種子のごとき 16

〜はじめの一言〜
おや?どうやらこんなことに??

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屯所に戻ったセイは、何事もなかったように隊部屋に戻ると、隊士達と楽しそうに話していた浅羽と隊士の一塊が一瞬、静かになった後、どっと笑いだしたがセイは何も見なかった、と自分に言い聞かせて刀を置いた。

とうに総司は戻っているようだったが、今は部屋の中にいない。

その胸の内には荒れ狂う嵐があったが、セイは落ち着いた顔で隊部屋を片付けた。ここしばらくは浅羽の様子も隊士達と交わったりしていることで忙しいのか、セイへのあたりもいくらか和らいでいる。

どっと盛り上がって笑いさざめいている彼らを気にしないようにして、セイは雑務をこなし始めた。セイと浅羽の互いの仕事はある程度分け合って区切りがついているようだが、戻ったセイはそれにお構いなしとばかりにあちこちに顔を出す。

「神谷さん、なんだか久しぶりに顔を見ましたねぇ」
「えへ、そうですか?」

どことなく勝ち誇ったような気持ちになったセイは、久しぶりにあちこちで小者達や隊士達と以前のように語り合った。夕餉の膳を運んで隊部屋に戻ると、先に膳を運んできていた小川がこっちに、とセイを呼んだ。
並んで腰を下ろすと、セイにとってはまるで浅羽が現れる前のような状態に思えた。

「なあなあ。あそこのうまかった菜飯屋あっただろ?」
「ええ。私達もたまに巡察の後なんか小腹がすいたら走っていくあそこですよね」

先に支度が揃ったものから食べ始めるのが屯所での食事である。待っていたらいつまでたっても食べられないことが多いのだ。
初めに支度ができた一塊として食べ始めた隣で、セイはまだ箸をおいたまま話に加わった。

「あそこが、菜飯じゃなくて、今度は梅の飯になったらしいぜ?」
「梅ですか?へぇ。なんか、普通のおにぎりみたいですね」

当時の梅干しと言えば旅の途中の弁当が傷まないようにするとか、保存食か香の物の代わりというのがせいぜいで、菜飯のようなものになるとはあまり思えない。

「それがよ。梅と紫蘇がこう、半分乾いたようなのになってて、飯にまぶされてんだよ。なかなかうまかったぜ?」
「そうなんですか。じゃあ、今度……食べに行ってみます」
「ああ。沖田先生と行って来いよ」

総司と一緒に行ってみると言いかけて、呑み込んだセイの心中を知ってか知らずか、一緒に話していた沢口達も一緒になって頷いている。一番隊の中でも一番手に食いしん坊として名が上がる二人だけに当然と言えば当然だが、何となく気まずさを覚えてしまう。

そこに、第二陣として総司や浅羽を含めた数人が膳を運んで現れた。

「あれぇ。皆さん早いですねぇ」

明るい声を上げた総司が当然のようにセイの隣に座った総司の向こう側に浅羽が眉を顰めながら腰を下ろした。その並びにセイがどきっとしたものの、先に座についていたセイがここで動くのもおかしな話である。
軽く頭を下げたセイが、総司達が箸をとるのに合わせて、のろのろと手を伸ばした。

「今日もおいしそうな御飯ですねぇ」
「そりゃもちろんですよ。神谷なんかあんまりうまそうだから、先生より先に箸をつけるのが申し訳ないって言うんで待ってたくらいですから」

笑いながら小川がそういうと、慌ててセイが顔を上げた。そんなつもりではなく、いつもつい、総司がまだだと待ってしまうだけなのに、そんな風に話を作られてしまうと、また何をどう思われるかわからないではないか。

「ちょっと!そんなこと誰も言ってないじゃない!」
「まあまあ、わかってるって。お前が沖田先生一筋なのはさ」
「ちがっ!!」

いつもなら真っ赤になるはずのセイが青ざめて腰を上げかけると総司が椀を手にしながらしみじみと言った。

「小川さん。気持ちはわかりますけどね。駄目ですよ。私の神谷さんの間に割って入ろうったって」

こちらもいつもなら何言ってるのだと言い返すはずの総司が、いつもとは違って汁物を味わいながら首を振った。まるで打ち合わせでもしていたのかと疑いたくなったが、今度は小川が言い返す。

