秋空に紅葉 2

〜はじめの一言〜
のほほんとした雰囲気で行きましょう。

BGM:
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ごろん。

いつ、いかなときでも熟睡し、体を休めることができるのが武士というものだが、今日ばかりは昼寝のしすぎなのか寝ようとしてもさっぱり総司は眠れなかった。

何度も寝返りを打っては目を閉じ、結局眠れずに反対側を向いては目を閉じるがちっとも眠くならない。
部屋の外は結構、強い雨がふっていて、雨音が響いている。寒々とした晩で、障子を閉めていても部屋の中が底冷えしてくるようで皆、布団にしっかりとくるまっていた。

布団にくるまっているとそのぬくぬくとした温かさが心地よくないわけではないが、どうにも眠くない。隣を見るとセイも寒いのか、顔の半分まですっぽりと布団に隠れている。

まっすぐな髪が少しだけはねていてくすっと笑った総司は、起き上がると布団を出て稽古着を手にすると隊部屋を出た。

道場に向かって、稽古着に着替えた総司は、一人汗を流し始めた。いつもなら稽古をはじめれば没頭できるはずなのに、木刀を振っても、振ってもなんとなく落ち着かない。

木刀を下ろすと、首を捻りながら総司は壁に戻した。

「妙な日ですねぇ」

雨音が囁くように弱くなってきて、しとしとと包み込むような音に総司は道場の真ん中に座った。膝の上に手をついて、目を閉じると瞑想を始める。

―― ああ、なんだか神谷さんみたいだ

しとしと、その存在はわかるのに、包み込むような優しさがある。日頃のセイの気配りや、心遣いを感じる。それが心地よくてふっと総司の口元が柔らかく笑みを刻んだ。

そう思うと優しい、優しい雨音が心地よく感じる。

深く深く沈みこんでいる内に時間を忘れて座っていた総司は、ふと肩が温かくなって目を開けた。

「……!」
「きゃっ!」

思いがけなく息がかかりそうな位の目の前にセイの顔があって、互いに飛び上がるほど驚いた。

「おっ、沖田先生。起きてらっしゃったんですか」
「起きてって、瞑想してるのに眠ってる人はいませんよ」
「だって、声をかけたのにピクリとも動かれないから、てっきり寝てらっしゃるのかと思って……」

少し前に手燭を持って現れたセイが声をかけていたのに全く気が付いていなかった。隣で寝ていたはずの総司がいないことに気づいて、手を伸ばしたセイはすっかり布団が冷え切っていることに気付いたのだ。

そこで茶羽織を手にすると、手燭をつけてそっと道場に様子を見に来た。道場の真ん中に座る姿を見て声をかけながら近づいたのだが、深く瞑想する総司はそれに全く気付かなかった。

「違いますよ。それより神谷さんこそどうしたんですか?」
「気が付いたら沖田先生がいらっしゃらなかったので、お寒くないかと思って様子を見に来たんです」

一汗、掻いた後にそれが冷えると風邪をひいてしまう。そう思って、手拭いも懐に忍ばせてきたセイは、どぎまぎしながら総司から少し離れたところに膝をついた。
てっきりそのまま眠ってしまったのかと思って、顔を覗き込んだセイだったが、いきなり総司が目を開けたので危うく、というところだった。

「昼間、土方さんのところで昼寝をしたせいか、ちっとも眠くなかったものですから、道場に来たんです。稽古をしていても今日はのらなかったので瞑想していたんですよ」
「そうでしたか」

ほっ、と笑みを浮かべたセイに、雨を問いかけた。

「大分雨が弱くなったみたいですね」
「ええ。もう霧雨のような感じですよ」

そういって道場の入口の方を振り返ったセイは総司がくすっと笑ったことに気付かなかった。道場は板敷きで底冷えがする。いつまでも座っていては体が冷えてくると思った総司は、セイのために立ち上がった。

顔を戻したセイは総司が立ち上がっているのを見て、急いで自分も立ち上がる。そんなセイに自分の肩にかけてあった茶羽織をセイの肩にかけた。

えっ、っと思っているとセイの目の前でばさっと稽古着を脱ぎ始めた総司は手早く長着へと着替えてしまった。面倒だったのか、くるくるっと稽古着を一まとめにすると袖をくん、と嗅いだ。

「……汗、臭いですかね」
「そうですか?そんなことないと思いますけど……」
「本当に?」
「ええ」

頷いたセイをひょいっと片腕で総司は引き寄せた。総司の胸に引き寄せられたセイが驚いていると、もう一度総司が囁いた。

「汗臭くないですか」
「……は、い」
「よかった」

そう言って総司はセイから手を離すとセイの手から手燭を取り上げた。

「落ち着かなくて瞑想していたんですけど、そしたら雨の音がして。それが静かで、優しくて、包み込んでくれるようで、神谷さんみたいだなぁって思ったら幸せだなあって思ったんですよ」

ぽっと赤くなったセイが恥ずかしそうに俯いてしまうと、ん?と総司が顔を覗き込んだ。

「……そんな、ことはないですよ」

包み込んでくれるのは総司の方だと思ったが、それはさすがに口には出せなかった。嬉しくて仕方がないが、それをどういっていいのかわからない。

「せ、先生って」
「はい?」
「ちょっとずるいです」

嬉しくて、悔しい。

そんなセイが可愛くて、セイの頭を引き寄せた。

「ずるいって、言ってもらえるなら光栄ですね」

そういうと、セイの額の際のところに軽く口づけた。ぱっと手を乗せたセイが、真っ赤になる。

「なっ!!」
「いけませんでした?」
「だ、だって!」

驚いたセイににこっと笑った総司がゆっくりとセイを連れて道場の入口まで向かう。額を押さえたセイの肩を抱いていた総司は、道場の入口でぴたりと足を止めた。

「うん。やっぱり、朝までゆっくり眠りたいですもんね。神谷さん、協力してくれます?」
「?はい」

じゃ、といって、総司は素早くセイの唇に口づけた。

「!!」
「はい。ごちそう様。これでゆっくり眠れそうです」

まさか屯所の中で総司がこんな行動に出るとは思ってもみなかった。手をつないで甘味処に行くくらいが精一杯の二人ではあったが、ようやく想いが通じ合った幸福感を抱えていたセイは、それ以上に驚いた。

「せっ!!」
「このくらいは勘弁してくださいね」

―― 大好きなんですから

口元を押さえてこくこくと頷いたセイを連れて、総司は隊部屋へと戻っていく。これでぐっすりと眠れそうだと思った。

 

– 続く –