狼 後編

〜はじめの一言〜
おわりですー。結局あんまり格好よくなんなかった。トホホ。

BGM:origa rise
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

 

「神谷さん!」

抜き身のまま、総司が土方に駆け寄る。鎖帷子をつけていれば、切りあげたとしてもまだ戦える。そう思って刀を構えていたが、よく見ると切り上げた返す手で深々と突き刺されてた。

ほ、と息をついて、土方も総司も刀を収めた。

ひゅっと刀をひと振りして、懐紙で拭う。どこかしょんぼりと、セイが軽く頭を下げた。

「神谷、お前ぇ……」
「神谷さん!貴女、どこにいたんですか」

「……ずっとそこにいましたよ」

なぜか、土方や総司に対して、不機嫌そうにセイが答える。
襲われた気配も、立ち去った気配もなかったから、無事でそこにいることはわかっていたのだけれど、あまりに見事に気配を消したので、どうしたのかと思っていたのだ。

土方が助けられた悔しさもあって、ぶっきらぼうに言い放つ。

「敵前逃亡は切腹だぞ」
「だから、逃亡してないじゃないですか」

いつもならぎゃんぎゃん、土方に噛みついてももおかしくないところだ。嫌そうに答えているのは変わりないが、そういうわけではない。
総司が心配そうにセイの肩を掴んだ。

「神谷さん、貴女、怪我なんてしてませんよね」
「……してません。問題なければ屯所に戻ってもいいですか」
「神谷さん……?貴女、いったい……どうしたんですか?」

総司に掴まれた手をはずし、セイはその顔を見ないようにしている。その後ろで様子を見ていた斎藤たちは、問題なしとみてとりあえず男達を連れて一足先に去っている。
しょんぼりと立っているセイを前に土方と総司は困ったように、顔を見合わせた。

「これで終わりだったら帰りたいんですけど!」

再び口を開いたセイが、今度は怒鳴った。
総司はその姿に、今は何を言っても無駄だと思ったのだろう。確かに、こんなところであれこれ話をしていても仕方がない。

「わかりました。とにかく帰りましょう。ほら、土方さんも」
「ああ。仕事は終わったからな」

 

 

ひとりで帰ろうと思っていたが、この状況ではそれもかなわないだろう。仕方なく、セイはとぼとぼと土方と総司の後をついて屯所に戻った。先に戻っていた斎藤たちが出迎える。

「よし。詳細は明日聞こう。今日は休め。神谷」
「はい」
「局長の供、ご苦労だったな」

土方の言葉に、セイは黙って頭を下げると局長室に戻っていった。あとには、顔を見合わせている男たちを残して。

一人、部屋に戻ったセイは、懐に持っていたぼろ布を準備していた竹筒や火種の始末をした。着替えて、床を延べると、部屋の前によく知った気配がいることに気がついた。

―― 話したくないな……。

そう思っていると、隣の部屋から低い声がかかった。

「神谷、寝ているか?」

部屋の前の気配もそれに気づいたらしい。セイは、少しだけ副長室の襖を開いた。

「なんでしょう」
「お前、今日の仕事、気づいてたのか」

土方はおそらく床の中なのだろう。下のほうから沸きあがるように声がする。襖の前に端座して、セイが答えた。

「存じておりました」
「総司に聞いたのか?」
「いいえ」

誰からか聞いたのだろう、という問いかけにセイはむかむかと腹を立てながらも、否定の言葉を並べた。

「沖田先生は何もおっしゃっていませんし、そんなことを私に口外される方ではありません」

しばらく、考え込んだのだろう。間が開いてから再び、土方の声が聞こえた。
「わかった。詳しくは明日聞こう。遅くにすまなかった」
「わかりました。おやすみなさいませ」

襖を閉めると、いつの間にか部屋の前の気配も去ったようだ。ようやくセイは、肩から力を抜いてぐったりと疲れ切った体を横たえた。

翌日、戻った近藤を交えて昨日の面々が顔を揃えた。
昨日は、観察からもたらされた情報で、元々宴席に呼ばれていた近藤が標的になっていた。それを、話の矛先を捻じ曲げてセイを同行させることにして、巧みに標的をも摩り替えたのだ。
近藤もさることながら、花の阿修羅といわれたセイであれば、囮として申し分ない。派手に触れ回るようにしむける一方で、出動する面子を幹部に絞ったのは、本来の局長が狙われていた場合の備えと、秘密裏に話を進めるためだった。

