種子のごとき 17

〜はじめの一言〜
言い分はいろいろ。

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セイが部屋を出て行った後、何事もなかったように皆、箸を動かして食事の終わったものから膳を下げに出ていく。

本当はセイと浅羽のことを案じていたのは総司だけではなかった。皆、それぞれに、浅羽とも付き合いがあって、縁あって一番隊へ来たのなら早く馴染めるよう、声をかけたりするのは当然のことだった。
新しく仕事も増えた浅羽がやりやすいよう手を貸すこともある。

だが、それだからと言ってセイへの扱いが変わるとか、そういったことはないのだ。浅羽は浅羽、セイはセイである。

浅羽が、伊東派の思想に近しくても総司に憧れていることは以前から皆の間では知られていた。総司に憧れているからこそ、伊東の一派に入りきらなかったともいえる。それだけ強い感情を持っている浅羽と、総司一筋で来たセイがぶつかることは想像できた。

だからこそ、初めに牽制をかねて、揶揄したりもしたが、彼らの予想以上に事態がこじれていることも見ていればわかる。歯がゆい思いをしていたのは一番隊の皆がそうだと言えた。

夕餉を終えて、それぞれが気ままに過ごしながら、少し早めに床を敷く者が出てくると、つられて布団を引っ張り出すものが増える。浅羽もセイも部屋には戻ってこないが、二人の分も気を利かせた誰かが一緒に広げていた。
ぽいっと仕上げに浅羽の枕を放り投げた相田がついに口を開いた。

「ったくよう。もうちょっと大人になって仲良くとまではいかなくてもうまくやれってんだ」

思わず呟いた言葉に苦笑いが広がる。女子ならばまだしも男同士はこの手のことには特に口に出すことが少ない。それでもたまりかねたのか、誰かがぼそりと呟いた。

「自分が思うより、意外と人からもよく見えてたりするもんだからな。きっとあいつらが思うよりずっと俺達はよく見てると思うぜ」

どちらを非難するわけでもなく、どちらの味方をするわけでもなく。誰もが心の中で頷き、それ以上何かを言う者もいなかった。廊下に面した障子の際に寄りかかるように座っていた総司は、黙って話を聞いていた。

周りから見ているからこそ、冷静にみられることもあれば、他人事ということもある。

―― これでわかってくれればいいんですけどね

どちらへともなくそう思った総司は暗い夜の庭へと目を向けた。

 

賄いに夕餉を下げた後、門脇の小屋の裏で浅羽は富山と密かに語り合っていた。門脇の小屋の裏は富山が手伝うようになって見つけた密談場所である。人がわずかに通れるほどの場所であり、ここならばほとんど誰かが通るということもない。

「やはり駄目だと思ったよ。沖田先生だけはとおもったが、あんなことをしていて本来の隊務がきちんとできるわけがない」
「ふむ」

浅羽が一番隊に移動してから、巡察中の取り締まりもなければ大きな捕り物もないために余計にそう感じるのかもしれない。移動になる前は、あまり捕り 物も多くなく、あっても一番隊や二番、三番とそれぞれが中心になって出張っていくので、余計にこれという機会に恵まれたこともないのだ。

「俺は浅羽のように沖田先生に心酔しているわけでもないからな。そもそも」

さして興味もなさそうに富山は腕を組んで板塀に寄りかかっている。富山はどちらかと言えば今の新選組のあり方よりも伊東派の思想の方が近いと言えば近いが、完全に伊東の考えに賛同しているわけでもない。
どちらかに大きく傾いていないからこそ、今は隊に残っているといえる。

「こんなことなら伊東参謀の一派へと着いて行けばよかったな」

―― 俺はこんなくだらないことに関わっているほど暇ではないのだ

自分ほどの腕があって、優秀な隊士がなぜ雑務などに精をだして、ろくに手柄を上げることもできずにいるのか。

親しくしている一番隊の隊士達も、皆それぞれ名乗りを上げて、手柄に応じた金をもらうこともある。それを思えば自分が同じ立場になっていないことがおかしい。
憤慨している浅羽から見ると今は、いかに親しくしている隊士であってももはや見下す相手だった。

