浴衣

〜はじめの一言〜
毎日暑いので、気持ちだけ涼しくしてみました。逆効果なのは秘密(w。
BGM:大塚愛 金魚花火
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「痛い……」

お里の家の中で一人、セイが呟いた。例のごとく、お馬のための休みをもらって来ていたものの、お里は、正坊と共に、体調を崩して八木家に世話になっていた。
正坊について八木家に行っている間に、お里まで体調を崩してしまったらしい。

セイにしても一人で気兼ねなく過ごせばいいので気にしないように言付けると、気楽に過ごしていた。

このところ、小姓務めで気が張ることが多く、ましてや副長付きである。気を使うことが多いせいか、お腹の痛みがかなりひどい。
下腹部の痛みに眉を顰めながら、苛々と手を動かしていると、ぷちっと指先を刺してしまった。

その手にあったのは新しい浴衣である。
藍染の男らしい柄で、さらりとした上質の生地を求めたのは、ちょうど休みを取って、お里の家へ向うところだった。
暑さとお馬で神経をすり減らしていたセイが、途中の呉服屋に立ち寄ったのは、初め、自分とお里のものを見るためだった。
自分のものは男物にして、生地が余ればいつものように正坊のものも作ってやれる。

そう思って、男物の浴衣地を見せてもらっていると、藍染に白鼠色のよろけ地のものが目に入った。爽やかな柄でかつ、手にとって見ると非常に良い品である。

「お武家はんには、ちょっと男らしゅうありまへんか?」

確かに店の者がいうように、この柄では上背のあるものではないと、着こなせないだろう。セイのように小柄な可愛らしい姿のものには似合わない。悪いことを言ったかと気遣う店の者に、首を振った。

「いえ、私のものではなく、とても知人に似合うと思ったので」

嫌な顔もせずに、セイは自分のものやお里のものを買い求めることをやめて、その浴衣地を買い求めた。三日あれば、セイ一人でも縫い上げることはできるだろう。

―― 気に入ってもらえるといいけど……

それから、お腹の痛みをやり過ごしながら浴衣を縫っているのである。普段から、身の回りの世話をしてきただけに、大体の寸法もわかっている。

―― きっと、これを沖田先生が着たらすごく格好いいと思うんだ

その姿を思い浮かべて、再び手を動かす。
暑さも、お腹の痛みもすべての苛々が、これを着ている姿を想像するだけでさっと引いていくのには、自分でも恥ずかしいくらいで、時折一人で、いやーとか、うわーとか意味のない言葉を呟きながら、針を進めた。

 

三日目の夕方、縫い上げた浴衣を手にして、屯所に戻ったセイは、はた、と気がついた。

―― あれっ?!縫ったはいいけど、これどうやって渡そう?!

男が、いい生地を見つけたからといって浴衣など縫うわけがない。お里に縫ってもらったことにしたとしても、渡すには理由がないと、いくらなんでもおかしいだろう。

せっかく、いい気分で戻ってきたのに、肝心の渡す術がないことに今更になって気が付いたセイは、おろおろと手にしていた浴衣を包んでいる風呂敷をどこにどうしたものかと思う。

困ったな、と思いながら局長室においてある私物の行李に持ち帰った浴衣を仕舞い、副長室に顔を出すと早速用事を言いつけられてしまった。

それきり、一番隊が巡察の時間だったり、セイが所用で外出してしまったりと、総司と顔を合わせる機会もなく数日が過ぎてしまった。

「神谷、俺と近藤さんは今夜、近藤さんの妾宅にいくから明日の昼までお前は好きにしていいぞ」

その日、朝からずっと忙しくしていた土方が、午後になってセイにそう言った。

深雪太夫の件の後、近藤の妾宅を訪れていなかった土方は、お孝が嫌われていると思っていると近藤に言われて、しぶしぶと招きを受けることにしたらしい。面倒だとぼやきながらも夕刻、着流し姿になった近藤と土方は、連れ立って出かけていった。

二人を送り出した後、セイは雑用を次々片付け始めた。鬼がいない間にあれこれ動き回り、やっと一息ついた頃、巡察から戻って汗だくの総司が顔を出した。

「あれ?土方さんは外出ですか?」
「お帰りなさい、沖田先生。副長は局長と一緒に妾宅に行かれましたよ」
「なんだ、そうなんですね。じゃあ、神谷さんは置いてきぼりですか?」