元々はセイにそこそこ酒を飲ませて一人で帰し、それを狙って現れるはずの襲撃者達を待ち構えるはずだったのだ。結果的に上々なくらい上手くいったが、セイの行動だけは予想を裏切るものばかりである。

「で?お前は何であんな真似したんだ?」

決して叱責されるようなことではなく、むしろ褒められるべき位の行いである。土方だけでなく、その場にいる者たち皆が、予想外の行動の真意を知りたかった。
頭を下げたままのセイを促すように、優しく近藤が問いかけた。
「神谷君。誰も責めているわけではないんだよ。むしろ、上手く行き過ぎたわけを教えてほしいだけなんだ」

それを聞いて、それまで息をつめていたセイははぁ~と思い切り息を吐き出すと、顔を上げた。

「わかりました。不本意ですが申し上げます」

供の話だけならセイも、初めはあまり疑わなかっただろう。しかし、幹部会の後の皆の様子を見た後に、供の話を聞いて自分か近藤か、または二人ともが囮なのではないかと思った。
その後、もしそうだとしたらどういう話なのか随分考えながら支度を整えていると、土方から言われた総司や斉藤から“羽を伸ばしてこい”とか“酒を飲め”といわれた。
そこでこれは自分が囮なのだとはっきり悟ったのだ。
だから、音で相手の気をひきつけられるように鈴を用意した。暗闇でも戦えるように、煙管用の火種とぼろ布をきつく縛ってこぶにして、油をしみこませたものを用意した。
提灯の火が消えても、周囲に気を配れば火をつけて相手に投げつけることもできるし、灯りの代わりにもなる。

それから、どうせ酒を飲んでも飲んでいなくても帰されるならばと、酒も控え、料理もつつきまわすばかりでほとんど口にしていない。
元気がないならと帰されると、わざわざ家屋敷の少ない道を選んだのもそうだ。

ただ、ひたすら悔しかった。酒を飲めば自分は酔いやすい。その状態で何も知らされずに囮にされる程度なのかと思うと、悔しくて仕方がなかった。
そう思っていたからこそ、何も言わず支度を整え、わざわざ戦いやすい道を選び、立ち止まったのだ。

提灯の灯りを消せば、襲撃者が現れる。気配を消して、物陰に潜み自分のするべきことをするまでだ。
灯りを投げ込み、戦いやすくすると、自分もよほどその場に斬り込もうかと思った。しかし、客観的な位置にいたからこそ、指示を受けて襲撃しているはずの者たちの中に、指示を出しているものがいないことに気がついた。
急いで、その場にいないなら、自分ならばと思考を巡らせた。その結果、最後の襲撃者が、気を抜いたところで現れると思い、懐に入れた鈴を握り締めてじっと息を殺していたのだ。

最後の襲撃者も、同時に走り込んで自分に気づかれたら終わりだ。影が動いたのにあわせて、セイも走り出したが、上手く気配を操って、その男のものに重ねた。そうすることで、背後への油断を誘い、上手く斬り倒したのである。

「下から切り上げましたが、鎖帷子をつけていたら致命傷にはなりません。そのため、返す手で突きました」

あまりに見事としかいえないような手際の良さである。自分を的確にわきまえ、悪戯に襲撃者の相手にならず、土方達の戦闘の邪魔にならぬように場を整え、最後の一撃できちんと敵を倒しきった。

その場にいた者たちは、自分達がまだまだ子供、未熟者と侮っていたセイがここまで一人で状況を理解し、対応したことに舌を捲いていた。
彼らにとっては、酒に酔い、襲撃者たちに襲われる姿しか思い描いていなかったのだ。

「なんか、すげぇな。神谷。見直したわ、俺」

もっとも素直な藤堂が一番先に口を開いた。

「俺、神谷がそこまで考えて、動けると思ってなかったよ。ごめん!!俺、勝手に見下してた」

「そうだな。俺達がいつまでも神谷君に成長しろといいながらもいつまでも童だと侮っていたな。申し訳ない、神谷君」

それに続いて近藤が頭を下げた。セイの話より先に、すでにその場の状況を聞いていた近藤は、鈴を投げつけたタイミングのよさ、火の手際、気配の殺し方など、そこにいる幹部達となんら遜色のない働きをしたセイに誇らしいものを感じていたのだ。