「富山さんだってそうだろう。小荷駄や門脇などあんたがするような仕事ではないはずだ」

どうしても賛同を求めたいのか、浅羽はどこまでも富山に共感を求めている。日頃はそんなこともないのだろうが、今の浅羽はとにかく誰かの賛同が欲しかった。自分は間違っていない。
それは、自分の方がどこへ行っても声をかければ必ず皆が応じる態度を見ていてもそのはずだと思う。

―― 俺は間違っていないし、沖田先生が俺を重用されないことはないはずだし、いずれ、局長や副長の覚えもめでたくなるはずだ

そうすれば、自分の意見を進言する機会にも恵まれるかもしれない。

「おぬしがそうするというなら俺は止めんよ。やってみれば門脇も小荷駄も意外と面白い。俺はもう少しこのまま様子をみる」

詳しく教えてやる必要もないと富山は思っていたが、門脇も小荷駄も存外情報が集まってくるのだ。門脇は訪問予定があるものや、人の出入りによって、誰が何をしているのが把握しやすくなるし、小荷駄にしてもそうだ。
物の出入り、特に武器に関する部分も知ることができるというのは得られるものが多い。

隣で不満をぶちまけている浅羽をちらりと見た富山はそれ以上何も言わず、浅羽の話を聞き流して適当に相槌だけを打った。ここで切り離すのはたやすいが、浅羽がもたらす話にもまだ利用価値がある。

「俺も富山さんのようにあんな面倒な奴につかずに済めばよかった」
「本当におぬしは神谷が嫌いなようだな」
「当たり前だ。沖田先生しかり、ほかの皆もそうだが、なぜあんな奴を認めるのか俺には分からん」

怒る姿が、まるでほかの遊女に旦那を寝取られたかのようだと思ったが、それすらも富山には面倒なことだと思った。

 

散々、富山相手に不満をぶち上げた浅羽は、富山が戻るというのでまだもう少しと粘ったが、消灯の時間も近いために、渋々と諦めた。念のために時間を置いて、先に富山が小屋裏を出て後から浅羽が小屋裏からでた。急いで隊部屋の方へと戻っていく。

それを、道場の裏手からセイがじっと見つめていた。
たまたまだったのだ。膳を戻した後、気を落ちつけようと誰もいない道場に向かったが、稽古をする気にもなれず、人目に付くのも嫌で、裏手の方に出ると小さ な段に腰を下ろした。そこはそのまま門脇の小屋裏から一直線上で、門脇の小屋は明かりがついているのでよく見えたが、道場の方には灯りがない。

セイは、時間をおいて小屋裏に入っていく富山と浅羽の姿を捉えていた。

狭い場所に人目を忍んで入っていく二人が気になった。あちこちに思いのほか顔の広い浅羽だけに富山と知り合いでもおかしなことはない。

―― それにしても、この時間にわざわざあんな場所へ……?

首を傾げたセイは傍に近寄ることは避けたが、じっとその様子を見つめていた。初めは、セイの事を何か話しているのかと思ったが、それならばわざわざそんなところに行くはずがない。

出てきた浅羽の後について、セイは隊部屋へと戻る。散々不満を吐きだした浅羽は、気が済んだのか隊部屋に戻るとすでに敷かれていた布団に礼を言い、さっさと横になった。しばらく部屋の中の様子を窺っていたセイは、少し時間を置いてから隊部屋に入った。

ちょうど灯りを消すところだった相田がちらりとセイをみて、頷いてよく戻ったと合図を送る。曖昧に微笑を浮かべたセイは自分の夜着を手にするとそそくさと厠へと急いだ。

 

– 続く –