特に大きな報告があったわけでもないのだろう。急ぐわけでもなさそうな総司の様子に、セイもようやく一段落したところだと答えた。

「明日の昼までお休みもらっちゃいました」
「おや。それじゃあ、この後ちょっと出ませんか?川床にでも涼みに行きましょうよ」
「いいですね。ご一緒させてください」

セイが二つ返事で答えると、総司が嬉しそうに頷いた。

「じゃあちょっと汗を流して着替えてきますね」
「あ!ちょっと待ってください、先生」

ちょうどいいと、急いでセイは行李にしまっていた浴衣を取り出した。少しだけ頬を染めながらそれを総司に差し出す。

「あ、あの、もしよかったら新しい浴衣を……。そのよくお似合いじゃないかと思ったので」
「私のですか?」

総司は受け取ると、風呂敷包みを開いた。先日のセイが縫い上げた浴衣をみて、にこっと笑った。

「ありがとう。せっかくですから、これを着て出かけましょうか。少し待っていてくださいね」

小半時後に門の辺りで、といい、総司は汗を流しに行った。
さすがに、セイは浴衣というわけには行かないが、すっかり汗臭くなった着物を着替えてこざっぱりすると、いそいそと門へ向った。

すでに、着替えた総司が門番と語らっている。

「沖田先生、新しい浴衣ですか?格好いいですね。よくお似合いですよ」
「そうでしょう?ふっふっふ。あ、神谷さん」

ひどく機嫌のいい総司が提灯に灯りを入れながら、浴衣姿を見せている。
夕暮れ時の薄闇のなかで、きりりとした立ち姿に、セイは見惚れてしまいそうで慌てて駆け寄った。

「お待たせしてすみません」
「いえ、行きましょうか」

―― よかった!やっぱりすごく良く似合ってる。

隣を歩く姿を見ながら、セイはひどく幸福な気持ちになった。

そんなセイに総司もセイに負けないくらい幸福な気持ちだった。
数日、セイの行李にしまわれていたせいだろう。いつも微かに香る、セイの香りが浴衣に移っていて、動くたびにふわり、と鼻先をくすぐる。
きっと本人は、いつも自分が纏っている香りだから気がつかないかもしれないが、総司にはそれがとても嬉しかった。

セイが見立てて、おそらく縫ってくれた浴衣も、香りも、すべてがセイに包まれているようで。

「ねえ、神谷さん?」
「なんでしょう?」
「どうですか?似合ってます?」

少しだけ灯りを持ち上げた総司が、浴衣姿を見せるように腕を広げて見せた。

長身に映えていて、とても似合っている。

―― うわぁ……、やっぱり格好いい

日が落ちて暗くなっていて、良かったと思う。多少顔が赤くなっても、これならわかるまい。こく、と頷いてセイは満足げに答えた。

「よくお似合いですよ。気に入ってくださったなら良かったです」
「もちろんですよ。貴女が縫ってくださったんでしょう?」
「あ、はい……」

さすがにこんなに日が開いてしまうとお里のところで縫ってもらったとも言いにくい。
ぽつぽつと、お里のところに向う途中で、浴衣地を見つけたこと、ちょうど一人だったので、その間に縫い上げたのだけれど、機会がなくて渡しそびれていたと話した。

「なぁんだ。そうだったんですね。それで仕舞い込まれていたんですか」
「ええ」
「それは良かった」

「え?」
「いや、仕舞い込まれていたお陰で神谷さんの香りが……あっ、いやっ」

総司がうっかり、移り香のことを途中まで言いかけて、慌てて口を押さえた。
それを聞いて、セイも気がついた。確かにお馬の後だったので匂い袋も代えたばかりで近くにしまっていたから、香りが移ったのだろう。

「あ、すいません……」
「いえ、あの……」

お互い、妙に照れてしまい、そっぽを向いてしまう。困ったな、と思っていると総司がセイの手をつかんで歩き始めた。
セイの顔を見ないようにして総司が早口で言った。

「神谷さんの香りだなぁと思って嬉しかったんです」

つないだ手が熱くて、いつもは野暮天の総司が一生懸命嬉しかった気持ちを伝えてくれたのがわかる。
きゅ、とつないだ手を握り締めて、セイの顔にぱあっと花が咲いたように笑った。

その夜、照れくさそうにしながらも、総司はセイの手をつないだまま……。

 

– 終わり –