再会~喜怒哀「楽」 11

〜はじめのつぶやき〜
・・・、は終わりの呟きへ。

BGM:Superfly 輝く月のように
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部屋に戻った宗次郎は、寝間着に着替えて横になった。布団の中から、半分しか閉めなかったカーテンの向こうに月が見える。それを見ながら、宗次郎はしみじみと考えていた。

誰にも関わらず、心を預けず、大切な人を叶う限り作らないようにしてきたつもりだ。

―― あんな風に嘆くほどに自分の情愛は深い。だからこそ、そんな相手を作ってはいけない

「……それでも、神谷さんは温かい」

馬鹿な、と自嘲気味に笑った宗次郎は目を閉じる。

―― 本当は……

考え事と、夢の境が無くなって少しずつ夢の中へと足を踏み込んだ宗次郎は、夢の中で誰かを探していた。暗い中を月の明かりだけを頼りに歩き回っていると、少しずつふわふわとした場所から足元が少しずつ定まってくる。

暗闇の中で背を丸めて嘆く自分の姿を見つけた。まるでそこかしこに悲嘆にくれる痕跡が残っていて、自分自身が苦しくなってくる。

「そんなに苦しむならどうして好きになったんです」

いつもなら、一緒になってその嘆きに寄り添っていたが今日は違った。勝手に口をついて言葉が出てくる。

「どうして誰かを」
「ほかの誰でもない!―― さんだから好きになったんです。ほかの人なら、こんなに、全身で想ったりしない……」

その瞬間、おそらく過去の、自分の姿が見えてくる。寂しくて、自分を受け入れてくれた人たちがすべてで、自分の力で彼らを支えられることが誇りだった。
そんな自分を全身で受け止めて、慕ってくれた目が焼き付いて……。

いつも精一杯で、可愛くて、いつの間にか心の中に住み着いて、誰の手にも渡したくなくなった。
明日をも知れぬ身だからこそ、一度でもいい。憎まれてもいい。それでも、自分だけのものにしたかった。

そんな想いにとらわれた自分のことさえ、受け入れてくれた。

「いついなくなってもおかしくはないとわかっていても、あの人だけは!あの人だけは目の前からいなくなるなんて考えられなかった!逝くなら自分の方が先だと思っていたのに!あんな風に、私の目の届かない場所で一人逝くなんてっ!」

嘆く自分の傍に腰を下ろした宗次郎は、膝を抱えた。嘆く自分の気持ちが初めてよくわかった気がする。

「そんなに嘆かなくても大丈夫ですよ。その悲しみは私が全部引き受けますから」

止まらなかった嘆きが止まる。背中を合わせるようにして座った宗次郎はゆっくりとその嘆きに寄り添う。

「私の悲しみは、今の私のものでもあります。その想いがきっと私を導いてくれるはずですから。必ず、もう一度出会います。あなたの大好きだった人に」

もしかしたら、もう出会っているのかもしれない。
この胸の中にぽかぽかとあたたく力がみなぎるような感覚は、きっと過去にもあったはずだ。

「出会って、もしその人が何も覚えてなかったとしても、きっとわかるはずだから……」

どうしようもなく引き寄せられて、必ず出会うはずだ。

「……あの人は泣き虫だから。きっとたった一人で泣いてるはずなんです。だから、早く傍に行って」

過去と今の自分が頷き合う。

「あなたの悲しみは私が引き受けます。その人の涙も全部、私が引き受けますから」

膝を抱えた宗次郎の肩に、泣き叫んでいた過去の自分が手を置いた。ゆっくりと立ち上がって、眠る寸前に見た月明かりのような光がその身を包み込んでいる。

「あの人を、守ってあげたいんです」
「ええ。一緒に、過去のあなたの分も、過去のその人の分も」

夜が明けるように暗闇が引いて、目の前が明るくなる。

―― もう暗闇で嘆き続けなくていいんですね

 

 

 

朝になっても部屋から起きてこない宗次郎が気になって、朝食の支度を済ませたセイは、二階へ上がった。宗次郎の部屋の前で、うろうろと迷った挙句、ぐっと口を一文字に引き結んで拳を上げた。

とんとん、と引き戸を叩く。

「沖田先生?お目覚めでしょうか。沖田先生?先生?」

何度か引き戸の前で宗次郎を呼んでも返事がないことに心配したセイは、すみません、と呟いてからそっと引き戸を開けた。顔を滑り込ませたセイはもう明るくなった部屋の中を覗くと布団がまだ丸く盛り上がっていた。

どうしよう、と思いながらそこに近づいたセイは、そっと布団越しに揺り起こした。

「沖田先生?!沖田先生、朝です!起きてください」
「……ん~?」
「沖田先生!」

ぴしゃりと怒鳴った声に、びくっと目を覚ました宗次郎はがばっと起き上がった。

「あぁっ!」
「えぇ?!」

セイの顔を見ると、まだ寝ぼけている宗次郎が驚いている。

「……神谷さん?」
「はい。朝ですよ!起きてください。もう遅れてしまいます」
「はいっ、起床の太鼓……」
「はぁ?何をおっしゃってるんですか?」

左右に宗次郎の目が彷徨って、過去と今が混ざり合う。あっと我に返った宗次郎は離れた机の上に置いたままの時計を見た。

「うわっ!!こんな時間!」
「だから起こしてるじゃないですか!」
「ありがとうございます!すみません、すぐ着替えますから、部屋、出てください!」

今度こそ飛び起きた宗次郎が布団から立ち上がると、部屋の柱に掛けてあったシャツに手を伸ばす。慌てたセイは急いで宗次郎の部屋から出て引き戸を閉めた。

「どうもありがとう!神谷さん。大好きですよ」

部屋の中から聞こえた声にセイが動きを止めた。部屋の中からは慌ただしく動き回る気配。

「……えっ?!」

耳から聞こえた言葉がようやく頭にたどり着く。その衝撃に頭が真っ白になったセイが、何度もえ?と繰り返していると背後の引き戸が開く。

「ほら、なにをしてるんですか。神谷さんも早く支度をしてください。遅刻しますよ?」

私は下に行って、顔を洗ってますから、とさっさと廊下から姿を消した宗次郎を見送ったセイは、衝撃から我に返ると思わず叫んでしまった。

「なんなんですか!?」

また、新しい想いが動き出す。
想いは人を引き寄せ、そしてめぐり合う機会をくれる。そこから新しい出会いと新しい想いを紡いで、次へと繋げていく。途切れることのない、想いの連鎖は二人を未来へと送り出してゆく。

「神谷さん!遅れますよ?」
「はい!今行きますから!」

腰に刀は差していなくても、あの頃と同じように、そして今また……。

– 終わり –

 

– + – + – + – + – + – + – + – + – + – 終わりの呟き

本当に難産だった「楽」

いかがだったでしょうか。実は楽にはもっとお話が続いていて、二人がどうなっていくかまで描いてありました。
ただ、このまま続けるには恐ろしく長く、ほかのシリーズ並みの勢いになりそうだったので、今回の3周年キャンペーンではここまでにすることにしました。
初めは、兄上の見合いから始まって、二人がデキた!と思ったら離れ離れになって、そして……という4章立て。
思った以上にかかってしまう申し訳ありませんでした。
連載中の作品にもどりますが、これからも響月庵と闇月庵闇響庵をよろしくお願いいたします。