無礼講の夜 3

〜はじめの一言〜
黒・・・になるのかな~

BGM:
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視線が絡み合った後、一度だけ総司が瞬きをする。次の瞬間、胸にあてられていた手首を掴むと、ぐいっと後ろ手に回されてあっという間に横倒しにされた。

ちょいっと足の先で転がされたセイは布団の上までごろりと転がる。

「ほら、ね。貴女は甘いんですよ。さっさと子供は寝なさい」

むぅっと頬を膨らせたものの、敵わないことはわかっている。布団の上にぺたんと座りなおしたセイは、むくれた顔で問いかけた。

「先生はお休みにならないんですか」

布団はこういう場所なので一組しか敷かれていない。もう一組布団を出すべきか迷ったセイは、迷った後立ち上がった。その後ろ姿に総司が声をかける。

「私のことはいいから休みなさい」
「そういうわけにはまいりません。先生を畳に寝かせて私が布団を使うなんてありえません!」

そういうと押入れから布団を引っ張り出す。もともとあった布団をずらすとその隣にもう一組布団を敷いた。朱色の艶めかしい布団ではあるが、一度総司にぴしゃりとされているセイには色っぽい何かを感じることはない。

「さ、先生。どうぞ!」

はきはきと言うセイに、半ば呆れていた総司はぷっと吹き出した。ここまでいっても、セイが怯えないのは心底怖いと思っていないからだろう。

セイにとって、総司の事を男とみていないとしか思えない。どこまでも安全だと思われているということが時々無性に意地の悪いことをしたくなる。ふっと笑った総司は、杯をその場に置いてセイが敷いた布団に横になった。

「貴女も休むんでしょう?」

そういうと、総司は隣の布団をめくった。ん、と立ち止まったセイがもう一度押入れから掛布団を引き出すと、それを持って隣の部屋へと運んでいく。大の字でいびきをかいている藤堂の上の羽織をそっと、除けると掛布団をかける。

総司の羽織を丁寧に畳んで、総司の枕元に置くと、きちんと正座をして手をついた。

「先生。おやすみなさいませ」

呆気にとられた総司が見ていると、セイはそのまま布団に横になった。いつもとは反対側の場所に横になったセイが隣の総司の顔を見て、ふふっと笑った。

「いつも沖田先生がお休みになってる方ですね」
「神谷さんはいつもこんな風に」

―― 私を見ているんですねぇ

ぽっと赤くなったセイが布団に半分だけ顔を隠して目を閉じた。総司が半分体を捻ると、枕元に置いてあった行燈に覆いをかける。ほわりと包み込むように薄暗くなった部屋の中で振り返った総司は、セイの閉じたまつ毛におちる影をみた。

「……」

ほんの悪戯心だった。

セイの上に大きな影が覆いかぶさった。暗くなった、とセイが思った瞬間、瞼の上に一瞬、温かいものが触れて離れた。

「……えっ」

ぱちっとセイが目をあけると、息がかかるほど間近に総司の顔があって、驚きに目を見開いた。軽く伏せられた総司の目が見えなくて、セイは急にドキドキと鼓動が跳ねあがる。

「あ……」

あの、と言いかけたセイが言葉に詰まる。息が止まりそうなほどの間近にいる総司の胸元から立ちのぼる総司の匂いに、セイの鼓動が一層激しくなった。

再び口を開きかけたセイの口元に総司が人差し指を当てる。

「ほら。子供はやはりわかってないですね。こんな状況に置かれて何か話そうとするなんて」
「……っ」

―― なにを……

そう言いかけたセイの吐息は一息で奪い去られた。

軽く触れるようなことはかつてあった。ただ、あれは斉藤とのことがあって、総司なりにできることをしたまでで、色恋の感情での事ではなかった。

だが今は。

驚いたセイの口中にぬるりと熱い舌が滑り込んでくる。
目を見開いたセイは、目の前で伏せられた総司のまつ毛の先を見つめていた。

「んっ……ふ」

ゆっくりとセイの口中を丹念になぞった総司が角度を変えて貪るように吐息ごと飲み込んでいく。不慣れなセイが息もできないでいるとようやく離れた。

「はぁ……っ」

今度はセイが目を閉じてため息を吐きだす。苦しそうに息をついたセイを見て、総司がくすっと笑った。どこまで行っても可愛いと思ってしまう。

ちゅっと、頬に口づけると、びくっとセイが驚いて離れようとするが、セイの下がる側に総司が腕をついた。

「あっ、あのっ」
「なんです?」
「お、沖田先生っ、おかしいですよっ。どうなさっ」

あたふたと動揺するセイに、悪戯心と本気が半分半分になる。
ふわりと体重をかけずに覆いかぶさると、怯えて首を竦めたセイの耳元にふっと息を吹きかけた。ぞくっと背筋に走った震えにセイが首を竦めた。

本気で心の底から怖い、と思うと、体がかちかちに固まってしまう。怯えたセイに満足したのか、それとも怯えられたことに悲しくなったのか、布団ごとセイを抱えると両腕でぎゅっと抱きしめた。

互いに何も言わなくても想いが伝わればいいと思う。

どこかで怖いと思ったセイも。
どこかで意地悪をしたいと思った総司も。

心の奥底でふわりと鼻孔をくすぐった総司の匂いに惑いたかった。
セイの柔らかさをもっとこの手で確かめたいと思った。

緊張で固まっていたセイがいつの間にか、その緊張に耐えられず、眠りに落ちたらしい。懐から聞こえる寝息にほうっと総司も腕に込めていた力を抜いた。布団越しでなければ抑えきれなかっただろう。

懐に抱いたセイの香りにうっとりと目を閉じた。

 

– 続く –