種子のごとき 19

〜はじめの一言〜
終わります。無駄に長くてすいません。

BGM:HERO ファンキーモンキーベイビーズ
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朝の支度も全体稽古もその日のセイはまるで以前のような動きをしていた。幹部棟の掃除もセイはセイの頃合いで動きだし、浅羽がいれば黙ってその手伝 いをして終われば次へ行く。時には浅羽がすでに回っていて、終わらせている仕事もあれば、セイの方が先回りしてしまうこともあった。

だが、それには構わずにセイは次々と仕事をこなしながら稽古に励み、巡察もこなす。
急に変わったように見えるセイに浅羽は例によって小さなことにも苛々としていた。昼餉を終えた後、手の空いたところでセイが浅羽のところに向かってくる。嫌悪感と共に身構えた浅羽の前に来たセイがはっきりした口調で話しかけた。

「浅羽さん。これから沖田先生のところへ仕事のご報告をしに行きます。一緒に来てください」
「……」

確かに浅羽も昨日、総司からしばらくの間、一緒に報告に来るようにと言われてはいた。だが、いきなりセイがこういう風に出てくるとは思ってもいなかった。
言うだけ言ったセイがくるりと背を向けてすたすたと幹部棟にいるはずの総司のところへ向かうのを慌てて浅羽が追いかけた。

はたして副長室にいた総司は、土方と語り合っている。

「富山の方は落ち着いたようだな」
「小荷駄や門脇にいれば、嫌でも知らなかったことがわかるようになりますからね。それが面白いと思って踏みとどまってくれるなら何よりじゃないですか」

富山が浅羽に対して言っていたのは本心らしく、もともと頭のいい男だっただけに、思うところがあったようだ。一時見せていた不安定な様子はなくなって、腰を据えて隊務に励んでいるように見える。

「やる気がねぇ奴ならいくらでもいなくなってくれて構わねぇ処だけどな」

まんざらでもない様子で腕を組んだ土方が言う。土方が認めるくらいには富山は使える男らしい。ふっと総司が土方の顔を探るように覗き込んだ。

「土方さんは大丈夫なんですか?」
「あ゛ぁ?」
「いいえ、大丈夫ならいいんですよ」

ひところの様に無意識で藤堂や斉藤の名前を出すこともなくなり、仕事の忙しさもあってか落ち着いたように見える。
先だって、原田からもう心配ないぞ、と耳打ちをされていたので、原田と永倉で何かをしたらしいのはわかったがそれはまた別の話である。

「大丈夫もくそも、面倒な奴らもいなくなって落ち着くかと思えばお取立ての話やら、引っ越しの話しやらで俺のどこに暇があるってんだ」

ふん、と鼻息も荒く並べ立てた土方にくすっと総司が笑った。

「土方さんですねぇ」
「当たり前だ。俺がほかの誰になるってんだ」
「らしい、ってことですよ」

面白くなさそうに鼻を鳴らしてから、組んでいた腕を解いて土方が文机に向き直ろうとしたとき、部屋の前から声がかかった。

「ご用談中申し訳ありません。こちらに沖田先生はいらっしゃいますでしょうか」
「開けても構いませんよ。もう用は済みましたから」

総司が答えるとしゅっと障子が開いてセイが浅羽と並んで廊下に座っていた。思いがけない二人にちらっと土方が総司に向かって視線を走らせる。

「雑務の件についてご報告にあがりました」
「はい。ご苦労様」

総司が頷くと先にセイが、後から浅羽が報告をする。てきぱき答えたセイに対して、浅羽は最後に一言嫌味を付け加えるのを忘れなかった。

「かようなわけで、先に私の仕事をかたずけられてしまうという出来事もありましたが、概ね順調です」
「そうですか。わかりました。神谷さんも浅羽さんも引き続きよろしくお願いします」

あっさりと受けた総司にたいして、むっとした浅羽が口を開いた。

「ちょっと待ってください。私の仕事であるのに、手を出した神谷さんには何もないんですか?」
「ありませんよ?お二人ともやるべきことをやってくれてると思ってます」

あからさまに眉を顰めた浅羽に対して総司は驚くこともなく、穏やかに応える。その後ろから土方が顔を向けた。

「浅羽」

は、と頭を下げた浅羽に向かって部屋の中から土方の低い声が届いた。

「お前はやるべきことをやれ。神谷には神谷の仕事がある」
「……承知しました」

鬼副長たる土方に直接逆らうだけの度胸はないらしく、ふて腐れた顔で浅羽が立ち上がると隊部屋へと下がっていった。その姿を見送ったところで土方が総司に向かって軽く顎をしゃくって行けと促した。

「神谷さん。この後時間があるなら甘いものでも食べに行きましょうか」
「はい」

頷いたセイと共に、総司が立ち上がった。先ほど、土方は総司に小粒を握らせてあった。頭を下げたセイと共に、総司は行きつけの店へと歩き出した。

「かーみーやーさん」

歩きながらふざけた口調で総司が呼ぶ。何度目かの呼びかけにセイが笑い出して返事をしなくなった。そのセイの頭にぽん、と総司の大きな手が撫でる。

「もう、いい加減にしてください。沖田先生」
「だって、神谷さんが頑張ってるなぁって思ったんですもん」
「頑張ってませんよ?」

そう答えたセイに、総司がん?と顔を覗き込んだ。セイは、きゅっと口を真横に引き結んだ。

「まだまだなんです。先生?」
「はい?」
「私、まだ全然駄目なんです。剣術の腕も、仕事も。でも、私にもこれまで頑張ってきたことがあって、それはやっぱり頑張ってきた自分だから大事にしたいんです」

聞いていると、総司にはとてもセイらしいな、と思える。頭の上に置いた手を下ろして袖口に腕を入れた。セイの歩みに合わせてゆっくりと歩きながら総司はまっすぐに前を見る。

「大事にしたいものも、……大事な人も。諦めたくないので」

くるっとセイが総司の方へと顔を向けた。晴れ晴れとした顔には何か、吹っ切れたらしかった。

「悔しいのも、なんでっていう思いも相変わらずあるんですけど、でも、このままっていうのも諦めきれないんです。だから私、このままにはしません。どこかでいつか、絶対に、浅羽さんの事も何とかします!」
「神谷さんらしいですね」

誰にでも好きなところも嫌いなところもある。それが人だから、当たり前のことで、合わないなら合わないなりの付き合いがある。いつか、それもくるりと反対になる日が来るかもしれない。その逆だってあるかもしれない。

それでも生きて、明日があるなら必ず道はつながっている。

ふっと笑った総司は、あれ?と足を止めた。

「神谷さん、今、なんて……。大事にしたいものも、大事な人もって……。大事な人って誰ですか!?」
「ひ、秘密です!!」
「神谷さん!!」

かっと赤くなったセイが慌てて小走りに歩き始めた。総司が大股でセイの後を追いかけていく。

「神谷さん?!大事な人って誰なんですか?!私にも言えない人なんですか!」

―― そんなの言えるわけないだろ!野暮天王め!!

べーっと舌を出して逃げ出したセイの後を追って総司が走りだす。

いつでも、どこにでも、どんな時代にでも、種子のごとき野心も妬心も芽吹き育つもの。だからこそ、その芽が育つか否かは、雨のごとく降り注ぐ想いが妬心を野心に、野心を希望へと変えるのだ。

悲しみはいつでも引き寄せられるが、希望や、夢や喜びは時間をかけないと育たないのだから。

 

– 終わり –