種子のごとき 13

〜はじめの一言〜
どうしたいがわからないんですよねぇ

BGM:
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ぐす、と鼻をすすったセイが、ようやく落ち着いたところで総司の胸に手を当てて身を起こした。

「……すみません。先生」

俯いてまだぐすぐすと目元を擦ったセイに 総司がぽんぽんと頭を撫でた。ん?とセイの顔を覗き込んだ総司はセイを促した。

「話して御覧なさい?」

こくんと頷いたセイは、はぁ、と深く息を吐きだしてから胸元を押さえた。そんなセイに総司は湯呑を差し出す。受け取ったセイがこく、と一口飲むと気を落ち着けてから口を開いた。

「何からお話していいのか……」
「いいですよ。何からでも」

そういうと、セイが畳の縁に視線を彷徨わせた。思い出すのは、思いがけず聞いてしまった事。

巡察から戻ってきて、ざわざわとあちこちに固まった隊士達が片づけをしたり、泥がついた足を洗ったりとしているところで浅羽が誰か一番隊の隊士と話をしているのを偶然耳にした。

「あれはないですよねぇ」
「まあな。でも、しょうがないだろ。神谷だし」

切れ切れに聞こえた会話から、巡察の間、セイがしていた何かを揶揄していたらしい。セイはそれを聞いて振り返ることもできずに、震える手で下駄を仕舞った。

―― 何だろう。何かおかしなことをしただろうか

急に首筋に冷や汗をかいたセイは、指先から血の気が引くような思いがする。なるべく、そちらの方を気にしないようにしてセイは大階段を上ると、廊下を歩く一瞬、どうしても気になって浅羽の方を振り返った。
そこで、セイを見上げている浅羽と、隊士数人の顔を見てぞっとしたセイは急いで隊部屋へと駆け戻った。

「ふうん。その時そこにいたのは?」

首を振ったセイは、名前を口にはしなかった。決して庇うつもりはないが、口にしてしまえばそれが本当にセイに向かって非難していたことになってしまいそうで言えなかった。

頷いた総司はほかには?と促した。

具体的にセイの名前を出したこともあれば、出さずに話しているが誰が聞いてもそれがセイを指しているとわかるような話も合った。真綿の中に潜む針のように、思いがけないところでセイを辛くさせる出来事がいくつもいくつも零れ落ちてくる。
中には、総司が聞く分にはセイの事でもなんでもないだろうということも含まれていたが、たとえば十の出来事のうち、一つか二つがそうだったからと言って、何の慰めにもなりはしない。

セイが話し終えて、両手を膝の上にギュッと固く握りしめているのを見た総司はセイの皿から団子を一つつまみ上げた。

「神谷さん」
「はぃ……んぐ?!」

返事をして口を開いたところに団子を押し込んだ。中途半端なところで噛んでしまえばどうなるかは想像したくない。慌ててセイが口を大きく開けながら 上を向いて団子とあふれてきた餡を口の中に収めた。喉につかえたのか、咳き込みながらもなんとか口に収めたセイがじたばたしているのを見て、総司はお茶の お代わりを頼んだ。

運ばれてきた茶に急いで手を伸ばしたセイが今度はその熱さに涙目になる。何とか飲み込むことに成功したセイは責めるように総司を睨んだ。

「何するんですか!沖田先生。これで着物にこぼしたら落ちなくなるじゃないですか」
「だって、神谷さんのここ」

ぐいっと眉間を人差し指でぐいぐいと押される。額を押さえて、痛い、と呻くセイに総司が首を傾げた。

「ぎゅーっと皺がよってて、せっかくの可愛い顔が台無しですよ?」
「かっ、可愛い?!」

ぼっと赤くなったセイに総司がにこっと笑った。毒気を抜かれたセイが目を瞬かせる。

「神谷さん。大好きですよ」
「?!」

今度こそ総司が何かおかしいと思ったセイは、怪訝な顔で総司を見た。

「あれ?何とも思いません?」
「いえ、それは嬉しいんですけど、その……」
「浅羽さんも好きですよ。優秀な隊士ですね」

その名前が総司の口から出た瞬間、セイの顔が曇る。確かに総司からすればそうだろう。総司は一番隊の組長という立場で、組下の隊士を依怙贔屓する理由など何もない。もとより、好悪で仕事をする人でもない。

それは十分にわかっているからこそ、セイも今まで口に出せずにいた。口に出せば、総司を盗られてしまいそうな不安や自分の居場所がなくなってしまいそうな不安まで口にしてしまいそうで。
そんな無様な自分よりも浅羽のほうが優秀で隊士としてはいいに決まっている。

「……わかってます」

―― 私が、未熟で駄目なことくらい……

再び唇をかみしめたセイにもう一度総司が言った。

「私は神谷さんが大好きですよ?何をそんなに怖がってるんです?いいですか?貴女が入隊してからずっと見てきたのは誰だと思ってるんです?この私で すよ。人の言うことを聞かなくて、生意気で、腕もないのにがむしゃらに突っ込んでいって、いつも危ない目にあってはらはらさせる貴女の事は私が一番よく 知ってるんです。ほかの誰よりも」

それには自信があると言い切った総司は、セイの頬に手を伸ばした。

「だ、だって、でもっ」
「それに、誰が何と言おうと、貴女がやってきたことはちゃんと局長も副長も、私だって認めているんです。出なければとっくに貴女の事を小姓頭や小者の頭にでもしていますよ。ね?それをしないのは、貴女が十分優秀な隊士だって認めてるからですよ」

セイのこの数年間。女として成長する前からセイの事は見守ってきたのだ。まだまだ子供だと思っていたセイが、どんどんきれいになって、成長して、強くて、しなやかで、総司の心をとらえるくらいになるまで、ずっと見続けてきた。

「貴女は、そういう自分にもう少し自信を持ちなさい。ちゃんと胸をはっていいんですから」
「でも私は力も弱いですし、体も華奢で、それにっ」
「それも貴女の特徴でしょう?たとえば島田さんが体が大きいことと何が違うんです?たとえば山口さんの面立ちが角ばっているとか、私だってヒラメ顔とか言われてますしね。それと何が違うんです?」

そういわれれば何も言い返せなくなる。肉体的な特徴は思うようにはならないことくらいセイもわかってはいたが、いつの間にか、頭がいっぱいで同じように囚われてしまっていた。

これでどうだと言わんばかりの総司に向かってセイが涙目で噛みついた。

「でも、でも!悔しかったんです!」
「はい?」
「あんな風に言われても、あんな風にされても……。沖田先生がそう言ってくださるように、私がこの何年かずっと、ずっとできる限り努力して、積み上げてきたものだったんです!!」

急に涙目になったセイ、再び声を荒げたのを見て、総司は初めて眉間に皺を寄せた。

「神谷さん?どういうことです?」

 

– 続く –