「いえ、いいんです。私がまだ信頼していただけるようなことが……できないから……仕方ない……し……悔し……~~っ」

だんだん語尾がくだけて、じわじわと我慢していた涙が堪えきれずに溢れ出した。噛みしめた唇からうめくように呟きが漏れた。

セイの両脇にいた斉藤と総司が揃って手を伸ばした。総司はその肩を優しく撫でてやり、斉藤は月代をぽんぽん、と軽く叩く。

「そんなことありませんよ、神谷さん。貴女は私達の信頼に十分に応えていますよ。応えられていないのは私のほうだ。貴女を育ててきたのに、こんな風に貴女の信頼を裏切るような事をしてしまった。ごめんなさい」
「そうだな。俺もだ。甘やかしているつもりはなかったんだが。すまなかった」

えぐえぐ、と泣きながらも両脇から伸ばされた優しい手に首を振る。

「ほ、本当に、私、間違ってませんでしたか」

セイはセイなりに、斉藤だったらどうするだろう、総司だったらどうするだろう、と必死で考えたのだ。認めてもらえなかったことを嘆くのではなく、悔しいから認めてもらう、認めさせるために。

「あー……間違ってねぇ。お前は十分な働きをした。これからはちゃんと必要なことは教えてやる!」

憮然とした声が降ってくる。セイが初めの鈴を投げつけた相手、土方である。

「それって必要だと思わなかったら教えてもらえないのは変わらないじゃないですか!」
「あたりめーだろ!!お前みたいな童に何でもかんでも教えられるか!!」
「童、童っていいますけどね!副長なんて、危うく後ろ傷だったくせに何、偉そうに言ってんですか!!」
「あー?!何言ってんだ、俺が気づいてなかったわけねぇだろ!あんなのわざとだ、わざと!!」
「よく言いますね!!鈴の音がしたからでしょ!!」

がばっと身を起こしたセイとムキになった土方とが睨みあう。ふんっ、と腕を組んだ土方が、ぴっと紙包みを投げて寄越した。
おそらく1両小判が包まれていそうな感触がする。

「だから!!よくやったなってんだよ!……それで美味いものでも食って来い。しばらくは暇をやる」

セイが呆気にとられて紙に包まれた1両を手にすると、素直ではない土方が、そっぽを向いている。
背後から原田と永倉によって、セイの手にあった1両がぱっと取り上げられた。

「近藤さん、俺達も一緒でいいよな?」
「神谷に詫びってことでさ」

つまり、自分達も一緒に美味いものを堪能してきていいかということらしい。笑いながら近藤が許可を出した。

「もちろんだ。神谷君に十分詫びをいれてこい」

やったー!!という声が上がり、まだ半泣きだったセイがその体ごと抱えあげられた。
原田たちに担がれて、あっという間に連れ出されていく。

「ちょ、待ってくださいよ。原田先生!永倉先生!!」

「いいじゃねぇか!タップリお詫びさせてもらうぜ~」
「そうそう。美味いものって何がいいかな?今頃だと、鱧?」
「なんでもいいじゃねえか。酒がつけば何でも美味ぇよ」

「なんでそうなるんですか!ちょっ、や~め~て~~~~~!!」

三人組に担がれているセイの、むなしい声が響く。
斉藤が総司の肩を叩いた。

「俺達も行こう。あれでは神谷が大変だ」
「そうですね」

相変わらずの三人が、セイを元気づけようとしていることもすぐにわかる。
優しい男達だから、危険にさらしたくなくてあえて黙っていたことも、十分わかっている。それはセイとて同じなのだろう。その上で、もっと先を望むのがセイなのだ。

斉藤と総司がセイたちの後を追って、部屋を出て行くと後に残ったのは近藤と土方。

「本当に神谷君は成長したな」
「ああ。犬が育てりゃ犬になっちまうが、アイツは俺達、狼が育てたんだ」
「狼の子は鬼になるか」

ふ、と土方が口の端をあげた。

「何言ってやがる。とっくに鬼の子だよ、近藤さん」

昼間から酒と美味いものに連れ出されたセイが、大トラになったのはいつもの話。。。。

– 終 –