「沖田先生。それ、わかっていても腹が立つんで勘弁してください」

どっと笑いが起こり、俺も俺もという声が上がる。飯を手にした総司が、浅羽を振り返った。

「ね?面白いでしょう。神谷さんは人気者なので大変なんですよ?」

ふざけた口調で総司がセイを盗られないようにしないと、というと途中から冷ややかな顔で聞いていた浅羽が皮肉気な笑みを浮かべた。

「本当に、これじゃまるで太夫か天神か、ですねぇ」

隊士達にちやほやされていい気になっている女子のようだと嫌味付きで呟いた浅羽は、総司が怒るのではと一瞬思ったが、そのくらいで怒るのなら勝手に すればいい、と思い直した。総司の向こう側で、膝の上に手を下ろしたセイが、唇を噛み締めて俯いているところが目に入って、それだけが浅羽の溜飲を下げ る。

一瞬、ひやりとした空気を感じたのはその場にいた誰もが同じだったが、すぐに総司が椀を置いて、胸のあたりに箸を握りしめたまま両手を持っていく。

「何言ってるんですか。違いますよ。神谷さんを例えるなら太夫は太夫でも道中をするくらいの人気ですからね」

―― 入れあげてるのは一人や二人じゃないんですよ

そういうと、どっと笑いが起こり、山口が遅れて膳を運んできた最後の数人の中から口をはさんだ。

「沖田先生、そりゃ、俺達に対して喧嘩売ってますよ。だいたい、神谷はそんな女々しいやつじゃねぇっての。阿修羅と言われた奴だぜ?まっ、お前が妬くのもしかたないけどよ」

沖田先生はあきらめろ、と山口が言うと再びどっと笑いが起こって、総司ががう、と顔を赤くしてかみついた。

「山口さん!!」
「ほらな?こうやって沖田先生は周りに予防線張るんだぜ」

うんうん、と頷きが広がるとやってられないとばかりに浅羽が箸を置いた。

「まあ、私にはあまり関係ないですね。私は、沖田先生の衆道のお相手になりたいわけではなくて片腕になりたいわけですから」

―― 小姓や雑用担当ではありません

その場にいたほかの隊士達さえ小馬鹿にしたような一言を投げつけた浅羽に、どうにも我慢が出来なくなったセイが顔を上げて立ち上がりかけた。

「っ!」

その片腕を思い切り強く掴まれたセイが驚いて振り返ると、平然として箸を動かしている小川が、セイの腕を掴んでいた。茶を入れに立ち上がっていた沢 口がセイの目の前まで来てずいっとセイの湯飲みを目の前に突き出すとさらにぬっと目の前に大きな急須を突きだしてにっと笑った。

「なあ、浅羽」

隊部屋を出ようとする浅羽に相田が声をかけた。つん、と無視して立ち去ろうとする浅羽に向かってわざと聞こえるように大声を上げる。

「神谷が太夫か天神なら浅羽はさしずめ新造だなぁ。できはいいのに小せぇことを言いやがる」

次々と賛同の声が上がる中で、膳を抱え上げた浅羽の手が震えていて、ぎらりと部屋の中を一睨みしたあと、足音も高く賄いへと歩み去って行った。
セイが目を丸くしてきょろきょろと目を向けていると、隣から手が伸びてきて、セイの小鉢の上に煮豆が放り込まれた。

「神谷さん、残しちゃだめですよ」
「残しちゃって、今先生が、こっちによこしたんじゃないですか」
「そうですかぁ?気のせいですよ」

気のせいじゃないと総司の方を向いて文句を言いかけたセイの口に二つ目の煮豆が放り込まれた。

「ごほっ、ごほっ」
「ほらほら、ちゃんと食べないと大きくなれませんよ?」

そういうと、澄ました顔で総司は茶を飲んでいる。何が何だかよくわからないが、セイは、渋々膳の上に放り込まれた煮豆も食べ終えると、ぷん、と腹を立てて浅羽ほどではないが足音も高く賄いへと膳を下げに行った。

 

 

– 続く –