種子のごとき 14

〜はじめの一言〜
セイちゃんの努力と悔しさは先生にわかってほしいのです

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悔しい。

何をそんなにと言われるかもしれない。たかがそんなことでと言われるかもしれない。だが、セイにとっては心が折れそうになるほど悔しい出来事だった。

「私が雑務と言われてもやってきたことは、ずっとどうしたらいいのか考えて、うまくいく方法を一つ一つ何度も繰り返してそれでやってきたことなんです。あんな風にっ、あんな風に言われる筋合いなんてっ!!」

溢れだした怒りに目の前がくらくらする。谷に殴られた時よりももっと、どす黒く深い憎しみのようなものが湧き上がってきた。あの時は、理不尽でも相 手は組長であり、従うしかなかった。谷には谷の苦労があり、事情があり、一概に言いきれるものではないとわかったから、後々、不快な目にあってもそういう 事もあると呑み込むことができた。

だが、浅羽は違う。
同じ平隊士で、入隊してからの年数や年が違うだけだ。そんな浅羽が、途中からやってきて、セイの仕事を手伝うということになって、いちいちこんなものと小馬鹿にした物言いをされて気分がいいはずもない。

それに、百歩譲っても、セイに直接言うならばわかる。だが、一番隊の外の隊士や、小者達に対して、表だって非難するようなことを言う場合もあれば、一見そうとは聞こえないような話から徐々に話を持っていき、最終的にはセイのことを非難するような流れにする。

「神谷さん!」

総司が強く呼びかけて一瞬は引き戻したものの、一度蓋を開けてしまったものは留まることを知らずに溢れ出してしまう。まるで総司の隣に浅羽が座っているかのように、興奮したセイはどんどん早口になっていく。

「私だって、わかってるんです!誰にでも好かれようなんて思っちゃいません!自分がどんなに駄目なのかわからないほど愚かでもないです。でも、だっ たら武士らしく堂々と私に言えばいいじゃないですか!気に入らないなら気に入らないって!なのに、陰に回ってこそこそ言うくらいならいっそ、私が一番隊か ら外れて小姓なり小者にでもなれば気が済むっていうんですか?!それとも私がっ」

―― いなくなればいいというのか

言葉を切ったセイを総司が黙って見つめていた。その目とセイの目がぶつかった瞬間、セイは一気に頭の先から冷たい水でも浴びせられたような気がした。

これだけは言わないでおこう、そう思っていたのに、想いを溢れさせてしまった。挙句に、これだけ喚き散らし、身勝手なことを散々言い立てた自分をみて総司はどう思っただろう。

「あ……」

―― どうしよう

震える手で口元を押さえたセイは、頭の中が真っ白になってしまった。
ゆっくりと瞬きをした総司が、大きく息を吐く。

「言いたいことはそれだけですか?」

そんな風に問いかけられても、まだあるとも、もうないとも言えない。ただ、総司にどう思われたかと思うと、何も言えずにセイはただ首を振った。

「神谷さんが、そんな風に感情的になるところを久しぶりに見た気がしますね」
「沖田先生っ!!」

―― 待ってください。違うんです

そう言おうとして、涙を浮かべて手を伸ばしたセイはぴたりと止まった。畳についた手が伊草の目をなぞる。
何を待てというのだろう。何が違うと言えるのだ。確かに、自分が言ったことであり、腹の底で思っていたどす黒い感情の一部ではないか。

―― きっと先生は呆れているに違いない

そう思ったセイは両手で顔を覆ってしまった。取り返しがつかないことをしてしまったと思い込んだセイの耳に、もう一度大きくついた総司のため息が聞こえた。

「神谷さん」

ふわっと一瞬温かいものに包み込まれた後、ゆっくりと離れて行った。セイが驚いて顔を上げると、総司が少しだけ間近にいる。

「大好きですよ。神谷さん」
「……せんせぇ」

てっきり呆れられたと思っていたセイは思い切り目を見開いた。

総司は零れ落ちそうなその眼を見ながら、セイがどれだけ心を痛めていたのかを改めて知った気がした。総司にとってはこの程度のことはよくある事であり、浅 羽の遠回しな言い様も、近藤たちが幕府のお偉方を相手に苦労していることによく似ている。ある意味、昨今の武士らしい反応ともいえた。

武士だから潔いかと言えば、そんなことはなくて潔いという言葉だけが独り歩きしていると声高に言うのは、野暮ったいと言われてしまうのかもしれない。

だが、セイは、野暮と言われるような自分や、近藤達、皆がここまで育ててきたのだ。

武士の潔さと女子の優しさやしなやかさとに加えて、セイ自身の努力によって、勘の良さや身のこなし、自分の身の処し方を心得た隊士になった。
それを総司は誇らしくさえ思える。

「貴女が、どれだけの努力をして今まで辛い隊務をこなしながら、少しでも皆のためになればと働いて来たことを、私が知らないとでも?」
「そんな……」
「だから、貴女が何年もかけて積み上げてきたものを疎かになんてしませんよ。ただ、一番隊組長として言わせてもらえば、神谷さんが積み上げてきたことを同じようにできる人が増えてくれれば、もっと隊としてはありがたいんです」
「は……い。わかってます」

涙を拭いながらセイが頷く。隊としても新撰組としても、そうあるべきなのはわかっている。だが、頭ではわかっていてもどうしようもないのが感情なのだ。わかっていても悔しいと思うセイの気持ちは行き場をなくして今総司の目の前にあった。

これがほかの形であったなら。
たとえば、感謝がほしいわけではないにしても、たった一言、セイのやり方に習わせてもらうと言ってくれていたら、大きく変わっていたかもしれない。口を開くたびに、そんなことは各自がやればいい、とか、雑用を仕事にするとはと、繰り返し言われなければ違ったのにと思う。

「貴女もきっと浅羽さんと同じ立場だったら同じようなことをしていたのかもしれません」

全く似ていなければこれほどまでにぶつかりはしない。どこか根っこで似ているからこそ、拗れてしまった枝葉が風に揺られると互いにぶつかり合って、傷つけあう。
セイと浅羽も良かれと思って動くところや、頑固なところが総司から見れば似ていると思う。

「私だったら、もっとちゃんと考えて物を言います!もっと調べてそこにある理由や事情を考えて、ちゃんと確かめて動きますよ」
「浅羽さんが調べていないとでも?」
「調べていたら色々……言わないと思います」

何を言われるのかわからないと怯えるようになったセイは何度か浅羽の発言に疑問を抱いて、自分なりに調べた事であってももう一度確認したことが幾度 かある。入隊したての頃、何もわからずに、備蓄の白飯を炊いてしまったこと、芹沢の事、セイは、何度も浅慮を重ねて失敗を繰り返してきた。

だからこそ、軽率な振る舞いで誰かを傷つけたり、失敗しないように十分に注意を払うようになった。そんなセイにとって、浅羽の発言は余計に許しがたい。

どうしても、なかったことにできないのは周りを巻き込んだこと。セイの居場所を無くしかねない真似をしたこと。

「……どうしても許せないんです。でも、私から何かを言うことなんてしたくないんです」

セイの最後の矜持。許しがたくても、悲しくても、辛くても、自分が同じことだけはしたくなかった。セイは、ぐしゃぐしゃの顔で総司を見た。

「先生。私は間違ってるんでしょうか」

それは、長く、ずっとセイの心を弱らせて、痛めつけてきて、とうに疲れ切っていた。いっそ、総司にお前が悪いのだと、お前が間違っているのだと、言われた方がすべてを諦め切れる気がした。

 

– 続く –