夕焼けの色~「喜」怒哀楽 2

〜はじめのつぶやき〜
喜び、は斉藤さん編かな。

BGM:Superfly 輝く月のように
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「大丈夫ですよ。斉藤さんなら」
「沖田先生!その自信はいったいどこからくるんですか!」
「どこからって……、何となく?」

がくっと握り拳を固めていた隊士達が脱力してへたり込む。
何がそんなに問題なのかときょとんとしている総司にいくら話しても埒があかないとセイを止めに行こうとした隊士達に向かって、総司は思いのほかきっぱりと言った。

「神谷さんに余計なことを言わないでくださいね。神谷さんは斉藤さんに頼まれたら嫌とは言わないでしょうから困らせるようなことは言わないでください」

それでいいんですか、と誰もが言いそうになって、背を向けて隊部屋に入っていく総司に何も言えなくなる。今、ここにセイがいないからすべてがいけないとでも言いたくなってくる。

不器用すぎる総司に、皆がなし崩しに隊部屋の中に戻り、どちらかといえば不機嫌な空気が広がっていった。

しばらくして隊部屋に戻ってきたセイは、その場の空気よりもぎこちない皆の態度に首を傾げた。

「何かしました?山口さん」
「どうもしねぇ」

いつもなら、軽口の一つも叩くところなのに、にべもなく突き放した言い方でセイから離れていく。皆が皆、そんな様子で、夜になっても変わらない様子に訳が分からないセイはふてくされてさっさと横になってしまった。

総司は、見ていても、あからさまにそれを咎めるわけにもいかず、隊士達も振り上げた拳の下ろし先を見失ってしまい、一番隊の隊部屋は、早い時間から灯りが消えてしまった。

むしゃくしゃした想いを抱えて、とにかく寝るしか手段がなかった一番隊の中で、総司はいつまでも目をあけて、隣に眠るセイの寝顔を見ている。
どんなに疲れていても、この顔を見ていると幸せな気持ちになって眠ることなどできないのだ。

―― 神谷さん……

斉藤を信じているといっても、男と女のことだ。本当は何も考えたりできなかったが、自分には何も言う資格がないと思っている。

隊部屋の中に響くいびきに紛れて、そっと総司は身を起こした。投げ出された腕をそっとつかむと、セイが自ら自分の顔の上に片腕を乗せる。

手首から肘にかけて夜着から覗いた腕の内側。
自分ではよほどでないと見もしない肘の裏側にそっと口づける。

悪戯に小さく咲いた赤い印は、せめてもの護符の代わりだ。本当なら体中につけてやりたいくらいなのに、小さな跡にもう一度口づけると、再び横になって、総司は目を閉じた。

 

 

 

隊士達の態度が変わらないまま、昼を過ぎた頃、総司はセイを少しでも皆から離すように廊下に呼んだ。

「昼餉を食べたら、斉藤さんの用事に付き合って上げてください。斉藤さんからも聞いているかと思いますけど、副長の許可も出ているそうですし、私にも昨日、断りがありましたから」
「はい。戻りはわかりませんが、それほど遅くならないんじゃないかと思います」

何も知らないセイは、隊士達の急な態度に落ち込んでいて、総司のどこかに棘の刺さったような顔には気が付かなかった。

総司は一応気遣ってはいたが、ほかの者たちの態度があまりにいたたまれなくて、セイは早々に支度をはじめていた。

「……あまり気にしない方がいいですよ」
「……私、何かまずいことでもしたんでしょうか」

口元がゆがんで、いつもなら、いつもなら、という言葉が胸の中でぐるぐると踊る。
そんなセイの頭にあやすように手を置いた総司は、わざとおどけて見せた。

「きっと神谷さんが人気者だから皆、ちょっと拗ねているだけですよ。さ、気にしてるくらいなら向こうで昼餉を食べて早くいってらっしゃい」
「沖田先生……」

不安そうな目をしていたセイは総司に促されると頷いて、支度を整えた姿のまま、賄いに向かった。賄いの片隅で昼餉をとるつもりだった。
山口たちには何と言われようと、総司には総司の筋の通し方がある。

三番隊の隊部屋を覗くと斉藤の傍につかつかと近づいた。

「斉藤さん。神谷さんが」

そこまで言って、一度言葉を切った総司は、斉藤の顔が変わったことに気づいて、気づかないふりをする。

「神谷さんが賄いで先に昼餉を取ってますので、お願いしますね」
「あ、ああ」
「……早めに、……戻った方がいいかもしれませんよ。ほら、雨が降りそうだし!」

快晴で雲もほとんど見えない空を指差した総司が気まずくなったのか、じゃあ、といって、すごすご引き上げていく。

―― 悪いな、沖田さん。だが、今日一日は神谷は俺のものだ

そう思うと、飴玉のように甘くなる。甘美な思いを噛みしめながら斉藤は賄いに向かった。

斉藤が現れると、支度を待っていたセイが、片隅にちょこんと座っている。

「すまんが……」
「斉藤先生!すみません、今ちょうどご用意を」
「いや、いい。神谷、どうせ昼がまだなら今からでも構わないか?」

斉藤に気づいた小者に片手をあげると、驚いた顔で見上げているセイに、予定の繰り上げを告げた。せっかく小者が用意してくれている最中とはいえ、セイにとっては渡りに船である。今は屯所内にいるのは気が重かった。

「構いません。すぐに出られますが」
「そうか。だったら頼む」

斉藤も羽織は身に着けているし、刀も手にしてあった。残念そうな顔の小者達にすまん、ともう一度声をかけると、斉藤はセイを伴って屯所を後にした。

「それで、今日はどのような?」

気づまりの屯所から解放されて、気力を取り戻したセイは、反動なのか妙に明るく話しかける。腕を組んだ斉藤は、そんなセイの態度よりも、これから二人きりということに舞い上がる自分を押さえるので手一杯だった。

「とにかく、昼餉だな。そこで着替えもできるように手筈は整えてある」
「着替え?がいるお仕事ななんですか?」
「まあ、そんなところだ」

曖昧な斉藤の返事に、頷きながら、セイはまぶしい陽射しに手を掲げた。

 

 

– 続く –