種子のごとき 15

〜はじめの一言〜
あれ?先生はそうくるんだ・・・

BGM:
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「神谷さん。お団子、残ってますよ?」

急にそういうと総司は、セイの皿から団子を摘まみ上げてひょいっと一つを自分の口に放り込んだ。とっくに総司の団子はなくなっている。セイの目の前に皿を突き出すと、渋々セイがそれに手を伸ばして摘まみ上げた。

口を開きかけて閉じたセイの手を取って、その口へと近づける。

「食べてくださいよ。固くなっちゃいますよ」

不満そうな顔をしたセイに、団子を薦めた総司にむぅ、としたもののしばらくしてから口を開いて団子を口に入れた。ぷくっと膨らんだセイの頬をつん、と総司がつついた。

「おいしいでしょ?」

その味はもうわかっているというのに、なぜもう一度繰り返すのかわからなかったが、不承不承頷いた。頷いた総司がにこりと笑った。

「どんな時でもおいしいものを食べると、嫌なことを忘れるでしょう?」

今のセイには素直に頷くことができなかった。これだけセイが言った後に、急に話を変えた総司が、誤魔化そうとしているのか、なんなのか、よくわからなかった。
茶で流し込んだセイは、じっと総司を見てため息をついた。

「沖田先生は、きっと呆れていらっしゃるんですよね。私が言うことなんて、くだらないって、そんなわかりきったことに何を言ってるんだって思ってらっしゃるんですよね。だから」
「神谷さん」

何度もセイの名を呼んでいた総司の声が急にがらりと変わった。

「貴女の話はよくわかりました。以後、一切その話をすることを禁じます」
「?!」
「いいですか?私がいいというまで、相手が誰であってもその話をすることを禁じますからね。その代り、毎日浅羽さんと一緒に仕事の報告を私にするように」

つい、今まで話を聞いてくれていた総司が、急に手のひらを返して、その手の上に乗りかけていたセイがそのまま地に落とされた気がした。背筋から冷たい汗が流れていく。

「お……きた先生」
「さ。この話は終わりです。お土産のお菓子を買って帰りましょうか」

もうセイの話を聞く気はないとばかりに勝手に話を打ち切った総司に、セイはぎゅっと膝の上に置いた手を握った。

―― 先生。私の事、もう呆れてしまったんだ……

セイにとって、総司は最後の砦でもあり、一番恐れている相手でもあった。だから、ずっと我慢して言わないように、努めてきたのに、ついに自分で駄目にしてしまったのだ。

喉がきゅうっと詰まって、ただ黙って頷くと総司の後に続いて立ち上がる。詰めたくなった指先を握りしめてセイは一言もしゃべらなくなった。
ただ、自分を責めて、責めて、ただひたすら自分を責めていた。

セイが何もしゃべらないことを気にも留めない様子で総司は一人で勝手にしゃべっている。

「ええと、濡れせんべいは買って帰ればいいからあとはあんみつですね。あんみつ行きましょう」

先に立って歩く総司の後をまるで引きたてられる囚人の様だ。あれやこれやと話している総司の言葉はセイの耳には全く届かなかった。

「さ、店に入りましょうよ」

あんみつを食べようと店の前で立ち止まった総司は、振り返った先で俯いて立ち止まってしまったセイを呼んだ。片手で暖簾を押し上げると、店の中からいらっしゃい、と呼び込む声がする。だが、セイはそこから足が動かなくなった。

「神谷さん?」
「……すみません」
「はい?」
「すみません。先に帰ります!」

総司の顔を見ることもなく、足元に視線を落としたままでセイがそう叫ぶと、踵を返して走り出した。駆け去っていったセイの後姿をみて、ふう、と頭を掻いた総司は、一人店に入った。

「あんみつ、ひとつ」
「はぁい!」

明るい声に促されて腰を下ろした総司は、今日だけはセイを追いかけることはしなかった。今追いかけてしまえば、セイはもう一人では立てなくなる気がしたのだ。

―― 今は、辛くても、神谷さん。貴女が自分でわからなければならないんですよ

総司は運ばれてきたあんみつに嬉しそうに匙を運ぶ。
こんなとき、斉藤や藤堂がいれば。

胸の内の葛藤は表に出さず、総司は笑顔を崩さなかった。

 

 

総司の前から駆け出したセイは、屯所に帰ることなく土手を彷徨っていた。

「うっ……」

今にも泣きだしてしまいそうで、どこを目指すということなくひたすらセイは歩いていた。足早につんのめるような姿で、ざくざくと歩く。

―― すみません。先生。こんなことで先生にご迷惑をかけて……。皆まで巻き込んで、私が悪いばっかりに……

セイの眼は今、何を言われても悲しみと、悔しさに覆われていて、総司が言う言葉さえ、素直にその胸には届かない。目を開いてさえいれば、それがたった一人だけが言うことで、総司もほかのみんなも、そんなことは欠片も思っていないことが分かったはずだ。

セイを認め、応援し、共にいることを選んだのは彼ら一人一人の選択だということも。

それほど親しくもなかったたった一人によって、ここまでも人は心を痛める。それが弱さというのは容易いことだし、気に病むセイに大人になれというのは簡単だ。
だが、セイの胸の内はセイにしかわからない。

地の底に落ちていきそうなほどの、悔しさも、何もかも。

石のように重いすべてを胸の内に飲み込むまで、セイはひたすら歩き続けた。

 

– 続く –