無礼講の夜 4

〜はじめの一言〜
黒・・・になるのかな~

BGM:
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夢うつつの状態からゆっくりと浮上したセイの意識は、暑いのと何かが重い、と思ったところから動き始めた。

とくん。とくん。

規則正しい何かを聞いていたいようなそれでも暑いのには勝てなくて目をあけた。

「?!」

目をあけた先に少し肌蹴た胸元に、完全にセイが固まってしまった。真っ白になった脳裏に、ぱっと昨夜の出来事が浮かんだ。

「っ!!」

あっ、と叫びそうになって危うく喉の奥へと飲み込んだ。思い出してからは暑さだけでない汗がだらだらと流れ出す。眠ってしまった時と同じように掛布 団にくるまれたセイは、そうっと布団の奥へともぐりこんで行くと、総司の腕からは逃れられた。そのまま横に転がり出て、ようやく涼しい空気に触れる。

「はぁ……」

あまりのことにため息しか出てこない。これほど衝撃的な目覚め方もないと思う。

―― 昨日、先生と……

昨夜の出来事を思い出すだけでぼっと顔に血が上り、また変な汗が湧き出してくる。とにかく総司の傍にいられなくて、隣の部屋に逃げ出したセイは、いつの間にか下帯ひとつで転がっている藤堂の姿にさえ、どぎまぎしてしまう。

―― どうしよう、どうしよう

男だらけの屯所に住んでもう何年になるだろう。男達の寝起きの様も知っているし、男の匂いも間近で感じたこともある。今更そんなことに動揺するはずもないのに、今は何をどうみてもどきどきと落ち着かず動揺してしまう。

どうしていいかわからなくて、部屋の中をきょろきょろと見回して、おかしなものを忘れていないか確認すると転がるように部屋を飛び出した。

刀を手にしてあたふたと廊下を歩いていくと、奥から足音を聞きつけて女将が顔を覗かせた。まだ上の階の二人も寝ている時間に足音が聞こえてきたので、おやとおもったらしい。

「おはやいですねぇ。神谷はん、朝餉どうされます?」
「いりません!大丈夫です!あの、あの、私、先に帰りますので先生方の事、お願いします!!」
「あ、はぁ」

驚く女将に顔を見られないように、店を飛び出したセイはしばらくは転がるように早足で歩いていたが、道の半ばまで来てようやく足を止めた。

未だに胸の動悸が収まらなくてどきどきする自分に戸惑いながら、深く息を吸い込んだ。

まだ唇に触れた、柔らかな感覚が残っている。おふざけのように奪われたものを返したと言われた時のような、軽く一瞬、触れるだけの口づけとはちがって、吐息ごと奪い去り、絡め取り、その身の内まで舐めあげられたような感覚。

我知らず、歩きながら口元に手を当てたセイは、唇に触れた感覚はまざまざと思い出せるのに、その後の事は全く未知の世界だったので、切れ切れの状況は思い出せるにしてももやもやと霧の向こうの様だ。

―― 沖田先生は、どうしてあんなことを……

セイにとっては、まさか総司が自分の事を想ってくれているなどと夢にも思っていない。それだけに余計な方向へとどんどん考えが突っ走ってしまう。

何かあったのだろうか。
不快にさせるようなことをしただろうか。
屯所で何か言われたのだろうか。

どれを考えてもわからない。迷いに迷いながらとぼとぼと、屯所に戻った。一晩の外泊は、幹部の三人がそれぞれに外泊届を出すと同時に、セイを同行すると書いていたので事なきを得ていた。

隊部屋に戻ったセイは、山口や相田にさりげなく自分が連れ出された後、総司に何か変わったことがなかったかと、問いかけた。

「さぁ?別にいつも通りだったぜ?」
「本当に?」
「ああ。別になんもなかったぜ。お前が原田先生と永倉先生と、原田先生に連れて行かれたって聞いて、顔色を変えて飛び出していったくらいだなぁ」

つらつらと思い浮かべた相田が首をひねりながら答えてくれたのを聞いて、ふむと腕を組んだ。
特に何もなかったというなら一体なんだったのだろう。まさか、総司が急に原田達のように妓に目覚めて、その手始め代わりにセイを練習台にでもしたのだろうか。次々といろんな考えが浮かんでどうにも落ち着かなかった。

ぼけっとしている間も、日頃の習慣でこまごまとした雑用をこなしていると、ざわざわと戻ってきた総司達を迎える声がして、隊士達がそれぞれの組長を迎えたところだった。廊下の端にいたセイは、立ち上がったものの、総司のもとへ行くべきか、行かざるべきか、躊躇してしまう。

どうして、と顔を見れば聞きたくもなるが、それをするにはどうにも気恥ずかしい。たちあがってみたものの、部屋の方へ行く勇気がなくて、悩んだ挙句、何もなかったことにすることにした。

できる限り平然と掃除が終わったところで、セイは隊部屋に戻った。

「先生、おかえりなさい」
「あ、神谷さん。ひどいじゃないですか。先に帰っちゃうなんて」
「すみません。平隊士の分際でいつまでも先生方と一緒にだらだらしているわけにはいきませんので……」

いつも通り、内心の動揺を隠したセイが普通に話しかけると総司も普段通りに話しかけてくる。ほっとしたセイは、やはり忘れて正解なのだ、と思った。

 

 

 

 

その日の夜。

思い出さないようにするにしても、昨夜は酒も飲んだことでもあり、廊下に出てぼけっとお茶を飲みながら夜空を見上げていた。

「おや、どうしました?神谷さん」

風呂から戻ってきた総司が、廊下の端っこで空を見上げていたセイへと話しかけた。首だけを振って総司の方を見上げたセイは、恥ずかしそうに頭を掻いた。

「なんとなく、夜空を見上げていたくて……。おかしいですよね」

恥ずかしそうに笑ったセイの隣に来ると腰を下ろした総司は先ほどセイがしていたように、夜空を見上げた。そろそろほとんどの隊士達が布団に入り、横になっていっている。
ふと、今なら聞いても大丈夫だろうかと思ったセイは、思わず問いかけてしまった。

「あの……。沖田先生?」
「なんでしょう?」

並んで夜空を見上げたところで、セイが濡れ縁から足引き上げた。

「聞いてもよろしいでしょうか?その……昨夜のコトなんですけど」

 

 

– 続く –

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