闇に光る一閃 4

〜はじめの一言〜
土方さんって。かっこいいと思うわけですよ
BGM:Bon Jovi It’s My Life
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屯所に戻った一番隊はそれぞれ解散になると総司が土方の元へと報告に向かう。隊部屋を出る間際にくるっと振り返ってセイを呼んだ。

「神谷さん。貴女もあとで副長室にくるように。着換えてからで構いません」
「……はい」

また大目玉をくらうのかとしょんぼり落ち込みながらセイは急いで誇りにまみれた着物を着換えた。相田達がかわいそうにと次々に慰めの声をかける。
セイが子供や、前髪だとか姿形について言われることを何より嫌っているのは皆がよく知っている。

「気にすんなって」
「そうだよ。このところあいつら多すぎるんだって」
「あんな真似ができる奴なんだからお前は気にしなくていいんだよ」

口々に慰めを言う皆に涙を浮かべたセイが頷いた。泣くまではいかなくてもやはり落ち込んでいる。せっかくうまく相手を斬り合いにならずに抑え込んだと思ったのに、とんだ失態なのだ。

「うん。私が悪いから仕方ないんだ。ごめんね。皆。ありがとう」

行ってくると言い残してとぼとぼとセイは副長室に向かった。

「神谷です」

声をかけてから失礼します、と障子をあけると土方と総司が向かい合っていた。

「神谷さん。じゃあ、お茶と黒饅頭と網を持ってきてください」
「……は?」
「は、じゃないでしょう!は、じゃ!!巡察が終わったらお饅頭って約束したじゃないですか!!」

てっきりこっぴどく副長の前で叱られると思っていたセイは豆鉄砲でも食らったような顔でぽかんと口を開けた。副長室に入る前に追い出されることになったセイは、首をひねりながら賄いに向かって茶と饅頭の支度を整えた。

「しかし、小者が多いな」
「そうですね。ただ、小者でも集まってきているのはなかなか腕が立つ者達が多いような気がします」

ここしばらく、一人、二人、または三人という少人数を捕えてはいるが、どれもこれもパッとした情報は持っていなくて、町方に引き渡してもまたす ぐに釈放になってしまうことが増えている。いっそ、今日以上に刀を抜いて暴れでもしてくれれば話は早いのだが、皆、新選組にちょっと来い、と言われたから 思わず逃げてしまったと言えばそれ以上はいくら責めても何も出てこない。

「ったく町方の奴らは甘すぎなんだよ」
「そんなこと言ったって仕方がないですよ。私達とは違いますからね」
「そんな甘いことを言ってるから俺達がいくら捕まえても、またすぐに逃げられて、また捕まえてを繰り返すんだ」

舌打ちをする土方は、次々と巡察のたびに増えていく報告書の束を忌々しそうに睨みつけた。

「報告書に罪はありませんよ?」
「だったらお前もあいつに甘くするなよ?また何をやらかしたのかしらねぇが」
「なんでもありませんよ」
「そういうけど、お前は神谷を甘かしすぎだ。いざとなったら神谷のことも斬り捨てるくらいでなくてどうする」

どきっと総司が胸の痛みを感じたのとほぼ同時に障子が開いた。

「勝手に斬り捨てないでください。副長!」
「うわっ。神谷さん、いたんですか?」
「沖田先生、お言いつけどおりお持ちしました。ちょうど部屋の前に来たら斬り捨てるがどうのって。もう、私はそんなことになったら自分の始末くらいつけてみせます!」

ふん、と鼻息も荒くセイは土方と総司に茶を差し出すと、火鉢の上に網を置いて割った黒饅頭を炙り始めた。怒られるどころかつい、土方相手には喧嘩を売ってしまう。
そんなセイを諌めることをついその瞬間見逃してしまった。

―― 神谷のことも切り捨てるくらい

言葉だけでこんなにも衝撃を受ける自分の無自覚さに笑いだしそうになる。
こんなことで大事な仕事が務まるのかと思う気持ちと、相反する気持ちが常に自分の中で戦い続けていた。

「沖田先生?」
「……お饅頭」
「はい?」

ぐっと心の中に想いを隠して。

「何個までですか?」

にっこりと総司が笑い、土方がその向こうでうぷ、と口元を押さえた。

 

 

錆蔵の住まう茶屋の奥では、いつになく活発な議論が交わされていた。薄曇りの日で人通りもいつもよりも少ない。そんな中で町屋の奥から男達の言い争う声が聞こえるのはまずい。

首から下げた手拭を放り出して、錆蔵は急ぎ奥の町屋へと向かった。格子をあけてずいっと奥へと入ると、一番広くて、皆がたむろっている部屋の襖を勢いよくあけた。

「お前さん方はそんなに命が惜しくないのか?!表の通りまで怒鳴り合いが聞こえてるぞ!!」

すぱん!という勢いのいい音と、低い声ながらその場の全員を黙らせる勢いのあった錆蔵の声に座がしん、となった。

「すまん。錆蔵。実は声をかけていた者が二人ほど、また新選組に捕まった」
「このままじゃ次はお前さん方だ」
「そう言うな。これで何人になると思う。集まってきてくれた者達が次々と捕まっていくんだぞ」

恭之介と睨み合った錆蔵は、眉間から鼻の頭にかけて深い皺を刻んだ。ぐっと握りしめた拳が震える。足元に視線を落とした錆蔵の低い声が響く。

「俺は奴らをやるために武士を捨てた。武士だからじゃない。捕まる奴らは悪いがその程度の者だったってことだ。こうして俺達は捕まらずにいるんだからな」
「……すまない。静かにする」
「頼む……」

肩に手を置いて詫びた恭之介の顔を振り返った先に、錆蔵の知らない顔ぶれがずいぶん増えた。皆、真剣な顔の者もいれば、飄々として全く関心もなさそうな顔の者もいる。

苦々しい思いで錆蔵は茶店へと戻った。

このままいくら人を集めても、奴らに近づけないかもしれない。ここしばらくと言ってももう一月以上になるかもしれない。いい加減焦れてくる。そしてその中でも無茶なことをした者達やしくじった者達がこうして捕まっていく。

「あとどれくらい時間がいるっていうんだ」

茶店に戻った錆蔵は首のところへ手拭を掛けると湯を沸かす炭を置いている陰から手拭にくるまれたものを引っ張り出した。
刀を捨てたときに、それだけは残した脇差だ。錆蔵は、恭之介とともにかなりの腕前だったという。

わずかに鯉口を斬ると、耳になじんだ音がする。手入れだけは欠かしたことのないこれを常に身近に置いていることは、錆蔵の中の野望を常に身近に置いているということだ。

通りから現れた客の声で我に返った錆蔵は、努めて明るい声で受けながら急いで脇差をしまった。世の中を変えることなどできないかもしれないと思えば思うほど、一人の力ではダメだということよりも、近藤達のせいだと思ってしまう。

茶と饅頭を盆に載せた錆蔵は、努めて気取られないように客の前へと茶を運んだ。

 

– 続く –