな話したんだろ?」

肩を落とした総司と困惑顔の藤堂は揃って一番隊の隊部屋の近くまで行くと、隊部屋に戻って再び足袋の繕いに戻ったセイの姿を離れて眺めた。
俯いて針を動かしている姿に皆がちらりと視線を投げるものの話しかけはしない。

「仕方ないね。少し放っておく?」

それしかないのはわかっているが、まるで屯所の中から太陽が消えたようでどこに行っても、皆が薄暗い顔をしている。
確かに、屯所の中でも一、二に上がるような出没率のセイと、原田が二人そろって暗い顔をしていれば、自動的に皆も暗い顔になっていくのは仕方がない。

「……でも、どうにか」
「っていってもさぁ……」

あの笑顔が曇っていることに寂しさを感じているのは自分だけではないはずだ。それもまた切ない事実なのだが、とにかく今は何があったのか知りたかった。総司は、これ以上手の出しようがないという藤堂に向かって、諦めきれず頷いた。

「また様子を見てみます」
「うん。わかった」

総司の様子に苦笑いをうかべた藤堂はぽん、と総司の肩を叩いて自分の隊部屋へと戻って行った。
しばらくセイの様子を眺めていた総司は、隊部屋に戻るにも気まずくて仕方なく居場所を求めて副長室へと向かった。

部屋の前まで来てなんと言って入るべきか、ぼーっと立っていると部屋の中から声がかかった。

「おい!あの蛆虫野郎じゃあるまいし、お前までそんなとこに突っ立って人の部屋を伺ってんじゃねぇよ」
「ひどい言い方だなぁ」

部屋の前に誰がいるのか、名乗らなくても長年の付き合いでその気配も人影もすぐわかる。
ぼけっとした顔の総司が副長室に入ると、これといった用事でもない様子に土方はふん、と鼻を鳴らして机に向き直った。

土方が忙しいことはわかっている。
火鉢の傍に腰を下ろすと、火箸で灰をかき回すだけかき回している総司に、しまいには土方が音を上げた。

「鬱陶しいってんだよ!お前は。なんなんだ、今度は」
「だって、すぐ土方さん、怒るんですもん」
「どうせお前の悩み事ってのはあれだろ?また喧嘩でもしたのか?」

相手の名前は言わずにさらりと問いかける土方に総司が黙った。
肩を竦めた土方は仕方なく振り返った。本当は土方の耳にも原田に向かってセイが怒ったという一件は耳に入ってるのだ。

その頃、繕いを終えたセイは、どうにも落ち着かず丁寧に行李の中に足袋と針と糸をしまうと、気晴らしにと散歩に出た。
表からではなく裏門から外に出て、はぁ、と息を吐き出すと舞い落ちる枯葉を見上げた。

「どうせもうすぐまた歳をとっちゃいますよーだ……」

空を見上げたセイは、への字に曲がった唇を噛み締めて歩き出す。
原田が決して悪気があったわけではなく、むしろ良かれと思ってのことだというのもわかっている。

「あーあ。私ってば小さいなぁ」

―― 今日は沖田先生にまで八つ当たりしちゃったし

自分でもよくわかっていた。だが、総司には何より知られたくないし、とにかく、自分の気がまぎれるまでは放っておいてほしかった。

「あーあ」

もう一度、呟いたセイは本当にぶらぶらとこれといった目的もなく歩き出した。

歩きながら考えると、悶々としてきてしまう。
原田に悪気がなかったことは十分にわかっている。もちろん、おまさだとて同じだ。

元はといえば、原田の着物を仕立てたおまさの腕をセイが褒めたことから始まったのだ。
それこそ、お嬢様だったおまさが自ら仕立てるなど、なかなかできるものではない。たしなみとして知ってはいても、見事な仕立て上がりにセイが褒めたのだ。

嫁を大事にしている原田は自分が褒められたかのように喜び、それをおまさに伝えた。

もちろん、褒められて悪い気のする者などいない。
おまさは、もしよければとセイの着物を仕立ててくれたのだ。それは心尽くしのことでありがたいと言えばありがたいのだが、なんと出来上がったものは女武芸者としての着物だったのだ。

詳しくは知らなくても、セイが完全な男ではなく、病のために女子のような華奢な姿をしていることは原田から聞いて知っている。だからこそ余計に気を使って、どちらにも見えるようで、なおかつ女仕立てにされた着物と袴だった。

初めはおまさからだと言って着物をもらったセイは喜んだのだが、いざ着替えようと開けてみて驚き、困惑してしまった。気持ちは嬉しいがここはやんわりと断りを、とまずは原田の元へと足を運んだ。

「あの、原田先生。いただいた着物なんですけど」
「お。どうだった?着て見たか?」
「それがどうやら女子のもののようで……」

気まずそうに口を開いたセイに原田はあっけらかんと頷いた。

「おうよ。おまさが男物で仕立てればいいのか、女子もので仕立てればいいのか迷ってたんでよ。お前、華奢だしな。そんで、だったら男にも女にも見えそうに作ればいいじゃねぇかって言ったんだよ」
「はぁ?なんでそんなことを……」

さすがにむっとしたセイが言い返すが、それには気づかない原田が続けた。

「お前最近、ますます女子っぽくなってきたし、もともと華奢なんだからどっちでもいいだろ?いずれ、本当の女になってもどっちでも着れるんだから困らねぇじゃねぇか」

原田としては、恋女房であるおまさを褒められて嬉しかったのだ。そして良かれと思って軽い気持ちで口に出した。
だが、よくよくそれを気にしていたセイにとっては大きく傷つくことになる。

「なんで、何でそんなこと……。おまささんだって私が武士だって知ってるじゃないですか」
「あったりまえだろ。いつもきれいでかわいくて素敵つってんだよ。そんなお前が病だなんて不憫だ不憫だっていつも」

気をよくして言いかけた原田の前ですっくとセイが立ち上がった。
眼にはいっぱいの涙を浮かべて、目尻が吊り上っている。

– 続く –